05-05:白銀の騎士

 暗黒甲冑の騎士の大剣が机を叩き割る。強烈な打撃音とともに、大量の木屑が跳ね上がる。その一部が細かいやじりと化してケインを襲った。


「ちっくしょうめ」


 無数の切り傷を負いながら、ケインは唸る。せめて甲冑でなかったなら、まだ付け入る隙はある。だが、あの重厚な甲冑をケインの長剣で貫くのは不可能だ。そもそも下手に間合いを詰めようものなら、あの大剣で文字通り木っ端微塵にされてしまうだろう。ケインは唇を舐める。ほのかにびた鉄の味がした。


「どうすりゃ……」


 その時、ケインの視界の端で何かが光る。セレナの刀だ。


「ちょっち借りるぜ、セレ姉!」


 斬撃の嵐をかいくぐり、ケインはセレナの刀を蹴り上げて空中でキャッチする。


「ケイン!」


 アディスが咄嗟とっさに障壁を張る。その直後に襲ってくる衝撃波。それはと呼ばれる攻撃だった。その不可視の打撃は転がっていた椅子や机を次々と吹き飛ばし、アディスの障壁を打ち破って消滅した。ケインたちも無傷とはいかず、それぞれに床に転がって呻いた。


「実戦データがたまっていきますねぇ。どうぞどうぞ、あがいてください」


 エルドが頬杖をつきながら言った。ケインは舌打ちする。


「ったくよ!」


 ケインは刀を両手で構え、暗黒騎士と睨み合う。この騎士は人形ではない。中に人間か、あるいは人間に近いものがいる。を感じるからだ。


 ケインは思い切り踏み込み、力の限りに甲冑の胴をぐ。そしてそのまま体当たりに持ち込んだ。騎士は二歩後退したが、すぐにケインを押し返しにかかる。圧倒的な重量差に、ケインは押しつぶされそうになる。


「なんでぇ、セレ姉の刀もたいしたことねぇじゃん!」


 甲冑に傷はつけられた。だが、その傷はケインが見ている内に消えてしまった。幻でも見せられているかのようだった。


「そらそら、押しつぶされてしまいますよ?」


 エルドが哄笑と共に言う。


「シャリー、何とかならねぇか!」

「なるっ、かもっ、ですっ!」


 シャリーは落ちていた拳大の木屑を一つ拾い上げると、騎士の背中に向けて力いっぱい投げつけた。


「なにをしていらっしゃるのやら?」


 エルドは笑ったが、その笑顔が凍りつく。騎士の暗黒甲冑の背面が派手に爆発したのだ。


「私たち錬金術師は、魔石の力を引き出すことができます」


 シャリーは少しホッとしたような顔で言ったが、爆発に巻き込まれたケインはそれどころではなかった。十メートル近くも転がされ、口の中が切れていた。


「いてぇけど、まぁ」


 甲冑の騎士はその場で倒れていた。重量があったおかげで吹き飛ばされはしなかったが、その分衝撃をまともに食らったということだろう。その重量大剣も床にめり込むような形になっていた。普通の人間ならば即死だろう。


「こいつ、死んだのか?」

「ふん」


 エルドが鼻で嗤う。


「あなたたちのような雑魚が、無制御たるものを倒せるはずがありません。もう不意打ちはできませ――」

「この城のあらゆるものが魔石化していることがわかりました」


 エルドの口上をさえぎり、シャリーは宣言する。そして転がっていた机の脚を拾い上げた。


「いままで、こんな使い方は誰も試すことは出来なかったと思いますけど」


 これほどまでに大量の魔石を前にした錬金術師は古今東西、存在しないだろう。


「ここは私のための戦場です」


 シャリーは毅然と言い放った。アディスとケインは唖然とした表情で、その確信に満ちたシャリーを見つめた。


 シャリーは机の脚を掲げて、目を閉じる。その一瞬の後、室内が閃光と暴風に飲み込まれる。


「シャリー!?」 


 ケインとアディスの声が重なる。ケインの声は裏返っていた。


 閃光が落ち着いた時、二人は赤い重甲冑の姿を見る。それは巨大な盾と、青く燃える槍を持っている。


「シャリー、なのですか?」


 アディスが上ずった声で尋ねると、赤い重甲冑は顔をアディスに向けて頷いた。


「はははは!」


 エルドがあざ笑う。


「錬金術師ごときが、そのような武具を揃えたとて!」


 その時、倒れていた暗黒甲冑が立ち上がる。ダメージはすっかり回復してしまったようだ。もはや鎧に傷の一つも残っていない。


 暗黒騎士がシャリーに向かって切りかかった。目にも止まらぬ斬撃だったが、シャリーは盾を掲げてそれを弾き返す。受けた衝撃をそのままバックステップに活かし、反撃に燃える槍を突き出した。槍そのものはかわされたものの、その青い炎に炙られた甲冑が赤熱しているのが見て取れた。恐るべき高熱が穂先の周囲に渦巻いている。並の人間ならかすっただけで戦闘不能になることは間違いなかった。


 だが、相手は普通でもなければ、人間でもなかった。


 全く無言のままに、その大剣を振り回す。シャリーにも反撃の糸口がつかめない。しかしシャリーは盾と機動力を使ってひらりひらりと攻撃を回避し、あるいは弾き返している。すくなくとも押されているようには見えなかった。


「ど、どういうこったい、こりゃ」


 エルドの方を警戒しながら、ケインがアディスとセレナの所に駆け戻る。


「錬金術の何かで身体能力を強化しているのでしょう」


 魔法障壁を維持しながら、アディスが呻く。シャリーたちの戦いは衝撃波の打ち合いでもある。アディスたちのところにも物理的殺傷力を有した波動が飛んでくる。


「そんなこともできるってわけか。人は見かけによらねぇな」


 ケインはエルドを睨んだが、エルドはケインたちには微塵も関心を向けていない。だが、慌てている様子もない。未だに暗黒騎士の勝利を確信している表情だった。


 シャリーの槍が床を削りながら振り上げられる。青い炎が暗黒騎士をかすめ、その鎧を広く赤熱させる。シャリーはさらに踏み出して、巨大な盾で殴りつけ、吹き飛ばす。机の残骸を吹き飛ばしながら転倒した黒騎士の背中で激しい爆発が起き、騎士は重量甲冑を纏っているにも関わらず空中に投げ出された。シャリーは間髪を入れずにその身体を槍の柄でしたたかに殴りつけた。騎士はなすすべもなく地面に転がるが、その瞬間に強烈な爆発が騎士を襲った。


「す、すげぇ」


 セレナを背負いながら、ケインは呆然と呟いた。アディスは頷くことしかできない。


「錬金術師って薬屋だろ……?」

「魔石の力というのはこれほど、ということでしょうね」


 アディスは言いながらも、この場をどう脱出すべきかを考え始めている。だが、唯一の出口になりそうな所には、エルドが居座っている。それに魔神サブラスが今現在何をしようとしているのかも気になった。セレナの状態も心配だ。


 気付けばこの広大な室内は床も壁も天井も、もはや混沌としていた。壁に並んだ以外はすべてが傷を負っていた。


「さて」


 壁際に退避していたエルドが手を叩き、そしておもむろに剣を抜いた。


「思わぬ実戦データが手に入りましたよ。感謝しますよ、錬金術師。しかし、もう十分でしょう」


 エルドの剣が薄紫色に輝き始める。アディスがその魔力密度を読み取って警告を発する。


「シャリー、気を付けて!」

「気をつけるのは、まずはあなたですよ」


 エルドの姿がアディスの目の前に現れた。無詠唱の短距離転移魔法だった。


 体術に関しては素人以下でしかないアディスには、けるすべはない。


 だが、エルドの剣がアディスの首を飛ばすことはなかった。アディスは何者かによって突き飛ばされて大きく床を転がっていた。


「何が……?」


 突然視界からアディスの姿が消え、ケインは呆然とする。はためく青いマントがケインの視界を覆う。


「何者!」


 必殺の一撃をえ無く止められたエルドが、初めて狼狽うろたえた声を発した。


 そこにいたのは白銀の鎧を纏った騎士だった。兜に覆われていて顔は見えない。だが、その騎士はエルドなどでは勝負にならないほどの威圧感を放っていた。大魔導たるエルドが完全に押されていた。


「人造無制御とは」


 白銀の騎士が感情のない声で言った。


「驕りも過ぎたな、人間よ」

「何者だと聞いているのです」

 

 エルドはつばり合いを続けながら、気丈に声を張った。


「名乗るほどの者ではない」


 白銀の騎士はそう言うと、エルドの向こうで撃剣を繰り広げている暗黒騎士とシャリーに視線を送った。


 刹那、吹き飛ばされたエルドは壁に激突し、シャリーと戦っていた暗黒騎士は甲冑を両断されて倒れた。


「なんだなんだ……?」


 すっかり見物客と化してしまったケインが、アディスに説明を求める。だが、アディスも呆然とする他になかった。シャリーの戦いも完全に異次元のそれであったが、この白銀の騎士の戦闘技術はその比ではなかった。というよりも、ケインやアディスには何が起きているのかすらわかっていなかった。


 白銀の騎士はケインを振り返って言った。


を、頼む」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る