最後の仕事 四 〜霞の苦労〜

「うちで働く魔法医は、四人中ふたりがルーチェ大学の出身の煌陽人、ひとりがルーチェ大学出身のルーチェ人、そしてあとひとりはベルメール帝国大学出身の煌陽人だ。今回の誘拐事件を受けて、煌陽帝国が裏で糸を引いているのではないか、という疑惑が広がり、彼らは協力的ではなくなった」


「なるほどねぇ……」


「それは大変ね」


 あきれた様子で、流澄とミシェルは霞の肩を叩く。


「減給や解雇などの脅しをかけて、解決しようとしたのだが、効果がなかった。解雇に関してはともかく、減給で揺るがないとなると、裏が怪しまれる。おそらく、ベルメール帝国大学出身者が一枚噛んでいるのだろうが、面と向かって聞くことははばかられるし……」


「警察内部も分裂、か。すべて敵の思い通りに進んでいるわけだね」


「これはかなりまずいわね」


「ああ。だからあなたの助けがほしい」


 霞はミシェルに頭を下げた。机に額がつきそうなほどだ。


「あたしでよければ、力を貸すわ。内戦に発展しでもしたら、困るもの」


 ミシェルは大きくうなずき、霞に頭を上げるよう勧める。


「本当〜?貯金結構あるんじゃないの、独身貴族さん」


「お金の問題じゃないわ」


 流澄をきっと睨みつけ、ミシェルは姿勢を正した。


「それで、解剖してほしい遺体でもあるのかしら?」


「ああ」


「まあ、本当に?」


 冗談で言ったつもりのミシェルは、霞の返答に目を見開いた。が、次の瞬間、ミシェルは頼もしい笑みを浮かべて立ち上がった。


「次の土曜日なら暇があるわ。じゃ、この後は仕事があるから」


 藍色の髪をなびかせ、ミシェルは部屋を出ていく。

 あとに残された流澄と霞は、ふたりでこの後のことを話し合った。


「ベルメールに潜入……?!本気で言っているのか」


「本気も本気だよ。桜くんにはもう許可を取った。これで共同生活は終わりになる」


 珍しく動揺した様子の霞に、流澄は至って愉快そうに言う。

 桜の本職のことは黙っておいた。


「しかし、これはかなり危険なことではないのか。寿々木殿が二つ返事で了解したとは思えないが……」


「そりゃもう、大変だったよ。家賃どうするんですか!とかなんとか。仕方ないから、桜くんには、下宿を引き払ってもらうことになった。もう叶麗夫妻にも話をしてある」


「そうか」


 霞は少し考えた後、また口を開いた。


「寿々木殿は、あの特異魔法と身体能力を使えば、もっと稼ぎのいい仕事があると思うがな」


「私も同じことを言ったんだが、彼はどうやら教師の職を気に入っているみたいでね。あまり心に響かなかったみたいだよ」


「どこであの身体能力を身に着けたのか、気になるところだな。誘拐組織壊滅の後、警察でも好奇の声が上がった」


「さあねぇ。私も詳しくは知らないんだ。でも、警察でも調べられなかったんでしょう?」


 流澄の笑みに、霞は悟った。

 寿々木桜は、国に隠された者――秘密警察であると。


「警察の調査能力にも限界はある」


「上からの圧力かい」


 流澄の言葉に、霞は頷いただけだった。


 

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