第3話 そんな彼女にあたしは言う

「………あきら……なの?」

「……………うん」


 目の前には長い髪の華奢な感じの女の子。

 しかもかわいい。

 んーーこんな可愛かったら人生イージーモードで過ごせるんじゃない?

 あたしだったら……そうだな、とりあえずフリフリのドレスとか着てみるかな! なんでも似合いそうだ! でも自分の性格ならやっぱ着ないだろうな! スカートとか制服以外にいくつあったっけ? あっはっは、現実ってままならねー!


 って、そうじゃなく!


「何があったの!? 髪とか1日で伸びる量じゃないよね?!」

「……わからないよ……昨日あの後帰ってすぐベッドに行って……いつの間にか寝ちゃってて……今朝気付いたらこうなってて……」

「あー……」


 朝起きたら別の性別なってたら……そりゃ、うん。どうすればいいかわからんね。

 よし、今朝学校来なかったことは不問にしてやろう(上から目線)!

 それにしても……濡れ羽色っていうんだっけ? なんかもう、つやつやで黒なんだけど光の反射具合でちょっと緑に近いように見えてさ、こぼれ落ちそうな感じで思わず保護しなきゃって思ってしまう。

 まぁあれです。思わず触ってしまいたくなるってやつ。


「……………」

「だ、ダメ!」


 晶が両手を伸ばして私の身体を押し返す。

 は! 思わず髪にまで手が伸びていたようだ。むぅ、でもそこまで拒絶させられるのはちょっとショックかも。


「ご、ごめんね。いきなり触られるの嫌だよね」

「そうじゃなくて……ボク昨日お風呂入ってなかったから……」


 顔を赤らめながら、申し訳なさそうに目線を逸らして言ってくる。

 うぐっ! なんだこの言いようのない気持ちは! かーっ! 乙女か!

 いや、今は乙女だったんだっけ! あーもうっ!

 思わず自分の頭をガシガシかき回す。髪が乱れるけど知ったこっちゃない。


「あきらっ!」

「は、はい!」


 急に大声で話しかけられた晶は、びくっと肩を震わせる。

 なんか小動物みたいでしぐさがいちいち可愛らしい。ぐぬぬ。


「シャワーでも浴びて来て! よくわからないけど、一回それで気持ちをリセットして落ち着こう!」

「そ、そうだね。わかった、いってくる。」

「うんむ、しっかり洗ってくるんだぞぅ」

「うん」


 部屋の去り際に『ありがとう』なんて呟きが聞こえた気がした。


 それはさておき。


 シャワーで気持ちを落ち着けようとか言ったけれど、それは私の方もだったりする。

 そう……なんていうか、いまだ混乱の極致なのだ。


 例えるなら、部活帰りで物凄くお腹が空いた状態で食卓に座ったらカレーがあった。

 ひゃっほー空きっ腹にカレーとか最高、お母さま愛してるいただきますっ、とスプーンを口に運んだら実はお米はプリンでカレーはカラメルソースだった。それくらいの歯車の噛み合わなさの感じ。

 わかるかなー? それに加えてプリンはプリンでものすごく美味しかったりする……でもカレーも食べたかったんだけど、どーしてくれる?! って気持ち。

 あれか! やっぱそこは福神漬けじゃなくて生クリームになってたりするのかな!

 そしてこんなアホな事考えてる場合じゃないよね! なんだってんだよーもー!


 よし、とりあえずお茶でも淹れよう。そして落ち着こう。

 リビングに移動して、勝手知ったる楠園家のキッチンをがさごそ。

 お湯を沸かしつつ……さすがにお茶っぱの場所はわかんないから……あったあったインスタントコーヒー。うちで使ってるのと一緒のやつだ。多分近所のスーパー特売の奴。


 そんなこんなしてるうちに、晶も風呂場から上がってきたようだ。


「みやこちゃん、どうしよう……」

「お、おぅ……」


 一言で言えばエロかった。うん、エロい。

 身長も小さくなった上なで肩になったからか、部屋着のTシャツはオフショルダーのワンピース状態になっている。そのままだとストンと落ちてしまいそうだけど胸で引っかかってる。うぐ、あたしよりよっぽど大きいな、あれ。

 湯上りなのか、雪の様に白くきめ細かい肌がちょっと熱をもって赤くなって湯気をたててなんかしらりしてる。ごくり。

 視線を下にやって、太ももの上らへんでひらひら揺れている裾を見ると……うん、男の子のあれが付いてたらもっこりしてそうなものだけどそれがない。


 っていうか、あれ?


「履いてない?」

「……へんなところ見ながら言わないでよ」


 思いっきり『こういう時だっていうのに、どういうとこ見てんだ?』とジト目で睨まれた。

 いやそれよりもさ。


「サイズが全然合わないの?」

「うん……下着も全部ずり落ちちゃうし、さすがにちょっと……」


 近くにまでいってまじまじと見てみる。

 身長は……ほぼ同じ高さだったのに、今はあたしより頭1つ分位小さいかな?

 あたしが166cmだから……確実に150cmは切ってそう。


「ちょっと待ってて!」


 楠園家のリビングを裸足のまま飛び出し20秒、隣の家の自分の部屋に急いで戻る。

 靴を履いてないのは、近いから許してもらおう。


 ごそごそとクローゼットを漁る。普段あたしがきてる服とか出てくるんだけど……これだとぶかぶかかな? 男の時なら入っただろうけど。

 てことは……普段は使わない収納の奥を探る。うん、まだあった。


 んーと、下着は……替えの新品があったからそれでいいだろう。よく時期を油断してダメにすることあるからね! あっはっは!

 上は……うん、確実にサイズが合わないな。ちくしょう。キャミだけで勘弁してもらおう。


 ささっと必要なものをひっつかんで楠園邸へ戻る。

 この間5分もかかってない。湯冷めされたら困るもんね。


「はい、これ着て!」

「え、これ」

「早く!」

「う、うん」


 あきらに持ってきたもの押し付ける。

 しばらくそのままでいると……あ、もじもじしてる。

 着替え見られるのが恥ずかしいようだ。『ごゆっくりおほほ』なんて言いながら廊下に出た。


 あきらに渡したのは小学校高学年の頃とかに来ていた服だ。

 汚れの目立ちにくいグレーのチュニックに紺色のキュロット、それに当時使ってたキャミソールに予備のショーツ。

 まぁ多少子供っぽいかもしれないけれど、そこは我慢してもらおう。それにそんなに女の子っぽいようなデザインじゃないし抵抗もないはず。


 ………


 ……………………


「……終わった?」


 ややあって、ゆっくりリビングのドアをあけて、こっそりと覗くかのように顔を出す。


 ……


 …………うん。時が止まった。


「~~~っ!!」


 あきらが私の服を自分の顔に押し付けてた。

 あれです。匂いを嗅ぐような態勢。


 ……


 ……気まずい!!


「……き、着方わかんなかった?」

「だ、大丈夫!」


 ゆっくりと再度扉を閉める。

 うん。


 …………


 なにやってんだよおおお!

 あたしの匂いとか嗅いで楽しいのか?!

 しかも今、晶は女の子でしょ?!

 あれか! 見た目は美少女、中身は思春期男子高校生か!

 ……って、まんまじゃん!!

 なんだよぅ、ドキドキしてるけど何にドキドキしてるかわかんないよ。


「……着替えたよ」

「入っていい?」

「うん」




 随分と冷めてしまったコーヒーを晶にも出してダイニングテーブルで膝を突き合わす。

 ちなみにあたしはミルクたっぷりでと砂糖は少な目、あきらのはミルクだけ。

 いつも砂糖なしでよく飲めるなーとか思ってる。

 そんな、どうでもいいようなことを思いながら、ちびちびとお互いコーヒーを口にして無言の時間が過ぎる。


 コーヒーを舐めるように飲みながら、まじまじと晶を見やる。

 着ているのは3年とか4年前に着ていた自分の服だ。

 なんか……うん。全然違う。

 あたしこんなの着てたっけ? 案外可愛いもの着てたんじゃ? とか思ってしまう。

 単に可愛い子が何着ても似合うってやつなのかもれしないけれど。

 ……ん? それって晶があたしより可愛いってこと??

 ぐ……うぎぎ……別に自分が可愛いとは思ったことないけど、なんか、こう。悔しい。

 きっと元が男の子だからに違いない。


「……ねぇ」

「……うん?」

「ボク、これからどうすればいいんだろう……」

「…………」


 これからかぁ。

 どうすればいいかなんてあたしが聞きたいくらいだよ。

 半分くらい残ってるマグカップをじっと見つめる。


 まるで嫁の様に世話を焼いてくれていた相手が、男の子から女の子になっちゃいました。

 しかも幼稚園に入る前の物心ついた頃からずっと一緒です。


 うん。


 どうしろと。

 うー、そもそもあたし考えるの苦手なんだよぅ。


 そういうのは晶の方が得意でしょ、と思いながら顔を上げたら。

 晶の顔からボロボロと涙が零れてた。

 多分本人に泣いている自覚なんてないんだろう。

 自分じゃどうしようもないことに、どうしていいかわからず、ただただ涙が零れてしまっているようだった。


 …………


 何かよくわかんないけれど。

 これで合ってるかどうかわからないけれど。

 とにかく。

 晶がそんな顔してるのが無性に気に食わなかった。


「あきら、今日はあたしんちに泊まろう」

「……え?」

「そ、うちで一緒に泊まって寝るの。いいでしょ?」

「それは……いいけど……おばさんやおじさんとか……ボクこんなだしどうするの?」


 今、晶をひとりにしちゃいけないって思った。

 なんで? て問われたら、あたしの本能がそう思ったって答えるしかない。


「ああ、もう、細かいことはいいの!」


 そもそも。

 今日、晶にあったら思いついたままの言葉を言おうとしてたんだ。


「あきらはあたしの嫁なんだから!!」


 口を開いて出てきたのはいつもの軽口のように言っていた台詞だった。

 え、よりによってその台詞なのかと自分でびっくりだ。


「え……何を?」


 そして晶はこれでもかと、目を見開いてあたしを見ている。

 何言ってんだ? とか、どういうことかわかってる? ていうかあんまよく考えずに言ってるな、とか、むしろあたしの頭を心配するような顔で見られてる。 

 うん、あたしだって自分でよくわかってない。

 ていうか、これはない。


「や、やっぱ今の無しで………」


「………………」

「………………」


「……ぷっ、ぷは、あははははは」

「も、もう、笑わないでよ!」


 でも、そうだそうだ。

 そんな悲し気な顔よりかは、そんな顔の方がよっぽどいい。

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