第11話 バイト帰り

 僕はルナさんと一緒にアルバイトをした。

 最初の内はルナさんがあのメイド服を恥ずかしがっていたけれど、仕事が始まればそんな事もなくて、滞りなく終わった。

 僕はずっと裏でルナさんの様子を見ていたけれど。


 凄かった。


 見た目のハデさもそうだし、その一挙手一投足、沢山の人に話しかけて仲良くなっちゃうコミュニケーション能力の高さ。纏っている雰囲気。

 そのどれもが僕とは正反対で、沢山の人の注目を集めていた。


「はぁ~……何か疲れた~」

「お疲れ様……」


 そんな反動か、少しだけ顔に疲れを見せるルナさんはでろーんと両手を前に下ろし、トボトボと歩いていた。

 初日にやる仕事量じゃなかったね……。

 でも、ルナさんは凄く真面目に仕事をしていたし、沢山のお客さんに愛される姿を見ていると、本当のアイドルのように見えたのもまた事実だ。


 僕は出来るだけルナさんの歩調に揃えて歩みを進める。


「どう? 続けられそう?」

「そうだね~。まぁ、接客には自信あったからね」

「そうなの? 確かにすごい慣れた様子だったね。経験、あるの?」

「うん。前にね、ただ、そこも色々あって辞めたんよ」


 はぁ~、とルナさんは溜息を吐く。本当にお疲れの様子だ。

 僕は辺りを見渡す。まだ夕方。少し休憩していこう。

 と、そこでちょうど近くに公園がある事に気付く。


「ルナさん、少し公園で休む?」

「ん? あ、ホントだ。休んでこうかな? ありがとね、オタク」


 いつもの元気いっぱいぶりは影を潜め、ルナさんは公園にあったベンチに腰を落ち着かせる。

 僕は鞄だけをルナさんの近くに置いて、自販機に向かう。


 えっと、ルナさんの好みは……。


 そういえば、ルナさんがどういうの飲むか全然分からないや……。

 えっと、こういう時は無難に。

 僕はお茶を二本買って、ルナさんに持っていく。


「る、ルナさん。お茶、どうぞ」

「あ、ありがとー、オタク。オタクは優しいね」


 そう夕日に照らされる眩しい笑顔で言うルナさんはお茶を受け取り、飲んでいく。

 僕もルナさんの隣に腰を落ち着かせてから、キャップを開け、お茶を飲む。

 茶葉の香りと苦味が口いっぱいに広がって美味しい。

 スッキリとした喉越しを感じ、僕は蓋を閉める。


「オタクはあそこでずっと働いてるの?」

「う、うん。去年から。オタクってお金がかかっちゃうからね……」

「そっかそっか。良いバイト先だね。オタクの出来る事と出来ない事を考えてくれてさ。本当に良い所だと思う」


 そう言ってからルナさんはお茶を飲み、飲み込んでから、更に言葉を続ける。


「あたしはね、前のバイト先であんまり良い思いをしなかったから、今回もそうだろうなってちょっと思ってたんだよね~」

「良い思い?」

「そうそう。セクハラね、セクハラ」


 ルナさんが簡単に言う言葉に僕は目を丸くする。

 セクハラって普通に犯罪なんじゃ……。

 僕がそう思っていると、ルナさんは遠くを見ながら言う。


「まぁ、あたしってさ。割とそういうなんていうの? 変な男? に引っかかり易いんだよね、昔っからさ。だから、前のバイト先でもそういうの引いたか~と思って。

 正直、ここもあんまし期待してなかったんよね~。何か店長変人っぽかったし」

「それは……そうかも……でも、た、大変だったんだね」


 具体的なところまで聞く訳にはいかないけれど、セクハラという話を聞くと大抵、精神的に大きなダメージを受けて、酷い子だと男性恐怖症になっちゃうって話も聞く。

 一応、ルナさんにそういう男性恐怖症みたいな部分は見えないけれど……。

 大丈夫かな。僕が心配そうな眼差しを向けていると、ルナさんはそれに気付いたのか、ニコっと快活に笑う。


「アハハハ、オタク!! 心配しすぎ!! 別に何か精神病んだとかそんなんじゃないから!!」

「そ、それなら良いんだけど……」

「……あたしはさ、こんな見た目だけど。根は一途っていうか、そんな遊び人みたいな感じじゃないんだよね」

「それは何となく分かる……」


 確かに。

 ラブシーンくらいでドギマギして、顔を真っ赤にしている人が遊び人だったら、僕が逆に吃驚してしまう。

 僕の思考を読んだのか、ルナさんが湿った眼差しを僕に向けてくる。


「……それ、どこで判断した?」

「え? えっと……ど、どこ、だろうね」

「オタクぅ~、はっきり言わないと、こうだぞぉ~!!」

「ちょっ、ちょっとルナさん!!」


 いきなり、ルナさんが僕の脇腹に手を差し込み、思い切り擽ってくる。

 ムズムズとした変な感触が脇腹を這い回り、僕は思わず声を上げる。


「アハハハ、る、ルナさん。や、やめて!!」

「ほらほら~。どこで判断したのぉ~」

「え、えっと……ぜ、全然耐性な、ない所!!」

「……いざ、言われるとやっぱりムカつく」

「いたいっ!?」


 ぶすっと僕の脇腹をネイルのつけた指で差してくるルナさん。

 僕は脇腹が抉られる感覚を覚え、目を見開く。


「痛いから、ルナさん!!」

「全く。オタクが失礼な事考えるからだよ」

「な、何か理不尽な気が……」

「何?」

「何でもないです!!」


 ジメ目をするルナさんにそう言うと、ルナさんは楽しげにクスっと笑う。


「ふふ。だからね、あたし、正直言うと、あ~んまり男の人って好きじゃないんだよね~。こう皆、あたしの事をそういう目で見てくるじゃん?」

「あー……」


 それは僕も無い訳じゃない。

 今だって、ルナさんは割りとセクシーな格好をしている。

 シャツで胸は強調されているし、短いズボンのせいで、太股から下が露になっている。

 それは否が応でも男性の視線を集める事になるけれど、多分、ファッションだから見るな、というのが難しいのかもしれない。


「あ、オタクも見てるの?」

「え!? えっと……と、時々?」

「……ぷっ!? オタクってホント、素直だよね」

「え!? だ、だって……嫌われたくないから……」


 僕は嘘を吐かない、というよりも吐けない。

 もしも、適当な事を言って、それが原因でルナさんが僕の事を見限るのが凄く嫌だったから。

 今まで誰にも相手にされなくて、嫌われるっていう感覚すらも無かった。

 そこまで思考が行く事なんて無かったから。

 でも、今は周りの子達が嫌われる事を恐れる理由が良く分かる。


 僕はルナさんに嫌われたくない……。


 この嘘から始まった不思議な関係をまだ続けたいと思っている。


 僕の返答を聞いたルナさんは少しの間、目を丸くしてから、優しく笑う。


「アハハハ、何言ってんの? あたしがオタクを嫌いになる訳ないじゃん」

「そ、そう?」

「うん。だって、あたしはオタクの良い所、全部知ってるから。何かに一生懸命な所も、周りの事を良く見てる事も、あたしの為にっていっつも真剣に考えてくれてる事も。今日だって、裏で仕事しながらずっとあたしの事、見てたでしょ?」

「え? う、うん……大丈夫かなって……」

「それが女の子は一番嬉しいの。だから、あたしがオタクを嫌いになる事は絶対に無い」


 ニっと笑うルナさんを見て、僕は気付く。

 ああ、そうか。僕はまだまだルナさんと一緒に居たいんだ。


 そして、この時間が、ルナさんと過ごす時間が何よりも楽しいって思ってるんだ。


 今まで僕はずっとオタク活動を第一に考えていた。

 学校に行くまでも、行ってからも、授業中も、帰り道も。全部、僕は自分のオタク活動の事だけを考えていた。

 それが僕にとっての全てで、僕の人生そのものだったから。


 でも、ルナさんと出会って、今日に至るまでルナさんと一緒に過ごしてきた。


 誰かと何かをするっていう経験も無くて、戸惑う事も、迷う事もあったけれど。


 全部、ルナさんが僕を引っ張って、連れ出してくれた。


 それが何よりも楽しいって思うから。ルナさんと一緒に過ごす時間が楽しいと思うから。

 ルナさんに嫌われたくないし、離れたいと思わない。

 ずっとずっと一緒にいたいって思うんだ。


 僕はぎゅっと自分のズボンを握り、口を開く。


「ぼ、僕もルナさんを嫌いになりません。ぜ、絶対に!!」

「そう?」

「う、うん。だ、だって、僕はずっとずっとルナさんと一緒に居たいから。こ、この関係が嘘だったとしても、僕はルナさんと過ごす時間が今、一番楽しいから」

「お、オタク……そ、それは……」


 かーっと顔を真っ赤に染めるルナさん。

 あ、あれ? ぼ、僕何か間違った事を言っちゃったかな。

 す、素直な気持ちをぶつけただけなのに……。

 まだまだ一緒に居たいし、楽しいって。

 

 ルナさんは顔を紅くしたまま、袖で口元を隠し、もじもじと太股を擦り合わせる。

 ど、どうしたんだろう?


「ず、ずるい……今のは、すげー……照れるじゃん……」

「え? そ、そう、かな? 僕の素直な気持ちなんだけど」

「す、素直すぎ!! そんな恥ずかしい事言わないでよ、そんなの実質……」


 ボソボソっと言う言葉が分からなくて、僕は首を傾げる。


「え? る、ルナさん。何か言ったよね? き、聞こえなかったけど……」

「う、うるさい!! バーカ!! バカオタク!!」

「えぇ!? り、理不尽!!」

「理不尽じゃない。ぜ~んぶ、オタクが悪いもん!!」


 ぷいっとそっぽを向くルナさん。

 まるで子どものように駄々をこね、不服そうに頬をぷくーっと膨らませる。


「もう、オタクと口利いてあ~げない。変な事ばっかり言うんだもん」

「え、えぇ……」


 唐突な我侭に僕は肩を落とす。

 きゅ、急にどうしたんだろう。さ、さっきまで機嫌よかったのに。

 る、ルナさんが機嫌悪いの何か嫌だな。

 

「る、ルナさん。ど、どうしたら、口を利いてくれる?」

「……ふーんだ」

「…………」


 ぷいっとそっぽを向いて拒絶の意志を示してくるルナさん。

 こ、これはどうしたらいいんだ? ルナさんの機嫌を戻す為には。


「え、駅前のパフェ?」

「ふーんだ」

「……で、デート?」

「……ふーんだ」

「あ、揺らいだ」

「ゆ、揺らいでない!! あっ!? ふ、ふーんだ!!」


 もう取り繕えてすらいないじゃないか。

 でも、あくまでルナさんは機嫌が悪いらしい。

 僕は考える。デートで揺らいだって事は恋人らしいって事かな?

 恋人らしい事……。

 恋人らしい事……。

 僕はそれを考え、一つ思いつく。

 

 け、けど、こ、これで良いのかな?

 で、でも、思いつくのはこれしかないし……。

 僕は立ち上がり、ルナさんの前に手を差し伸べる。


「る、ルナさん……」

「……な、何?」

「て、て、ててて、手を繋いで……帰りませんか?」

「…………」


 僕の行動にルナさんは面を喰らったような顔をする。

 ち、違ったのかな……。

 けれど、ルナさんはすぐに恥ずかしそうに顔を紅くして、そっと僕の手を握る。


「わ、分かってるじゃん……」

「あ、合ってたんだ……よ、良かった……」

「ほ、ほら。手、繋いで、出来るだけ、と、遠回りしてから帰ろ」

「と、遠回り? な、何で?」

「う、うっさい、バカ!! 良いから、遠回りするの!!」


 そう言いながら、僕の手をぎゅっと握るルナさん。

 その手は今まで感じた事も無いくらいに暖かくて、優しい温もりに溢れていた。

 

 いつまでも、いつまでも、ずっとずっと、握っていたいってそう思った――。

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