05: 奪回に向かう

05-01:仕切り直し

 シャリーたちがまともに食らったのは集団転移の魔法だった。視力が戻った時、三人は錬金術師ギルドの前に座り込んでいた。空は相変わらず暗く、風も海も荒れていた。体感時刻的には夕方頃だったが、空の色からはなんとも判断はできなかった。


 混乱をきたしている平衡感覚に苦しみながら、シャリーはケインの容態を見た。外傷こそ致命傷には程遠かったが、体力の消耗が顕著だった。シャリーはカバンから小瓶を取り出して、ケインの口の中に注いだ。


「うぇっ……」

「ちょっと苦いですよ」

「先に言えよ……」


 ケインは砂浜の上に大の字になって、何度か深呼吸を繰り返した。アディスは疲労困憊の様子で、海の上に浮かぶ暗黒の城を眺めている。海岸には野次馬たちが大勢集まっていた。誰もが海の方を見ていたので、突如出現したシャリーたちに気が付いている者はいないようだった。


「それにしてもケイン、よく無事でしたね」

「魔力がないのが幸いしたって感じかな」


 ケインは転がったままそう言った。アディスは「おそらく」と頷く。ケインは起き上がりかけてまた地面に転がる。だるくて力が入らないのだ。


「ま、男にゃぁ、気合と根性で乗り切らなきゃならねぇ時ってもんがあるのよ」

「そんな暴論」 

「でも、結局セレ姉は……」


 ケインは気合とともに上体を起こして、右手を握りしめた。その拳が大きく震えている。


「出直せって言ってたよな」

「僕たちだけでは無茶です。見たでしょう、ケイン。魔神の力を。僕たちでは手も足もでなかった」

「でもよぉ」


 不満げなケインではあったが、身をもってその魔神の力を味わってしまったが故に、その心はひるんでいた。生まれて初めて、本当の命の危機を知ったのだ。商売柄、暴力沙汰に巻き込まれることもなくはない。だが、ここまで歯の立たない相手を前にしたことはなかった。


 シャリーはバッグの中に小瓶をしまいながら、またあの城を睨んだ。


「エライザ様たちが黙っているとは思えません」

 

 シャリーは断定する。


「ケインさん、アディスさん。お二人は帰ってお休みください。消耗が激しすぎます」


 新たな小瓶を二つ取り出しながら、シャリーは有無を言わせぬ口調で言う。


「これを使えばあっという間に疲労は回復します。が、それは翌日の元気の前借りです。なので、何があろうと今夜は休んでください。じゃないと逆効果です」

「なんだそれ、めちゃめちゃ怖そうな薬だな」


 もっともな感想を述べるケインである。そんなケインを尻目に、アディスは中の液体を一息に煽る。ケインも意を決してそれを飲んだ。


 それを見届けてから、シャリーは錬金術師ギルドを振り返る。


「私はギルドに寄ったら、まっすぐ聖神殿に向かいます」

「俺たちも――」

「ケインさんたちは、今は休むのが仕事です。それに今の時間、聖神殿は男子禁制ですよ」


 シャリーはそう言い残し、さっさとギルドの扉の内に消えてしまった。それを見送って、ケインは頭の上で指を組んだ。


「あいつさぁ、あんなにちゃきちゃきしてたっけ?」

「さぁ……」


 アディスは首や腕を回してから、大きく息を吐いた。


「さっきのはどういう霊薬なんでしょうね」

「軍隊に需要ありってのもわかるわ、これは」


 ケインは軽くジャンプしてみせた。あれだけ重たくなっていた身体が、嘘のように軽かった。

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