第16話 誓い
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イブちゃんと初めて出会ったのは六歳の頃。まだわたし達の身長が同じくらいの時からだった。
その頃のわたしは周りの子たちからいじめられて、とても辛い思いをしていた。
子供というのは本当に残酷。心のないことでも平然とやれるから恐ろしい。
その日もいつものように男の子達からいじめられていたんだけど。
「あなたたち! やめなさい!」
それがイブちゃんとの初めての出会いだった。
「だいじょうぶ? けがはしてない?」
「う、うン、だいじょうぶ…………」
「よかったぁ! なにかあったらわたしがたすけてあげるからね!」
そう言ってイブちゃんは太陽のような眩しい笑顔を見せてくれたんだ。
嬉しかったナァ、優しかったナァ、綺麗だったナァ。
初めて感じた優しさという温もりに、わたしは子供ながらに憧れと恍惚の感情を抱いたのを今でも覚えている。
それからわたしとイブちゃんはいつも一緒に過ごすようになった。
お昼ご飯を一緒に食べて、学校が終われば一緒に帰って、休みの日は一緒に遊んだり勉強をした。
そうして共に小学生を過ごして行ったわたし達が同じ中学校に行くのはある意味自然の流れだった。
「中学校も楽しく過ごそうね!」
「うん! わたしとイブちゃんはずっと友達だヨ!」
でもそんな仲睦まじいイブちゃんとの関係に一つの黒い感情が生まれた。
その感情の名前は劣等感。
中学生になるとどうしても周りの人と比べてしまうようになってきたのだ。テストの点数から、どれだけ沢山運動できるか、クラスのみんなからの人気なんかも気になってしまう。
悲しいけど思春期特有の感情は当たり前のように訪れたのだ。
自分で言うのもなんだけどわたしは頑張っていた方だったと思う。でもそれ以上にイブちゃんは凄かった。
テストの成績は常にトップ、運動では学校一の実力と言われ、そして持ち前の才能のおかげでクラスでみんなの人気者だ。
そんなこと気にしなければ良いのにまだ幼かったわたしはイブちゃんの凄さに激しい劣等感と、行き場のない感情が湧き上がった。
羨ましイ、恨めしイ、イブちゃんに置いていかれちゃう。
一度浸った劣等感の沼はずぶずぶとわたしの心を奥底まで引き摺り込み、溺れさせようとしていた。
━━━━でも、わたしは知っていた。
みんなから優秀って言われているイブちゃんのダメなところを。
「あ、靴下を脱いだらしっかり洗濯カゴに入れとかないト! お母さんにまた怒られちゃうヨ!」
「あ、忘れてたぁ! ありがとうハトちゃん!」
わたしだけが知っているイブちゃんの姿。
「………………ナニコレ?」
「ハ、ハンバーグ…………? ちょっと黒くなっちゃったけど」
劣等感に溺れていたわたしの心の拠り所。
「ハトちゃん、今度の休日もお部屋の片付け手伝って! 片付けないとお小遣い半分にするって言われて…………」
「イブちゃん……………、わかったヨ」
イブちゃんは日常生活がダメダメだった。
脱いだ服はほったらかしにして、お料理は下手っぴ、気が付けばお部屋はぐちゃぐちゃになっていて、その度にわたしがお片付けしていたのだ。
そうだ、イブちゃんはわたしがいないとダメダメなんダ。
わたしがいるから優秀って言われることができるんダ。
そしてイブちゃんもわたしを求め続けた。
お料理、お片付け、勉強、日常の全て! 少しでも困ったことがあればすぐにわたしを頼るようになり、その度にわたしを求めてくれた。
「ハトちゃんがいてくれて助かったよ! ありがとね!」
「あ、またピーマンが入ってる! うぅ…………ハトちゃんのいじわる」
「ハトちゃん、また遊ぼうね!」
ハトちゃん、ハトちゃん、ハトちゃん。
お礼の言葉が心の奥まで染み込んでいく。それはわたしが必要とされているということの証明なのだ。
いひひ、完璧なイブちゃんはわたしが必要なんダ。わたしがいないといけないんだ。
イブちゃんに頼られるという優越感。それに比べたら多少の劣等感なんてすぐに吹き飛んだ。
それは五年前にホシが襲来した後からも変わらなかった。
ただ周囲の環境が変わっただけ、わたし達の関係は何も変わらずお互いがお互いを求めながら、無意識に依存し合っていった。
「………………」
でもわたしはわかっていた。
こんな関係は間違ってる。お互いに依存しているこの関係はまるで細い糸のようにぷっつりと切れてしまう歪で危険な関係なんだ、と。
いつか切れてしまうような歪な関係を続けるか、それとも胸の内を打ち明けてお互いの思いをぶつけるべきか。
どっちも重大でそして心に大きな負担を強いていた。
「………………そういえばハトちゃん、『あの作戦』に参加するんだよね?」
「……………うん、そうだよー」
決心するのは簡単だ。でもそれに至るまでに大きな躊躇いがわたしの中に小さくて大きな疑問が渦巻いている。
まるで難しい数学の問題の答えを探すように、毎日暗い部屋でどうするべきか考え続けていた。
「……………ハトちゃんは、どうして参加することを決めたの?」
「……………そんなの命令されたからに決まってるじゃん」
「……………嘘でしょ。エレン支部長から聞いたよ。あのお願いを二つ返事で受けたって」
今の関係がダメなのはわかってる。でも今の関係が心地良い。
背反する二つの感情は次第にわたしの心を蝕んでいき、いつしかそれ以外の考えごとを許してくれなくなっていた。
━━━━まるで恋する乙女のように。
「…………聞いちゃったかー」
「…………それで、どうして参加しようと思ったの?」
そうして悩んで悩んで、沢山悩んで、結論を出した。
「………………ないしょ」
「………………そっか」
今のイブちゃんは
でも
━━━━そのためにわたしがイブちゃんを守るんだ。
「…………この質問するってことはさ、イブちゃんも参加するの?」
「…………うん。私もエレン支部長のお願いを受けた」
「…………そっかぁー、それじゃあゆっくり休まないとネ」
「…………そうだねー、今日はもうゴロゴロして過ごそうか」
打ち明けて、ちょっと喧嘩して、仲直りできるはずだ。
そうしてまた昔みたいに笑い合えるはず、と。
ヴィーナス討伐作戦の前日、イブちゃんの部屋のベッドの上で誓ったわたしの選択だった。
「おやすみー、ハトちゃん」
「うん、おやすみネー」
━━━━━でも、打ち明ける機会が訪れることがなかった。
ただ彼女の冷たい肌の温もりがわたしの手を凍らせてしまった。
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「ん………………」
目を覚ますと雪のような真っ白な天井がわたしを出迎えた。
先程まで着ていた戦闘スーツは
時折聞こえる心電図のリズムがボーッとしている頭に響いてどこか虚う気分へ誘う。まるで激しいロックをぶっ通しで聴いた後の喪失感みたいだ。
ああ、疲れたヨ…………
━━━━ぱらり
そんな時だった。気配を感じて重い頭を右隣に向けると、わたしと同じように患者衣を着たメイアさんがベッドにもたれながら穏やかな顔色で読書に勤しんでいた。
「…………あらぁ、起きたのねぇ」
わたしの視線に気付いたメイアさんは読んでいた本を閉じて朗らかな微笑みを見せてくれた。
「おはようハトさん、お腹の具合は大丈夫?」
「う、うん大丈夫。ここっテ…………」
「天門台医療課の病室よぉ。ヴィーナスの戦闘の後にAチームのみんなが回収してくれたのよぉ。私は問題なかったけどハトちゃんはすごい重症って聞いたから心配したわぁ」
「そう…………だったんダ」
そうだっタ。
わたし達チームLはヴィーナスという敵の最高戦力と激しい戦闘を繰り広げ、その結果力尽きて倒れてしまい後に合流したチームAのみんなに助けられたのだった。
そしてイブちゃんはあの戦いで冷たく………………
「イ、イブちゃんはどうなった………………ァッ!!」
「落ち着いてぇ! いきなり激しく動くとお腹の傷が開いちゃうわぁ。大丈夫よイブキさんは………………」
「待て、そこから先は私が説明する」
メイちゃんの言葉を遮る言葉と共に病室の扉が開いた。
扉の先にはこの天門台ニホン支部の支部長であるエレンの姿が。彼女はコートを靡かせながら部屋へ入りわたしの元へ近づいた。
「エ、エレン支部長!?」
「病室でわざわざ畏まらなくていい。傷に響くだろう?」
「う、うん。だけどなんでここに来たノ…………?」
「順を追って話そう。まずは今回の『十芒星・ヴィーナス討伐作戦』は君達チームLの活躍のおかげで無事に成功に終わった。非公式な場で申し訳ないが人類の皆に変わって礼を言わせてくれ、本当に感謝する」
そう言ってエレン支部長はわたし達を讃えながらニコリと微笑んだ。
でもこれはあくまで社交辞令。軽い咳払いと共に話は本題へと切り替わった。
「そしてイブキについてだが…………、幸いなことに一命は取り止めた。現在はある場所で眠っている」
「ほ、本当…………?」
「ああ、本当だ」
イブちゃんが生きていた。
それだけで救われる気持ちになって空へと羽ばたけそうだ。
「なら今すぐにイブちゃんに…………!」
「待て、話はここからだ。現在彼女は地下十三階にある収容区画に移送させられているんだ」
「………………収容区画?」
「ホシの死骸を回収して保管する施設よぉ。研究課の人達がそこにあるサンプルを利用して新兵器の研究をよくしているわぁ」
メイちゃんの説明に疑問が生まれる。
なんでイブちゃんがホシ達が保管されている場所に移送させられているんダ、と。
そんなわたしの疑問の感情を察してか、エレン支部長は真剣な眼差しを向けながら問いて来た。
「何故彼女が収容区画に移送されたか気になるか?」
「…………うん」
「…………わかった。まあ当然だろう」
そう言うとエレン支部長は眠っているわたしを起こすと、病室を担当している隊員にわたしの制服を用意するように命令した。
「口で説明するより直接見せた方が早い、すぐに着替えてくれ。医療課と研究課には既に話は通しておいた」
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