都子ちゃんは晶君を嫁にしたい~女子力高い幼馴染が本当の女の子になっちゃった件~

雲雀湯@てんびんアニメ化企画進行中

第1章 幼馴染が女の子になっちゃった件

第1話 予期せぬ告白

 宮路都子はガサツである。


「やー、あきらの弁当はおいしいねー!」


 ガツガツと飢えた思春期男子の如くご飯をかきこむ。

 平均的な16歳女子が食べるには一回り大きい弁当箱を、あっという間に空にする。


 肩より少し伸びた癖っ毛を強引に纏めたポニーテール。女子にしては高い166cmという高い身長に、女子バスケ部で活躍するスラリと伸びた手足に引き締まった身体。胸は少々どころか、かなり残念気味だが、向こう気の強そうな瞳にぷっくりとした紅い唇にすっきりと通った鼻筋。うちに秘められたエネルギーが溢れてきそうな健康的な美人といえるが、しかし。


 自分の椅子の上で胡坐を掻いてお茶を飲む様は、色々と台無しだった。


「みやこちゃん、ソースとご飯粒ついてる」

「ん、見つけたついでにあきらが拭いてよ」

「あと、見えちゃうよそれ……」

「スパッツはいてるし大丈夫っしょ」


 そしていろいろと残念なところが多かった。


 甲斐甲斐しく都子の口元を拭くのは楠園晶。都子の幼馴染である。

 落ち着いた感じのハスキーボイスに、都子と並ぶとほんの少しだけ小さい身長は必要以上に華奢に見える。 梳いたらひっかかりなど感じさせないと思わせる、さらさらで艶のあるショートカットは都子からみても憧れる。

 大きく垂れ気味の目で口元を拭かせることに抗議してくるが、上目遣いに不満を訴える様は都子を萌えさせるだけだった。


「はぁ……あきら、うちに嫁に来ない?」

「……ボク男だよ」


 ハイハイする頃から一緒の2人は、周囲からよく『逆ならいいのにね』なーんて言われてきた。

 晶は儚げな雰囲気があるが、料理は上手いし裁縫もできるしよく気が付いて世話してくれるし、それでいて芯が強く女子力が高い。あたしが男なら嫁にしたい。

 残念ながらあたしは女で晶は男である。

 世の中そう上手くはいってくれないのだ。


「おい、宮路! 俺と勝負しろ!」


 話しかけてきたのは同じ2年で隣のクラスの沢村浩平。男子バスケ部のイケメン君である。

 イケメンの癖に女慣れしていないのか、胡坐を掻いて捲れ気味の都子のスカートをチラチラ赤くなりながら気にしている。

 こんなので赤くなってたら部屋に居るときの姿とか見せられないな。ダラグダさいこー!


 彼の言う勝負というのはバスケの1on1なのだが、駆け引きなにそれおいしいの? な、猪系男子の沢村は都子にいつも突っかかっては負けていた。

 教室の周囲はああ、またかといっそ微笑ましいまでの視線である。



「オッケーオッケー、あたしが返り討ちにしてあげよう」

「んだと!!」


 ひょい、と快諾した都子は勢いよく椅子から器用に立ち上がり教室の外へと先導する。


「……ボクまだ食べてる途中なんだけど」

「いいよいいよ、食べ終える前に戻ってくるから」


 いかにも腹ごなしの運動だという風に教室を去る都子。

 晶はそうじゃないのに、と恨みがましい目で都子のゆれるポニーテールを見つめていた。 



  ◇  ◇  ◇  ◇



 放課後を告げるチャイムが鳴る。


 森ノ嶋学園は運動系の部活が盛んだ。

 都子と晶のいる2年C組も、半数は運動系部活に繰り出していく。


「あきら、今日は部活?」

「うん、そうだよ」

「じゃあさ、塩気のあるもの作ってよ。レモン味のがいいな」

「気が向いたらね」

「そう言いながら作ってくれるの知ってるよ!」


 にやにやと、期待を込めた目で晶をみる。

 晶は家庭科部所属だ。学園の方針なのか、服飾系よりかはフードデザインやスポーツフードアドバイスとかそういった方面に力を入れている。

 つまり調理することが多い。


「別に毎回何か作るわけじゃないし」

「出来たらでいいのよ出来たらで。期待してるから!」

「……まったく」


 都子は言うだけ言って、さっさと教室を去っていった。





 その日の部活、都子はいつもより若干テンション高めで調子が良かった。

 浮かれていたといってもいい。

 嫁(晶)の差し入れを期待してのことである。

 男子バスケ部とも試合をしたが接戦だった。

 ちなみに沢村君は都子と相性がいいのか悪いのか、都子と当たるとすぐに抜かれる。


 部活が終わった後も都子はご機嫌だった。女子更衣室で着替えを済ませカバンがある教室へと向かう。

 夕日が射し込み、ウキウキ気分で一人歩く廊下が赤く染まる。人気の無い廊下の赤を見てると、なんか物悲しくなってきた。

 それを打ち消すように、晶が何か作ってくれてたらイチゴオレでもご馳走しようかなどと思い描き、足を速めようとしたときの事だった。


「おい、宮路!」


 沢村のクラスの近くだったのだろうか? まるで待ち伏せしていたかのように急に彼が現れた。


「沢村君? 今日はもう勝負しないよ? 明日ならいいけど」

「ち、違う!」


 いつもは猪のように真っ直ぐにモノを言い、ちょっと早口だなと思ってる沢村は何か口篭っていてじれったい。彼の右手は所在無さ気に前に動かしたりひっこめたり。自分でもどかしいと感じているのか、顔は真っ赤だ。

 そんな彼の顔を見ていると、自分の分はトマトジュースでもいいかな、甘くてしょっぱいやつ。汗かいてるし、なんて思ってしまう。

 うーむ、そんなことを考えていたら、妙に晶の差し入れを食べたくなってきてきたじゃないか。


「何も無いなら行くよ? レモン味の嫁が待ってるんだ」

「す、好きだ宮路! 付き合ってくれ!!」


 …………


 ……………………


「………………………………………え?」


 一瞬何を言われているかわからなかった。

 頭が真っ白だ。

 なんか足元がふらふらする。

 目の前には女子の間でもイケメンと評判の沢村浩平が顔を真っ赤にして俯いている。

 あの赤さってお酒飲んだお父さんより赤くない? え、本気? なにこれ夢でも見てるの?


「……俺じゃダメか……?」


 その言葉で一瞬現実に引き戻される。

 それと同時に自分の顔がこれでもかと熱くなるのがわかる。あ、これあたし真っ赤だな。茹でダコみたいに違いない。夕飯はタコと大根のやわらか煮だ。

 いや、そうじゃない。


 何か。

 得体の知れない暗いものに胸のうちを侵蝕されるイメージが過ぎった。

 …………え?


「ダメとかそういうんじゃなくて……あ!」


 目が合った。

 晶と。

 沢村の後方に居た。

 固まっていた。

 手にはタッパー。

 あ、作ってくれたんだ。


 ……


 ……………見られた?!


 沢村君に告られたときよりも頭が混乱する。



「ま、待たせたよね! 行こう!」

「お、おい、宮路!」


 強引に再起動した都子はこの日一番の素早さで沢村を抜き、晶の手を取って逃げ出した。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 都子と晶の家は学校から徒歩で30分ほどである。

 バスや自転車を使ったほうがいいような距離だが、身体を動かすのが好きな都子は好んで歩いてる。


 晶が作ってくれたのはレモンのカップケーキだった。

 出来立てなのかタッパーをもつ手はじんわり温かく、それだけでおいしいと思える。

 いつもならとっくに手をつけて完食している頃だろう。

 だが今日は胸がいっぱいで食べる気が起きなかった。

 隣で歩く晶は無言である。

 晶はあまりお喋りな方じゃないので無言なのは珍しくないのだが、今日はすこぶる居心地が悪かった。


「び、びっくりしたよね! あ、あ、あたしが告白されるなんてさ! 生まれて初めてだよ、驚いちゃったよ!」


 あははとごまかし笑いをしながら、何かを取り繕うかのような感じで、同意を求めるかのように話しかける。


「……どうするの?」


 返ってきたのは聞いたことが無いくらい不機嫌な幼馴染の声だった。


「……どうしよう……」


 が、あたしにはその晶の心情を考えられる余裕がなかった。

 返事……言われたからには返事をしなければならない。

 突然のことだったとはいえ、逃げ出したことについては謝らないといけないだろう。


「……みやこちゃん、沢村君と仲いいよね」

「仲は……悪くないよ。良いと思う。バスケ部でもよく話すし」

「……そう」


 それだけじゃなく男子の中では一番話す相手だ。好きか嫌いかと聞かれれば好きだけど、男女のそれかと聞かれるとわからないとしか言えない。


「……仲、いいんだ」

「…………」

「…………」


 そしてたっぷりと間を置いて。


「…………………………………………付き合うの?」


 搾りだすような声で幼馴染が聞いてきた。


「付き合わない」


 自分でも吃驚するくらいの即答だった。

 晶も大きな瞳をことさら大きくして驚いている。

 うん、あたしも驚いているよ。


「そっかー付き合わないんだ、あたし。そっかーそーなんだー」

「なにそれ」


 くすくすと隣からやたら機嫌のいい笑い声が聞こえる。


「付き合うの、とか聞かれてさー、沢村と一緒にいる姿が全く想像できなかった」

「うん」

「つまりさ、そういうことなのさ」


 そうだ。一緒に居て自分がどんな顔か想像できない。

 無理に思い浮かべても、それは笑顔じゃないだろう。

 なんか気を使いそう。

 そこまでするような相手とお付き合いとかムリムリムリ。


 そう、自分の気持ちがわかったからか急にお腹が空いてきた。タッパーから晶特製レモンカップケーキを出して頬張る。


「うん、今のあたしの心の中と一緒ですっきりした感じで美味い。やっぱあきら、あたしの嫁にならない? 毎日食べたい」


 汗をかいた身体にはレモン味が染みわたる。

 普段あんまレモンとか好まないんだけどなー。不思議だ。

 おかげで私も頬が緩んでにっこり。


「そういや、このレシピも部長さん? あの人見た目ギャルなのに意外だよねー、あむ」

「みやこちゃんは」

「んぐ?」

「一緒にいることが想像できない人とは付き合えないんだ?」

「どーやら、んぐ、そうみたい」






「じゃあ、ボクは?」





 ………………………


 ………………………………………………


 …………………………………………………………………………え?



 先ほどの。


 頭が真っ白なんてレベルじゃない。


 ちょっとちょっとちょっとまって!!


 ばっくんばっくん。


 何これ私の心臓普通じゃない。


 早鐘を打つなんていうけれど、そんな比じゃない。身体の中で暴れまくって口から何個も飛び出して輪になって踊りだしそう。


 え、なに? 何しようとしてるの?? 今からあたし殺されるんじゃない??






「ずっと好きだったって言ったらどうする?」






 ……まるで、いつものやり取りをするかのような軽口を叩く、その言葉で。


 意識が飛んだ。

 顔は真っ赤だったと思う。けれど何も考えてなどいなかった。


「あはは、ごめんね。言ってみただけだから」


 ぼんやりとした意識の中、晶が先に行くねといって去っていく姿が見えた気がした。


 都子はずっとそのまま立ち尽くしていた。

 いつまで立ち尽くしていたかわからない。

 それが返事と思ったのかもしれない。


 あの時逃げ出した罰が下ったのだろう。

 気が付けば晶は目の前にいなかった。


 多分、逃げた。

 あの時のあたしと一緒だ。



※※※※※※


本日、日付が変わるまで1時間ごとに投稿していく予定です

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