「俺は陰キャ、ゲーム世界に転生したランカー、でもストーリーはニワカ……どうしよう」

カンさん

ゲームスタート


 遥か昔、彗星の衝突により死の星となった地球。

 地球上の生命、文明、その星が辿って来た全てが滅びたかに思えたが……彗星から放たれる不思議なエネルギーが、地球上に新たな生命を生み出した。滅ぶ前の地球の記憶を元に作り出された生命は、前時代を参考にしつつ繁栄し、地球上の生命は創り換えられた。

 それから一万年後の現在、新たな人類──地球人達はとあるスポーツにハマっていた。

 その名はメタルクラッシュ。

 様々な鋼鉄の肉体を纏い、太古の記憶を魂に刻み、その身に宿した業を解き放つバトルロワイヤル。4人がチームを組み、四つ巴で行われるそのゲームは、いつからか星全体を巻き込む程の熱へと昇華していく。

 その熱に充てられた主人公である君は、故郷である田舎にてそのゲームを知ると興味津々で家を飛び出し、近くの街でメタルクラッシュができるゲームセンターへと駆け込んだ。


 さぁ、新時代の熱に乗り遅れるな! 



 ◆



 そんな、辛うじて覚えているオープニングの謳い文句を思い出しながら歩くのは黒髪の少年だった。

 少年は窓ガラスに映る自分の姿を見て、この世界に生まれ落ちてから感じている強い違和感にソッとため息を吐く。

 黒髪、と言っているが実際には違う。いや、この世界では確かに黒髪と呼ばれる分類なのだろうが、前世の記憶を持つ少年にとっては黒のインクで塗り潰された様にしか見えない。


 彼は転生者だ。前世は部屋に引き篭もりオンラインゲームを遊び続けるコミュ障ぼっちだった。時折コンビニに行く際も割と気合を入れないといけない程に重症だった。

 そんな彼は不幸な交通事故により命を落とし、気が付いたらこの世界に転生していた。

 そして彼はこの世界がどんな世界かを知っている。

 メタルクラッシュオンライン。それがこの世界の名前であり、彼が前世で引き篭もって遊んでいたMOBAゲームだ。


 だから彼は周りのヒト(前世と違いデフォルメされたデザイン)を見て、すぐにこの世界の事を理解した。死ぬ前までイジっていたゲームのキャラが目の前に居たのだから当然である。


 しかし世界を理解したからと言って、別世界に転生したからと言って、何か変わる筈も無く、彼はこの世界でも引き篭もりになっていた。幸い子どもだった為周りからは引っ込み事案な性格だと解釈されたのか、村のヒト達から悪感情を抱かれる事がなかった。


 だが、悲しきかな。前の世界と比べてヒトの性質が良いのは遊ぶプレイヤーに向けてなのかどうか知らないが、基本的にこの世界のヒトは前向きで優しく、彼は事あるごとに村のヒトの手によって家から引き摺り出されて、無理矢理遊んだり、村の仕事を手伝わされたりとコミュ障には厳しい毎日が続く。

 外に出るのは凄く嫌だが、コミュ障故に断る事ができずに村のヒトに振り回される日々で、彼がこの世界に転生してからの日々は忙しいものだった。


 気がつけば若者と呼ばれるくらいの年齢(13歳くらい。前世における中学生。この世界では自立する年齢)になり、いつのまにかできていた妹に「お兄ちゃんはいつになったら働くの?」と言われてダメージを喰らう始末。


 村の仕事に就くのははっきり言ってごめん被りたくて、しかし他にしたい事、できそうな仕事が無く、このまま村に吸収され社会の歯車になるのかと絶望した時に──彼は気がついたのだ。


 メタルクラッシュ。この世界は彼の前世にとってはゲームの世界だが、この世界では立派なスポーツである。

 そして彼は前世ではそこそこ有名なプレイヤーでそこそこ強かった。その時の経験を活かしてメタルクラッシュで選手として生きて行けば──将来は安泰である。


 天才的な閃きにより、彼のテンションは上がり、両親と妹に言葉少なく街に行く事を伝え、彼はメタルクラッシュのプロになるべくダッシュで荒野を走り──。


 街の喧騒を聞いて一時のテンションに身を任せた自分を呪った。

 コミュ障に人混みは無理だった。何なら新しい場所に吐きそうになっていた。ゲームで見たことがある景色とはいえ、画面越しに見るのと実際に見るのでは天と地程の差があり、思わず裏路地に入って身を小さくさせて震えるくらいには違った。


 やべぇよ。元引き篭もりのコミュ障には荷が重いよ。

 メッチャ街がキラキラしてるよ。俺みたいな石コロが来て良い所じゃないよ。


 転生チートセカンドライフ? なにそれおいしいの? 

 そう言わんばかりに彼の人生の新たな一歩は頓挫した。

 裏路地のジメジメした感触が前世を思い出させ、彼は寝転んでウジウジとこれからの事を考える。


 勇気を出して街に入るのが怖い。でも、このまま故郷に帰って「やっぱりお前には無理だったか(笑)」と笑われるのも怖い。

 どうしようか。このまま裏路地の染みの一つにでもなろうか、と彼が主観的な最適解、客観的な最悪解を出そうとしたその時、コツンとつま先に何か硬い物が触れた。


「……?」


 なんだろう、と彼が首を傾げて起き上がり視線を向けるとそこには古めかしくメカメカしい物が落ちていた。

 彼はソレを見て驚く。何故ならその存在を知っているからだ。


 メタルクラッシュギア。彼がこの街に来た目的、メタルクラッシュを行うために必要なデバイスだ。

 これが無ければメタルクラッシュに参加する事はおろか、この街で暮らす事ができない。

 何せ、電子通貨のやり取りもこのデバイスが担っており、メタルクラッシュで必要な物以外にも日常生活においても重要なデバイスなのだ。


 だから彼はこの街に来て最初にメタルクラッシュギアを手に入れないといけなかったのだが、ヒトと話す事ができずにいた。このままだと野垂れ死ぬ所だった。

 故にこの裏路地に落ちていたメタルクラッシュギアを拾ったのは、彼にとって僥倖……だったのだが。


「……」


 彼が考えたのはどうやって元の持ち主に返そう、という考えだけであった。

 自分の物にしようという考えは一ミリも浮かんでいなかった。道徳高いね。

 しかし元の持ち主に差し出しながら物凄く挙動不審になったらいらぬ諍いが生まれそうである。コミュニケーション能力の敗北。


 かといってそのまま捨て置く事ができず、彼はとりあえずそのギアを拾おうと手を伸ばし。


『──適合者との接触を確認。これより、転移を開始いたします』

「……? ──!?」


 突如ギアから電子音声が流れたかと思うと、ギアが光り出し──最初は意味が分からずキョトンとしていた彼は、自分の体も光り出した事に気が付くと流石に異変に気付き。


 しかしその時には既に遅く、彼はそのギアごとその裏路地から消え去った。

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