第11話 忌光

 ━━━━深い深い夜の闇。

  影すらも食べてしまいそうな夜の中で、小さな泣き声が響き渡っていた。



「おとおさん…………おかあさん………………」



 そこは寂れた劇場の舞台だった。

 長年の劣化により天井には大きな穴が開き、辺りの壁も風化によりボロボロになった舞台。

 時間は夜、差し込む月明かりがまるでスポットライトのように舞台を照らしている。



「うう…………ぐすっ…………」



 そんな星が輝く夜空の舞台の中心で幼い少女がぐすりと鼻水を啜り、両眼に涙を滴らせながら泣きわめいていた。



「こわいよぉ…………さむいよぉ…………どこにいるのぉ…………?」



 両親と逸れてしまったからか、━━━━それとも少女の両親に最悪の不幸が訪れてしまったのか。

 理由はわからないが、とにかく少女はここにはいない二人の影を求めて声を上げていた。


 

「………………あたしを、ひとりにしないでぇ」



 寂しさに苦しむ少女の慟哭に暗闇は何も答えない。

 ただただ無情に冷たい夜風で彼女の頬を撫で、そして夜空に輝く星がキラリと彼女の頭上で瞬くだけだった。



『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜.

 ♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜. 』



 笑って、泣いて、怒って、そして悲しんで。

 私達は様々な感情が溢れる広い世界で生きている。

 でもいつか気付くんだ。広大と感じた世界が『小さな世界』だったということに。








    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 二対の九芒星を倒し、朱蒼の嵐の過ぎ去った童話の街。

 その凄惨な傷跡が残る街の影、狭い路地の奥にある小さな広場の一角で私達は暫しの安息の時間を得ていた。



「イッタぁ、お腹がジンジンするヨ…………」


「クッ、肩が痛い…………」


「二人とも安静にしてねぇ。私達だけで二体の九芒星と戦闘をして、ハトさんは腹を撃たれ。何よりイブキさんは天太芒炎鏡を使用したのよぉ。使用した反動でしばらくは動けないからねぇ」



 ━━━━訂正しよう。安息の時間じゃなくて治療の時間だ。

 戦いで負った傷と疲労がまるで水を吸ったスポンジのように身体の芯にまで染み込んでいた。


 今すぐにでも金色の十芒星の捜索に戻りたいが、今の私達では足手纏いも良いところ。それこそメイアさんの陣光衛星じんこうえいせいから発せられる回復活性ライトが無ければ今頃私とハトちゃんはこの童話の街で死んでいただろう。


 幸い今はこの街にホシ達の気配は無い。このまま万全の状態まで整わさせてもらおう……………と思っていたのだけど。


 ━━━ぐぅ〜〜〜



「あっ………………」


天太てんたい芒炎鏡ぼうえんきょうを使用してかなり消耗してるはずよぉ。空腹になるのも無理は無いわぁ」


「いひひ、お腹が空いたんだネ、イブちゃん」


「う、うぅ…………、ハトちゃんのばか」


「そんなイブちゃんには…………はい、これをプレゼントだ!」



 そう言ってハトちゃんがバックパックから大きな丸いものを取り出して私に渡してくれた。



「これでも食べて元気出そうネ!」


「これ…………」



 それは透明な包装フィルムに包まれたおにぎりだった。

 戦闘の余波で多少形は崩れていたが、その愛情と温もりは未だ健在、何より空腹だった今の私の眼にはどんな物にも変え難い魅力的な物に映った。



「ありがとね、ハトちゃん」


「ガブリと行っちゃってヨ!」


「うん」



 そうして私はいただきますと言っておにぎりを頭から思いっきり頬張った。

 すると少しだけ冷めた米の甘味が口の中に広がった直後、少し辛い風味が舌を通り過ぎて行った。



「これ…………味噌?」


「そうだよー、やっぱりおにぎりには味噌だよネ!」



 一噛みするとそれが肉味噌の味だとわかった。米に染み込んだ味噌の風味が疲れた身体を癒していく。



「味噌と相性抜群の野菜もしっかり入ってるからネ!」


「うん、歯応えがあるね」



 そして隠し味である刻んだ玉ねぎのシャキシャキとした食感とピーマンの苦味がおにぎりの旨味をさらに深く━━━━ピーマン?



「ぅぅ…………またやったなぁ、ハトちゃん…………」


「いひひ、大成功! やっぱりイブちゃんにピーマン食べさせるのなら濃い味で隠すに限るネ!」



 口の中に広がる苦味に涙を浮かべながら顔を向けるとあの頃からずっと変わらないハトちゃんの笑顔が映っていた。

 


「もう、ハトちゃん!」


「そんなにぷんぷんしないでヨー。ほら、肉味噌おにぎりは美味しかったでしょ?」


「そ、それはそうだけどさ…………」


「ならいいよネ、イブちゃんの好みは全部知ってるんだかラ!」



 それは先程まで死にかけていたことなんて忘れてしまいそうになるぐらいに眩しい、━━━━━太陽のような笑顔だった。

 ハトちゃんの笑顔を見てるとここが戦場だということを忘れてしまいそうになる。そしてこの笑顔がまた見れたことに涙が出てしまいそうだ。



『こちらオペレーター チームL 応答せよ』



 その時だ、和やかな空気に水を差すように通信機から無機質な声が耳に響いて来た。

 それと同時に先程まで笑顔だった私達の表情が一瞬で元に戻る。



「こちらチームL、イブキです」


『先程までチームLからの通信が途絶 並びにそちらから大規模な戦闘が観測された コードIは状況を報告せよ』


「はい、行動区域であるこちらのエリアを捜索していたところ、赤と青の二体の九芒星と接触、戦闘を行っていました」


『二体の九芒星ですって!?』



 私の報告に通信機越しにいるオペレーターの動揺の声が響く。


 動揺するのも無理はない。九芒星というのはホシ達のなかでも上位の個体であり遭遇することは滅多にない、そんな奴と二体同時に遭遇するというのはホシ達に何かしらの目的があるか余程の不幸者ぐらい、━━━━━つまり私達はとんでもない不幸者だったということだ。少なくとも今のところは。



『し、失礼 報告を続けてください』


「はい、チームLはこの二体の九芒星を撃破、しかしチームの消耗が激しかったのでエリアの影に身を潜め休息を行っていました」


『報告を確認 チームLは休息が終わり次第他のチームと合流………………』

「待ってください!」


『どうされましたか?』


「二体の九芒星…………奴らは五年前にコード・ヴィーナスが襲来した際、奴に随伴していた個体です、私はあの時にこの眼で確かに確認しました! 随伴していた九芒星がこのエリアで確認されたという事は、もしかしたら周辺にコード・ヴィーナスが潜んでいる可能性が高いです!」


『……………………』



 私の推察にオペレーターは沈黙で返って来た。おそらく作戦の進退を決定する情報故にその判断に迷っているのだろう。

 そうして三十秒ほど沈黙が続いた頃だろうか、ノイズ音が鳴り響くと同時に無機質な声が返って来た。



『エレン支部長からチームLへ命令です チームLはその場で待機し他のチームと合流 その後…………ザザッ…………ま…………つうし…………ザッ…………妨害電…………』


「どうしました、応答願います!」



 その時だ。唐突に通信機のノイズ音が大きくなりオペレーターからの声がかき消えやがて通信機からは砂嵐のような不愉快な音しか流れなくなっていった。

 しかし問題は通信ができなくなったことではない。その直前に聞こえて来たオペレーターの言葉。その意味するものは一つしかない。



「通信妨害! みんな戦闘準…………!」



 言葉は最後まで続かなかった。その瞬間、劇場のある方向から黄金の輝きがこの童話の街を眩く照らしたからだ。

 それは天を貫かんとする光の柱━━━━あるいは夜を照らす明星の輝きとでも言うのだろうか。その目を覆いたくなるような輝きはまさしく神話に出て来る神の威光そのもの光景だった。



「これは…………!!」



 しかしだ。この輝きを私達は知っていた。

 五年前のあの日、私達の全てを奪った存在の奏でた最初の序曲。観るも悍ましい、聴くも憎ましい忌まわしき光。


 ━━━━━金色の十芒星の輝きそのもの。



「グッ…………ガッァァ!!」



 同時に頭の中を掻き毟るあの時の記憶が蘇る。

 人々がゴミのように壊され、狂気を瞳に纏わせながら親しき者へと襲いかかっていた悪夢。


 叫び声が上がり爆発音が鳴り響く。

 親を殺され、未来を殺され、心すら殺された。



「ハ、ハハッ…………」



 そしてその先にある感情の名前は、━━━━━憎悪。

 の外れた心はまさに歪な音と共に慟哭を訴えていた。

 それは光が収まろうとも終わらない。外れた感情は未だに哭き続ける。



「みつけた…………!!」



 しかし感情の行き先は、━━━━物語はまったく別の方向へと動き始めようとする。



『……………………』

『……………………』

『……………………』



 最初に見えたのは三体の六芒星だった。

 しかしその後の光景に私達は愕然と目を見開くことになった。



「ホ、ホシの群体を確認よぉ。その数……………不明」


「なんなの、アレ…………?」



 その光景を言葉に表すのなら『誘蛾灯』と言うべきか。

 先程の光に釣られるようにして、数多のホシがテーマパーク中からこの場所に集まって来ていたのだ。

 目視で見えるだけでも百体以上。空の全てを覆い隠し、童話の街を埋め尽くしてしまいそうなほどの数だ。



「こんな数相手にできない、全員退避!!」



 そんな光景を見せられては憎悪などと言う感情など些事と化してしまうもの。

 私達は真昼の流星群から逃れるために童話の街を駆け抜け始めるのだった。

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