第7話 実技試験の対戦相手は

「やっほ~。君が私の相手? よっろしっくね~!」




 円形闘技場に横一列に並ぶ受験生。その左端に並んだ俺の前に立ったのは、無駄にキャピキャピした半裸のお姉さんだった。




 胸を覆う黒い布と、白い短パンだけ。


 あとは肩にとりあえずといった感じで制服を羽織っている。




 腰まで伸びる朱色の髪は逆立っており、俺を見据える金色の瞳はまるで猛獣のよう。


 小柄だが引き締まった身体は肉付きがよく、鍛えられているのが一目瞭然だ。




 どうやらこの学校、実技試験は戦闘に長けた上級生が相手をするようだ。




「そうみたいですね。よろしくお願いします」


「きゃはは! よろ!」




 あー……このテンション苦手かも。


 さっさと負けて退場しよう、そうしよう。


 既に敗北モードに入っていた俺は、そういえばサルム君の対戦相手は誰だろう。と思い至る。




 さりげなくサルムくんの対戦相手を見ると――うわ、マジかよ。


 2メートルを超える身長。はち切れんばかりの胸筋で制服がむちむちと膨らんでいる、ゴリラ顔の巨漢だった。




「マジか、あの人。あの身体でまだ子どもって反則だろ」


「気になる? あの茶髪の地味な子も運がなかったわねぇ。相手がブロズじゃあ、勝ち目はないわ」




 キャピキャピお姉さんは、巨漢を見ながら楽しそうに笑う。




「はぁ、さいですか」


「アイツはウチの学校の序列38位。相当の手練れで手癖も悪いから、アイツと相対したヤツはみんな悲惨なことになるの。ちなみに私は56位! きゃははは! 君も運が悪かったね」


「はぁ……どうでもいいですけど、なんか微妙な順位ですね」


「んなっ!」




 俺の反応に対し、キャピキャピお姉さんは絶句した。


 俺、そんなマズいこと言ったか?


 序列38位と56位って、別に威張るほどの順位ではないのではなかろうか?


 


 あ、でもここはエリート校か。


 しかも生徒の人数が3800名を超すわけだし、二桁という意味では凄いのかも。


 けど、普段から姉さんというバケモノを見てるせいか、そんなに強そうには見えないんだよな。




 まあ、見かけで判断すべきじゃないか。


 ひょっとしたら、その順位に見合う圧倒的な実力を隠しているかもしれない。




「――随分、舐めたこと言ってくれるわね」


 


 どうやら、俺の発言が逆鱗に触れたらしい。


 キャピキャピお姉さんのまとう空気が変わった。鋭い目を、更に鋭くして俺を睨む。




 なにやら彼女を本気にさせてしまったようで――うん?


 これはチャンスでは?


 怒った彼女が、俺を圧倒し、俺は無様に退場する。




 よし、このパターンで行こう。


 計画を盤石にするために、俺は更に煽ることにした。




「実際、そんな強そうには見えないし」


「ここまでこけにされたのは初めて。いいわ、本気を見せたげる!」




 キャピキャピお姉さんは、抜き身の剣に魔力を纏わせる。


 魔力のオーラが身体から立ち上り、圧が一気に増していく。


 次の瞬間。彼女は、地面を踏み砕いて突進してきた。




「ハァアアアアアアアアッ!」




 彼我の距離を一瞬で詰め、彼女は剣を振り抜いた。


 魔力の光が刃の流れに沿って輝き、俺の身体を狙う。


 そんな一撃を、俺は剣の腹で受け止めた。




 ガギンという鈍い音が響く。


 見れば、俺の剣にヒビが入っていた。


 ふむ。思ったより強いかも――




「――きゃはっ! よっわ! 大口叩いておいてこの程度。剣に魔力を纏わすこともできないなんてねぇ!」




 お姉さんは、尖った犬歯をむき出しにして笑う。


 


 魔力を纏わせない剣は、ただの鉄の塊とすら言われる。


 魔力を通すことで、切れ味や硬度が格段に上昇するのだ。


 当然、魔力を通した剣とただの剣がぶつかり合えば、後者が負けるのは必定。




「君みたいな雑魚は、ママのお腹の中からやりなおして来て……ねっ!」


 


 言い終わると同時に彼女は、身体能力を強化した脚で回し蹴りを喰らわせてくる。


 咄嗟に剣でガードし、その剣にかかとが深く突き刺さる。


 バキィイインッ!


 涼やかな音を立てて、剣が砕け散った。




 旋風のような回し蹴りの威力は消えず、彼女の脚は俺の身体を後方へかっ飛ばす。


 俺は闘技場の床を何度もバウンドしながら転がり、外縁部でようやく止まった。


 


 蹴られた石ころの気分て、こんななのかな。


 そんなことを考えながら、仰向けに寝転んでいる俺は目を瞑った。青空の下、風が駆け抜ける。


 良い感じに吹っ飛ばされたから、このまま気絶判定で退場しよう。


 これで編入試験は不合格。




 ビバ! 引き篭もり生活!


 俺の夢を手助けしてくれてありがとう、キャピキャピお姉さん!


 俺は、半裸のお姉さんを思い浮かべて感謝する。




 当の本人は「きゃはははは! 口ほどにもない。散々煽っておいてあっけなく気絶とか。よっわ! ざっこ! そのまま死んで、来世はミジンコにでも生まれ変わったら?」などと言っている。




 なんか腹立つな。


 まあ、我慢あるのみだ。ここで起き上がったら、試験続行になってしまう。


 そんなことを考えていたそのときだった。




 鋭い衝撃が、横っ腹に弾けた。




「ッ!?」




 何が起きたのか理解できぬまま、俺は真横に吹っ飛ばされ、数メートル転がった。




「な、なんだ?」




 流石に想定外の出来事で、俺は起き上がる。


 そのまま、俺の身体にぶつかってきたものの正体を見て――絶句した。


 俺にぶつかってきたのは、全身傷だらけで血に染まったサルムくんだった。

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