7、国王夫妻との夕食

 夕食はさぞ大勢の人間に囲まれて食べるのだろうと思っていたが、席に着いたのはカトリーナとジュリアン、ハロルド、そしてヴェロニカの四人であった。


 給仕する人間は大勢いたが、彼らはいない者として扱われるので、とても少人数の食卓である。


(いつもこんな感じなのかしら)


 ジュリアンの機嫌はよく、次々とグラスの酒を飲み干しながら、ヴェロニカに話しかけてくる。その内容は決して気分のいいものではなかったが。


「そなたが王宮で何と呼ばれているか、知っているか?」

「いいえ、知りませんわ」

「魔女、と呼ばれている。なぜかわかるか? 美しく聡明で、優しい男、誇り高い騎士、ハロルド・セヴェランスを独り占めしているからだ」


 おまけに、と彼は正面に座るヴェロニカを笑った。


「少しでも他の女性の影を見つけようとすれば、夫もろとも焼き殺すと脅しているそうだからな。おとぎ話の嫉妬深い魔女にそっくりというわけだ」

「陛下。言い過ぎではありませんか」


 はらはらした様子でカトリーナが夫を諫めようとするが、ジュリアンは意に介さない。


「実際に会ってますます実感した。その美しい黒髪や、吸い込まれそうな瞳、蠱惑的な唇、すべて男を惑わす容姿であり、魔女の特徴の一つだ」


 ジュリアンの言葉は褒めているようで、身体を嬲られているような不快感があった。


(夫であるハロルドを独り占めして何が悪いというの?)


 けれどそれを口にすることは、何人もの女性と夫を共有してきたカトリーナを傷つけるような気がして、結局ヴェロニカは曖昧に微笑むだけだった。そんな妻に代わって、ハロルドが答える。


「陛下。貴方の言い方では魔女はさぞ悪い存在に聞こえますが、彼女はとっても良い魔女なんですよ」

「魔女に良いも悪いもあるのか?」

「もちろんです。彼女は私がどんなに疲れを隠して帰っても、絶対に見抜いてしまうんです。空腹を満たす料理を用意して、熱い風呂に浸からせて、早く寝ろと寝室に放り込む。風邪をひいている時は苦みのある、けれどよく効く薬も飲ませてくれます」


 言い方次第である。実際ヴェロニカは子どもを叱る時と同じようにハロルドの世話を焼いただけ。けれど夫の口から聞くとまるで聖女のように聞こえるから不思議である。


「だがそなたを束縛するのだろう? 女の嫉妬は見苦しいではないか」

「私は別に嫌ではありません」


 何か問題があるのでしょうか、とハロルドの口調は穏やかであったが王の言葉を跳ね除けていた。


「それだけ私のことを愛してくれている証拠ではありませんか」


 そうだろう、とハロルドがヴェロニカの方を振り向く。彼女はカッと顔が熱くなる。反論できない。それが何より夫の言葉を裏付けていた。


「そなたも同じくらいヴェロニカを愛しているのか」


 ジュリアンの目は何かを見極めるように冷たかった。


「ええ、もちろんです」


 嘘だ、とヴェロニカは心の中で叫んだ。


「嘘だな」


 そして国王も同じことを吐き捨てるように言って笑った。


「魔女殿の方が、おまえよりずっと愛しているさ」


     ◇


 夕食が終わっても、ジュリアンは「遅くなったのだ。せっかくだから泊まって行けばいい」とヴェロニカの帰宅を阻止した。ハロルドはならば私と一緒の部屋に、と夫婦そろって王宮の一室へ通されたのだった。


「陛下は何を考えているのかしら」

「わからない。気紛れで人を傷つけるようなところがおありだから……けれど、今回はおそらくきみを夕食に招待して、話をしたかっただけだと思う」


 あくまでも彼は明るい調子で言ったけれど、不安の色が隠しきれないでいた。


(エルドレッドたち、大丈夫かしら……)


「ねぇ、やっぱりあなただけでも家へ帰ってくれない?」

「きみを残して?」

「子どもたちが心配なの」


 ハロルドはヴェロニカを抱きしめ、こめかみにそっと口づけした。


「大丈夫だ。乳母がいる。俺が怪我した話は誤解だと使いの者はやったし、一日くらい、平気だろう」

「……ごめんなさい。軽率に王宮へ来てしまって」


 もっとよく確かめるべきだった。反省するヴェロニカにも、ハロルドは気にしなくていいと優しく言って慰めた。


「俺だってきみが怪我したと聞いたら動揺する。きっと同じ行動をとるだろう。それに王宮からの迎えを断ることは、不敬にあたる。従うしかなかったさ」


 それでも……と落ち込む妻にハロルドはもう寝ようと部屋の灯りを暗くした。子どもを寝かしつけるようにして横にさせられ、髪を撫でられた。


「きれいな髪だな」

「……そんなことない」

「陛下が褒めていらした」

「あんなの……ただのお世辞よ」

「いいや。あの言い方は本気だった」


 どうでもいいと思った。


(カトリーナ様の方がきれいだったもの)


 なんとなく触られるのが嫌で、ふいと横を向いた。


「なにか怒っているのか」

「怒っていないわ」


 即答するあたり、怒っていると伝えているようなものかもしれない。ハロルドが低い声で笑うのが腹立って、彼女は腹に回された手をぺちんと叩いた。たいして痛くもないくせに、痛いと呟いた彼はヴェロニカの首筋に顔を埋め、身体を隙間なくくっつけてくる。


「やめて」

「どうした。いつも家では嫌というほどくっついてくるじゃないか」

「ここは屋敷じゃないわ」


 ヴェロニカからすれば、敵地にいるようで落ち着かなかった。ハロルドも宿舎ではあまり熟睡できないと言っていたではないか。それと同じだ。


「ヴェロニカ。こちらを向いて」

「……」

「ヴェロニカ」


 ハロルドはずるい。そうやって甘くねだれば、ヴェロニカが何でも言うことを聞くと思っている。そしてその通りにしてしまう自分が情けなくて仕方がない。


「すまない」


 くるりと振り返ったヴェロニカの目元をそっと撫でながら、ハロルドは謝る。


「陛下の言ったことは気にしなくていい。いつもどこか人を試すような物言いをなさるんだ。深い意味はない」

「別に、気にしていないわ」

「嘘だね。きみはすぐ感情が顔に出る」


 違う。別にジュリアンに怒っているわけではない。怒っているのは――


「ハロルド。私のこと、愛している?」

「もちろんだよ。あの場でもそう言ったじゃないか」

「私より愛していると、断言できる?」

「ヴェロニカの愛は重いからな、いてっ、きみはすぐ手が出るな」

「どうせ私は乱暴な女よ」


 何が可笑しいのか、ハロルドは笑った。


「その言い方、きみが嫁いできたばかりの頃を思い出すな」

「……驚いたでしょ」

「そりゃあ、まぁな」

「嫌いになったでしょ」

「そんなことないよ……愛している。愛しているに決まってるじゃないか」


 ポカポカ胸を叩くヴェロニカの手を握りしめ、ハロルドはもう一度「愛しているよ」と少し恥ずかしそうに、心を込めて言ってくれた。


(ほんとうに?)


「私も、ハロルドのこと愛している。……だいすき」


 ぎゅっと抱き着いて、やっぱりいつものようにヴェロニカは夫に愛を捧げるのだった。


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