07-07:己が首を持つ騎士

シャリーののんびりした口調を受けて、ケインが呆れる。


「どうしましょうかねぇって、おまえなー」

「ケイン、たしかに僕たちには応援くらいしかできることはなさそうで――」


 アディスの言葉が終わるか終わらないか。突如ケインたちの目の前の空間がバリバリと音を立てて引き裂かれた。現れたのは――。


『ひゃぁははははははっ! 手間取りましたよぉ』


 自らの首を左腕に抱えた暗黒の騎士――エルドだ。


『今度こそ、引導を渡して差し上げますからねぇ! ひひひひひっ!』


 生首がわらう。ケインは剣を抜いて吐き捨てた。


「往生際の悪いやつだ! 引導はお前にくれてやるよ!」

『ひゃぁははははは、死になさぁぃ!』


 エルドが右腕一本でその長大な剣を振り上げる。


「ケインさん!」


 シャリーが咄嗟に魔力を抽出し、ケインを守る甲冑を形成する。


「さっすが、シャリー!」


 エルドの打ち込みを間一髪のところで受け止めるケイン。エルドは左腕が使えない。片腕ではケインを圧倒するパワーは出せないようだった。それに太刀筋も明らかに鈍っている。強化されたケインであれば、防戦一方にはならずに済みそうだった。


「いくぜぇ、クソ大魔導!」

 

 ケインの左右の手に剣が出現する。ケインはそれらを縦横無尽に振り回し、エルドを殴打するように繰り出した。エルドは狂ったように笑いながら、それらを確実になしていく。ケインは剣の心得こそあったが、ではない。魔導師でありながら優れた騎士でもあるエルドとの実力差は雲泥だった。たとえその左腕のハンディキャップがあったとしても、だ。


「俺は、負ける気がしてねぇよ!」


 ケインがえる。


『ひゃははははは、無力な男の遠吠えですねええええええええ!』

「ネズミだってネコを噛むことくらいあらぁな!」


 ケインの剣がエルドの甲冑を捉える。だが、手傷には程遠い。


『絶望のままに、生贄となるがいいのです!』

「じょーだん、じゃ、ねーぜ!」


 ケインは強化されたその力でエルドの頭上を飛び越える。落下に任せて剣を打ち付ける。のけぞるエルドの背骨をめがけて、ケインは二本の剣を突き出した。


『ぐおっ』


 初めてダメージらしいダメージを与えることに成功する。そこにすかさず、アディスが放った火球が直撃する。


『小癪ですねええええええ!』


 エルドはケインの剣を強引に引き抜くと、アディスとシャリーの目の前に転移した。


「しまった!」


 ケインが叫ぶ。


『まとめて死ねえええええええええ!』


 エルドの顔が歪んだ笑みで満たされる。その長大な剣がシャリーとアディスをまとめて叩き切らんと振るわれる。


 だが、その剣は大きく弾き返された。


『何だと!?』


 エルドの驚愕の声に、アディスは自分がまだ生きていることを知る。シャリーが魔石から抽出した力で形成した盾が、エルドの剣を防いでいた。盾自体は一撃で粉砕されてしまったが、シャリーたちは浅い切り傷をいくらか作った程度で済んだ。


「何度もは使えません」


 シャリーは自らも甲冑を纏った。ケインの強化装甲の持続時間が短くなるが、仕方ない。


 ケインとシャリーがエルドを確実に追い詰めていく。


「形勢逆転ってね!」


 ケインの膝がエルドのを捕らえた。エルドは自分の頭部を取り落とす。瞬間、シャリーの槍がその顔面の真ん中を貫き通した。顔面が崩壊し、目も鼻も吹き飛んだ。


 エルドは声にならない叫びを上げたが、まだ死ななかった。身体が手探りで頭部を探し始めている。


すきありだぜ!」


 ケインの両手の剣がエルドの右腕を執拗に襲う。エルドは顔面が粉砕されてしまったせいなのか、動きの精彩を欠いた。いともたやすくケインによってその右腕を切断されてしまう。


『うおおおおおおおお!』


 エルドの絶叫が上がる。


 その一瞬を突いて、シャリーは槍でエルドの足をすくい上げて転倒させる。そして熟練の騎士もかくやという動きで、その胸に穂先を突き込んだ。槍がエルドと床を縫い合わせる。


「ほんとこいつ、どうやったら倒せるんだよ!」


 未だに狂ったように叫んでいるエルドの頭部を、ケインは力任せに蹴り飛ばした。それは面白いように飛んでいき、クレスティアとサブラスの戦いの最中に飛び込んでいく。


『邪魔だ!』


 サブラスが光の剣でエルドの頭部を粉砕した。頭部は一瞬で蒸発して、空間の染みとなった。


 そこにわずかな隙が生まれる。


 クレスティアがサブラスの剣を弾き上げ、そのまま肩から激突する。その刀の刃がサブラスの首に当てられていた。


「魔神サブラス。今すぐにこの城を止めなさい」

『できぬ相談よ』

「あなたの狙いはわたし。クレスティアでしょう? 無辜むこの人々を巻き込むことは許しません」

『貴様とクルース。二人分の魂であれば、百万の人間に釣り合わぬではないがな』


 そう言われ、クレスティアは「ふふふ」と小さく笑った。


「クルースの力は、あなたが一番よくわかっているはず。勝負になりはしないわ」

『それはどうかな』


 城は動きを止めない。もう海岸線は突破した頃合いだ。


「ケイン、アディス、シャリー。あなた達もここから逃げなさい」

「逃げてどうなるもんでもねぇよ」


 甲冑姿を解いたケインが、部屋の中央で組み合う二柱の神を見て応じた。


「それに俺は、セレ姉と一緒じゃなきゃ帰らねぇ」

「好きなのですね、この身体の主のことが」

「言わせんな」


 ケインはそう言うと、壁に背をつけて腕を組んだ。


「しかし、ケイン――」


 クレスティアはケインを振り返る。


「辛い現実を見ることになるかもしれませんよ」

「……?」


 言われたことの意味がわからず、ケインは渋面になる。


「あなたは――」

『人間風情の心配をしている場合なのか、女神よ』

「わたしも元はと言えばただの人。運命の糸に絡め取られてしまっただけの女にすぎない」


 クレスティアの刀が、サブラスの首に食い込んでいく。サブラスは目を鈍く輝かせる。


『おとなしく、我が足元にひざまずけ!」


 衝撃波がクレスティアに集中する。クレスティアは瞬間的に宙を蹴って衝撃波を逃し、壁を蹴ってサブラスに飛び掛かった。虚を突かれたサブラスには、クレスティアがお返しに放った衝撃波を相殺しきれなかった。大きく弾き飛ばされたサブラスは、広間の壁を粉砕して、隣室の壁をも破壊した。


『我を倒したとしても、城は止まらぬ!』


 半ば石材に埋まったサブラスは、それでも勝ち誇ったようにそう宣言した。


『王都の滅ぶさまを、その目に焼き付けるがよい!』


 その呪いの言葉はそれ自体が衝撃波となってクレスティアたちを襲う。クレスティアが障壁を展開していなければ、シャリーたちは即死していたかもしれなかった。


「ちっくしょ、ひっでぇ攻撃だ」


 頭を振りながらケインが呻く。シャリーは半ば目を回し、アディスは尻もちをついていた。


 その時――。


「遺言は、それだけか?」


 男の声が、響いた。

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