第9話 不思議な雰囲気

「た、ただいま~」

「おにぃちゃん、おかえりなさ~い」


 僕が玄関を開けると、その音を聞いて可愛らしい女の子がトコトコと駆けて来る。

 僕をそのまま女の子にしているかのようで、髪はツインテールの少女。彼女は小山茜。

 僕の可愛い妹だ。

 茜は僕の前に立つと、首を傾げる。


「そ、その人、だれぇ?」

「お、オタク。この子は? か、可愛い……」

「あ、ぼ、僕の妹……」

「妹居たの!? ちょー可愛いし!!」


 そう言ってから、ルナさんが茜に近付こうとした瞬間、茜はビクっと肩を震わし、僕のブレザーの裾を掴む。


「うぅ……」

「あ……もしかして、人見知り?」

「う、うん。僕に良く似て。茜、お母さんは?」

「おかーさんは部屋にいるよ。呼んで来る」

「ああ、良いよ。えっと、ルナさん。ちょっと待ってて」

「あ、うん」


 とりあえず、お母さんに許可を取らないと。

 僕は靴を脱ぎ、茜の手を取って、歩き出す。


「茜、こっち」

「うん」


 それから廊下を抜け、リビングに向かう。

 そこでは口元にタバコを咥えた母さんがテレビを見ていた。


「おかえり? 誰か連れて来たの?」

「う、うん。家に上げてもいいかな?」

「へぇ、珍しいじゃん。良いよ」

「うん。ありがとう」


 良し。許可は貰った。

 女の子っていうのは絶対に伏せた方が良い。

 お母さんは間違いなく僕が女の子を連れてくるなんて微塵も思っていないだろうし、もしも、女の子を連れて来たなんて言ったら、間違いなく、ルナさんに即効で絡みに行く。

 それは何か嫌だ。


「おにぃちゃんね、おねえさん連れて来てた」

「うんうん、そうか~……ん? 女? マジで!?」

「ちょっ、お母さん!?」


 僕が静止するよりも先に母さんは機敏な動きで立ち上がり、廊下に出る。


「おっほッ!! 超美人じゃん!! ねぇねぇ、タクトの恋人?」

「ちょ、ちょっと、お母さん。ま、待って」

「あ、ど、どうもです……」

「アッハッハ!! くっそ可愛いじゃねぇか!! 良かったな、タクト!!」

「良くない、もう。ほら、部屋に入ってて、恥ずかしいから!!」


 廊下に出て、ルナさんを見て歓喜の声を上げるお母さん。

 こうなるから嫌だったんだよ。

 お母さん、若い女の子見るの好きだし。

 僕は母さんをリビングに押し込んでから、扉を締める前に声を掛ける。


「ぜ、絶対に出てこないでよ。部屋とか入ってこないでね」

「わぁあってるって。ヤる事ヤる時はゴム、使えよ」

「う、うう、うるさい。持ってないから」


 下世話な話なんてしなくてもいいから。する気も無いし、ていうか、出来ないし……。

 僕はピシャリ、とリビングの扉を閉めてから、玄関に向かう。

 ルナさんはぽかーん、とした様子で目を丸くしていた。


「え、えっと……オタクのお母さんって結構愉快な人なんだね」

「う、うん……その……あまり気にしないで」

「気にはしないけど……なんか優しそうな人じゃん」


 ニコっと笑うルナさんに僕は頷く。


「や、優しいは優しいんだけどね……。僕、こんなんだから、友達とか連れて来た事なくて……それで嬉しかったんだと、思う」

「まぁ、親としたら心配だと思うよ?」

「そ、そうだよね。あ、立ち話もなんだそ、ど、どうぞ」

「お邪魔します」


 僕はルナさんを家に上げ、自分の部屋に案内する。

 

「に、二階だから。その、足元、気をつけて」

「ありがと」


 階段を上がっていき、僕の部屋の前に到着する。

 う、何だか緊張してきた。

 そもそも、女の子を部屋に入れるのなんて初めてだし、わ、笑われないよね。

 だ、大丈夫だよね。


「ね、ねぇ、ルナさん」

「ん? どうしたの? オタク」

「へ、部屋見て、わ、笑ったりしない、よね?」

「しないよ。笑ったりなんて絶対しない。あたしを信じて、ね?」

「う、うん」


 僕は一つ息を吐いて、扉を開ける。


「ど、どうぞ。こ、ここが僕の部屋です」

「ありがと。って、うわあ……これが……オタクの部屋?」

「う、うん」


 ルナさんを部屋の中に入れ、僕は後ろ手に扉を締める。

 僕の部屋は6畳ほど。そこにベッドが置かれていて、ゲーム機がいくつか置かれている。

 ただ、ゲーム機を置きすぎているせいで、コードはグチャグチャだ。

 棚の中には漫画やライトノベル、BDやDVDがズラリと所狭しと並び、最も部屋の中で日が差さない場所に――。


「……お、オタク? こ、これは……」


 顔を紅くしながら、ルナさんがチラチラと視線を向ける先。

 そこに並べられた無数の美少女フィギュアたち。

 バニーガールや水着などのきわどい格好のものから、プラモデルや普通のかっこいいフィギュアまで並んでいる。

 ルナさんはその棚にあるきわどい格好のキャラクターたちをじっと見つめ、口を開いた。


「こ、これが……お、オタクの趣味……」

「あ、あんまり見ないで。そ、その、は、恥ずかしい、から……」

「お、オタクはおっぱい、大きい子が好きなの?」

「え?」

「だ、だって、ここにあるのおっぱい大きい子しかないよ?」

「…………」


 こ、これは、まずいかもしれない!!

 まさか、僕の性癖がここに出ていたなんて!!

 た、確かに僕は巨乳が好きだ。基本的に好きになるキャラの殆どは巨乳だし……。

 僕は急激に顔が熱くなるのを感じ、恥ずかしさと何だか変な申し訳なさを感じてしまい、俯く。


「う、うぅ、えっと……その……」

「あ、あー、ご、ごめん。へ、変な事聞いたね。わ、忘れて!! う、うん……」

「む、胸は大きい方が……好き」


 何故だか分からないけれど、ルナさんには絶対に嘘を吐きたくなくて、僕は本心を言ってしまう。

 すると、ルナさんは顔を真っ赤にし、そっぽを向く。


「へ、へぇ、そ、そう、なんだ……。わ、私、大きいよね……」

「る、ルナさんは大きいと思う!!」

「ふえ!? き、聞こえてた!?」

「う、うん……」

「~~~ッ!?」

「る、ルナさん!?」


 突然、その場に蹲ってしまったルナさんに駆け寄る僕。

 だ、大丈夫なのかな? 僕は蹲ってしまったルナさんに声を掛ける。


「だ、大丈夫? い、嫌だったよね? ご、ごめんね」

「う、ううん。だ、大丈夫、だいじょーぶ。こ、このくらい、な、何でもないから、うん!!」


 そう言いながら、立ち上がるルナさんだけど。

 顔は真っ赤だし、耳まで紅い。

 な、何か話が変な方向に進んでるような……こ、これは一旦流れを変えないと。


「る、ルナさん、レンタルしたDVDを見よう」

「そ、そうだよ!! それを見に来たんだから!! ほ、ホラーの奴だよね」

「う、うん。えっと、これをゲーム機に入れて……」


 いそいそと僕はDVDを受け取ってから、すぐさまゲーム機の中に入れる。

 後はテレビを点けて。僕はクッションをルナさんに渡す。


「これ、お尻の下にでも敷いて」

「あ、ありがとう。あ、これ、知ってる。ゲームのキャラだよね」

「うん。ゲームセンターで取ったんだ」

「へー、オタクって何でも出来るんだね」

「な、何でもは出来ないよ、出来る事だけ」


 僕はそう答えてから、ルナさんの隣に腰を落ち着かせる。

 ホラー映画。僕も昔は苦手だったけれど、ホラーゲームとかやってたら平気になったんだよね。

 要するに、結局慣れしかない。

 

 テレビを眺めていると、ホラー映画が始まった。


「う、うぅ、始まっちゃった……」

「だ、大丈夫?」


 カタカタと身体を恐怖で震わせるルナさん。

 そ、そんなに怖いんだ。何ていうか、いつもの自信たっぷりな様子と全然違うから新鮮かも。

 僕はそんなルナさんを見てから、映像に戻る。


 これは結構、雰囲気があるね。


 一人の幽霊に追われ、一人一人屋敷の人間が消えて行くみたいなミステリーホラーらしく、内容はなかなか面白い。

 面白いんだけど……。


「きゃあああああッ!!」

「る、ルナさん!?」

「いやああああッ!! お、おた、オタ、オタク!! ムリムリ!!」

「ちょ、し、締まる……締まっちゃうから……」

「もう、ちょ、マジムリ!! オタク、手ぇ、握って……」

「……わ、分かった」


 怖いシーンが続く度にルナさんが叫び声を上げ、僕に抱きつくわ、首に手を回して締めてきたりととにかく大変だ。

 そして、最終的にしおらしくなってしまったルナさんの手を握る事で落ち着いている。

 けれど、ルナさんの手はずっと震えている。


「こ、怖いシーン、お、終わった?」

「終わったかな……もう少しあるかも……」

「うぅ、見るんじゃなかったぁ……夜、トイレ行けないかも……」

「……あ」


 と、そこでホラー映画お約束の濡れ場シーンが始まる。

 それは映画館で見たものよりも、ちょっと過激で――あ、胸まで見えてる。

 それにルナさんは視線が釘付けになっている。


「う、うわあ、お、おっぱい、見えちゃってるよ……。う、うわあ、すっご……あ、あんな感じなんだ……」


 ……何だろう。

 物凄く、居た堪れない。こう、何か凄くエッチなモノを見ているような気がして。

 隣から聞こえるルナさんの吐息や手から伝わる温もりが、さっきまで感じなかったモノが僕の心を掻き乱す。


「…………」

「…………」


 ゴクリ、とルナさんが生唾を飲む音が聞こえた。

 今の、何だかすっごくエッチだった。多分このシチュエーションがそうさせてて、僕の鼓動を一気に加速させる。

 バクンバクン、と口から心臓が飛び出てきそうなほどに高鳴って、うるさい。


「あ、お、終わったね」

「う、うん……そ、そう、だね……」

「お、オタク!? だ、大丈夫!? か、顔、真っ赤だよ!?」

「だ、大丈夫、大丈夫……」


 火が出る程顔が熱くて、何だかとてつもなく暑くて、変な汗が出てくる。

 さっきまで全然、そんな事、無かったのに。

 こういうのを見ても全然慣れてるはずなのに……こ、こんなにルナさんを近くに感じるだけで僕の心はグチャグチャになってしまう。


「……る、ルナさん。て、手、は、離してもいい?」

「え? あ……ご、ごめんね」


 ルナさんは名残惜しそうに僕から手を離し、金色に輝く髪を撫でる。

 それから、僕の方を決して向かずに口を開いた。


「お、オタクはさ……も、もし、もしも……あたしとああいう関係になるってなったら、どうする?」

「え? え? えっと……えっと……」


 僕は何も言えなかった。

 頭の中が真っ白で何も考えられない。

 ずっとずっと、心臓が煩いくらい高鳴っていて、ルナさんの方をもう恥ずかしくて見る事も出来ない。

 ただ、カチカチ、と時計が秒針を刻む音だけが聞こえ、ルナさんは鞄のヒモを握った。


「あ、あたしは……オタクなら良いかなって思っちゃったり……な、な~んて……」

「え?」

「……ご、ごめんね、あたし、帰る!!」


 ルナさんはそう言ってから、逃げるように部屋を飛び出していく。

 ぽつん、と一人取り残された僕はさっき、ルナさんが言った言葉が頭の中で反芻される。


『あ、あたしは……オタクなら良いかなって思っちゃったり……な、な~んて……』


 それは言葉通りの意味なら、そういう事なのかな?

 僕はそれを考えて、一気に熱が上がるのを感じ、胸を抑える。

 急にとてつもなく胸が痛くなって……ざわつく。


「か、勘違いするな、僕。陰キャの悪い所だ……ちょ、ちょっと好意をもたれたら勘違いする。そ、そうだよ。る、ルナさんがそんな事言う訳ない……言う……訳……」


 ドクン、ドクン。


 心臓の音は止まらない。ずっとずっと上がりっぱなしで、顔の温度も全然下がらない。

 

「……げ、ゲーム、やろう」


 僕は頭の中を切り替える為にゲーム機に電源を点ける。

 けれど、この日。僕は自分の一番大好きなゲームをやったはずなのに、その内容を何一つ思い出す事は出来なかった――。

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