500円の価値しかない俺が6億な生徒会長に惚れられているんだが

にくまも

賭け恋愛部始動編

第1話賭け恋愛

 年季が入った寂れた住宅街を暗雲が飲み込み「ドカォォンッ」眩い光と共にモンスターの咆哮と錯覚する雷鳴が放たれる。


「クソがッ! 好きでもねぇ癖、一緒に登校してんじゃねぇってんだよッ! 200万が2000万になるどころか10万……10万も無くなっちまったッ!! なんのために毎度毎度結婚したらどうだ? って煽てたと思ってんだ」

「ゔにゃぁぁぁぁっ、ぅッゔ」


 ザーザーと振り続ける雨音と、賭けに負けて怒鳴り散らす大人の声に紛れた甲高い叫び声。

 水滴で痛くなる目を我慢し、ランドセルを背負っていた僕は何の音だろうと顔を上げる。

 

 そこには1匹の黒い子猫。

 

 ようやく歩ける程度の小さな体が、風で吹き飛び、地面へ叩きつけられ、何度も転がっていた。

 前方を歩いていた人達は振り返ってきても、戻るような行動は一人もとらない。

 悪天候に足を取られ、始業時間も迫っているんだから当然だ。


「ッち、邪魔ッ! ズボンが濡れる」

「——ッグ、ゥ」


 そして一人の足元へ子猫が転がった時、そいつは蹴飛ばした。

 まるで空き缶を蹴るように、車がアリを踏み潰すように、特別な感情もなく蹴り飛ばした。


「フィシャーーーッ!」


 吹っ飛ばされ、前屈みになり、牙を剥き出しで威嚇する子猫。

 されど、猫は所詮猫でしかない。

 茶髪で鼻も高く、綺麗な顔立ち男の子は一度だけ視線を向け。額に青筋を浮かべ。

 そして気づいた時には足を振り上げ、そして全力で頭ごとぶち抜いていた。


「おまえッ?! 大丈夫か?」


 ヤスリみたいにザラザラした石の柵へ叩きつけられた子猫は、牙を出して抵抗する気力すら無くなり、ピクピクと手足を震わせる。

 耐えかねた俺はそっと抱き上げ、首輪についた鈴がちりん、ちりんっと綺麗な音を出す。


「おい、なにしてんだ? そんなのにかまけてたら遅刻しちまうって!」


 少し遅れてた親友のスキンヘッド頭な加納が、ようやく追いついて足踏みしながら急かしてくる。


「昨日、皆勤賞が取れるってマウント取ってたろ? 取り逃がしちまうぞ」

「そうだけど、悪い……先行っててくれ」


 「はぁ」と呆れるようなため息を吐き、加納は僕の肩を叩くと足早に去っていく。


「お前……人間に媚び売らず、猫に売ってんのか?」


 一方で蹴り飛ばした男は走り去っていく加納に置いていかれる僕を眺め、見下してきた。


「なにを言ってんだ、まずは謝れ——」


 反論しようとした。

 けれど、その機会すら与えられず。


「ねぇ、どうしたの? 早く行こうよ」

「ごめん、ごめん、猫をいじめてた人がいたからね。謝って介抱するよう頼んだんだ」

「っえーッ! 酷っ!! でもすぐ指摘して治せさせるのって凄い勇気あるっ!!!」

「褒めるのはやめてよ、照れちゃう。それより早く行こ? 遅刻しちゃうよ」


 彼は待っていた女の子たちへ優しい顔を向け、湾曲した真実を告げて通学を再開した。


「っあ、ちょっと待ってね」


 女の子はそばに落ちてた空き缶を拾い、八つ当たりのように俺へ投げ。

 猫を守るよう抱えて丸まって盾になると、


「凄い……悪い人もこうやって改心できるんだ」


 スッキリ満足しげに笑って去っていった。

 そんな背中に『いつか誰かが見てくれる』そう思っていた心にヒビが入る。


「なんで……? なんであんな奴がモテて女の子に囲まれて、僕は……僕はそんな憎しみの篭った目で見られて投げられる」


 羨ましい、妬ましい、心の中がそんな感情に包まれる。

 それと同時に誰かに褒めて欲しかったのだと、受け入れて欲しかった、理解して。

 自分の偽善者ぶりに気づいてしまった。


 その刹那、頭へ電気が走って冴えていく感覚に陥る。

 『誰かが見てくれるかもしれない』より『誰かが見ている』から良いことをする。

 テレビでボランティアや良いことを放送するのだって、良いことをした言い訳で宣伝したいから。

 効率的な偽善を行う人間こそ、この世界が求めている良い人だ。

 

 良いことをしたいだけの人間が苦しめられる世界で僕は何をしたいのか、何を見たいんだ?

 

 ——ぼくは、僕はあい……あいつを否定し、敗北に満ち溢れた顔を見てみたい。


 一度出かけた言葉が、嘘でも偽物だろうとあいつの方が持っていると気づいて飲み込む。

 価値を見せなければ、嘘を付かなければ、綺麗に見せなければ……それは嘘も本物も手に入らない。

 あぁ……息苦しい、この世界はなんでこんなに息苦しいんだ。


「っぅゃぅ」


 忘れかけていた意識が、か細い猫の鳴き声で引き戻される。

 

「お前はどこの子だ?」

「マゥ、ァゥ」


 落ち着かせるようと深呼吸して、しゃがみ込み。

 猫へ目を合わせて聞いてみると、まるで会話しているような鳴き声に思わず笑みがこぼれる。

 首輪からして明らかに誰かの飼い猫……でも周囲を見回したところでそんな人物はいない。

 首の後ろに電話番号が無いし、住所は書かれているけど、今から届けたら確実に遅刻してしまう。


「さて……どうしよう」


 途方に暮れている間、他の小学生から追い抜かれると置いていくことも頭へよぎる。

 それを察したのか、腕の中の子猫が「ンゥにゃっ」と震え、縋るようにしがみついてきた。


「まっ……しょうがねぇっか」

 

 せっかく……あと少し、あと少しで、皆勤賞が取れるところだったのになぁ。


「家に連れて行ってやるからな」


 ゴロゴロと鳴き始める子猫を服の中へ入れ、歩いてきた道を戻る。

 そうして僕は人生最初、そして最後の皆勤賞チャンスを失った。


「ねこちゃん……ごめんね、ごめんね」


 だが、少年は気づかなかった。

 先ほどまで見ていた住宅の外壁、そのすぐ後ろにはボサボサな髪に、あちこち穴が空いた服。

 そんな華麗というには程遠い容姿の少女がうずくまっていたことを。



 


 

 7年後、無数の椅子や机が後ろに積まれた薄暗い教室。

 角には埃が溜まり、落書きが残された黒板にはいつ最後に使われたかすら分からない筆記用具。

 そんな教室の中央に一つだけポツンと置かれた椅子に座り、机も出さず、片手に本を読んでいた。


 そう、クラスの人気者ではない。

 友達もいない、異性との会話など数ヶ月はしてない、そんなどこにでもいる高校生2年に俺はなっていた。


「おい、知っているか? 2年のEクラスに倍率0.01のヤバい先輩がいるって噂」

「なにそれー、0.125より下なんてあり得ないっしょ。2週間も我慢して5000円の人間だよ? 価値ないっしょ」


 廊下を通り過ぎていく後輩二人組、その声を耳障りと思う分だけ、本に視線を強く注ぐ。

 この世界で好きで倍率が低い奴なんてそうそういない。みんないつか人気者になって生徒会に入りたいもんだ。


「やってきたな、待ちに待った金の日がっ!」


 ふと、懐かしい声が聞こえて目を再び廊下へ配らせる。

 すると、今度は親友だった加納が他の男友達と談笑しながら廊下を通り過ぎていった。


「はぁ……」


 何を間違えたのだろうか、そう思いながらため息を吐いて自問自答する。

 中学も一緒だと嬉しく騒いだ後、クラスが違っても仲良くしようと肩を組まれた。


 けれど、入学式の後に声をかけられた時。

 あいつにはもう友達がいて……変と思われないために気遣って『よそよそしく』する事を選んだ。


 この時の俺はまだ知らなかったんだ。

 だって、子供の頃の『時間』は魔法みたいで

冷めたとしても一日経てば亀裂はなかったように修復され、遊んでいたから。

 だからこの時も勝手に元通りになる、そう勘違いしていた。

 成長するにつれて『時間』は冷たいリボルバーのシリンダーのように進み、針は撃鉄のように傷を深めていくものと知った。


 今ではもう……昔の会話は孤独な自分が作り出した幻なんじゃないか、そう錯覚しそうなほどだ。


「普通……か? 普通だな」


 あいつにとっては有象無象の一つで、俺にとっては唯一無二という価値観の違い。

 その価値観のズレは中学、高校と進学した人なら誰もが経験するありふれた事。

 つまり、言うなら俺は高校デビュー逆、高校引退? したぼっちだ。

 

 視線を戻し、愛読している『学生のうちから億万長者ッ! 金になる恋のキューピット』という教本を再び読み始める。


『恋心は羽毛のようにデリケート。

 明かすとしても求められるは自然に、繊細な裏方作業でカップルを成立させてくれる人物』


 付箋や線が引かれ、使い古された汚らしいページをめくる。


「なるほど、ペラペラ喋る奴には自分の好きな人なんて話したくないもんな」


 うんうん、と1度も賞金お小遣いを貰ったことがない俺は頷き、

 

「はぁ……やっぱ普通に当てた方がいいんだろうなぁ」

 

 あれから俺も成長し、そして分かったんだ。

 この世界の恋愛って奴は嘘と虚栄で満ち溢れていて、どうしようもないほどに偽善、偽愛が有利にできている。


 風邪でも引いたような喉を締め付けられる息苦しさに、喉仏にそっと指を添える。


「ホコリのせいか……? 換気もしていないからな」

 

 昔なら違っただろうか、そう思った事もあったが多分何も違わない。

 この世界の恋愛は昔からそうで、ただ人間の本質的なものを金という餌で表面化させただけ。

 本をパタンっとしめてポケットからスマホを取り出す。


『【大沢 叶】→【中田 翔】へ好意を寄せている。

 【恋愛賞金倍率12.21】

 一度決定されますとキャンセル、変更できませんがよろしいでしょうか?』


 そこに映るのは隣クラス女子と自分の名前。

 俺はあの男同様にモテるどころか、2週間に1度のチャンス。

 それを自分のことが好きなやつを必死に探しても、見つからないほどに落ちぶれていた。

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