第4話「……これが、俺?」
それから申江は一度退出をし、呪符の入ったお守り袋を持って申代の部屋に戻ってきた。
「いいかい? これが異性の体に見せる呪符じゃ。これを肌身離さず持っているように」
呪符は朱色のお守り袋に入れられ、首にかける為の紐が通されていた。ちょうど帯を結ぶ辺りにお守り袋がかけられるので、締め付けられて体に密着するようになる。
申助の目から見て、現在の母の姿は普段よりも少し体格がしっかりしているが、それだけだった。単衣を着て化粧を施した彼女の外見は平素と変わりない。訝しく思いながらもお守り袋を受け取る。途端に申江の体は少し小柄になった。
申江は嬉しそうにまじまじと申助の姿を見ると、両手を叩いて喜ぶ。
「まぁまぁなんとかわいらしい女の子なのじゃ」
鏡を見せてもらうと、確かに見目麗しい猿神族の女性の姿が映っていた。目が大きくなり、頬が丸みをおびている。睫毛はそこまで伸びていなかったが、骨格は女性のものになっており、華奢な肩や喉仏のなくなった喉、大きな胸が見えた。
「……これが、俺?」
申助はいろいろな角度から自分の姿を確認する。外見は申代と似ていた。きっと彼女と同じように化粧を施せば見分けがつかなくなるのだろう。
恐る恐る自分のおっぱいに触れる。しかし、外見を変えて見せるだけなので実態はなく、慣れた自分の胸筋の感触があるだけだった。身長も変わっていないので自分が肩だと思って触ったら二の腕に指先が当たった。
「うむ。どこからどう見ても立派な猿神族のお姫様じゃ」
母の手が申助の頬に触れる。申代もすっかり泣き止み弟の体に無遠慮に触れてきた。
「不思議なものですね。見た目も声もこんなにも私と似ているというのに、触ったら男の感触だなんて」
胸筋を揉みながら姉が呟く。申助にはいつもの自分の声に聞こえているが、どうやら声も変わっているらしい。
申江は残念そうに頭を横に振った。
「そうじゃのう。とはいえ、見た目だけじゃ。機能がないから子供は産めぬ」
切り捨てられ、申助は唇を尖らせる。
猿神族では赤子を身籠れる為に女性の方が地位が高い。申助達男はいつも女性を立てて生きてきた。それを当たり前だと思っていたし、不満にも思ったことはなかった。むしろ、女性を守り、助けられるように鍛えてきた己を誇らしいとすら考えていた。
けれど、例えば食事の質にあからさまな違いを見た時などは女性達を羨ましいと思ってしまうのだった。女は子供を産むために栄養のあるものを食べなければならない。そうは分かっていても、幼少期に姉が白米を食べている隣でヒエやアワといった雑穀を口に入れている時には惨めな気持ちになっていた。
母は優しく申助の頬に触れてきた。
「これで、お主は役目を果たす事が出来るじゃろう。立派に姉の代わりを務めてくるが良い」
申助はコクリと頷く。胸に言いようのない不安が広がったが、自分は男なのだから、と無視をした。自分が犠牲になることで申代が無事ならば、と奮い立たせる。
「あと、その呪符を無くした場合、女性には見えなくなるからくれぐれも肌身離さず持っておくように。いいか? 肌から一寸離しただけでも効力がなくなるんじゃからの」
一寸は大体親指の根本から爪の先までの長さである。申助は頷いた。
「それでは、これより女性としての立ち居振る舞いを学んでもらおうかの。出発まであと五日間。寝る間もないと思え」
「え!?」
パン、と申江は手を叩き、母から当主の顔になる。
こうして嫁入りまでの五日の間、徹底して母によって女性としての作法を教え込まれたのだった。
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