第14話 血に染まる水面


 八重瀬の言葉が、一気に熱を帯びる。

 ここまで必死な八重瀬を見るのは初めてで、俺も少し唖然としてしまった。

 煤だらけのボロボロ姿でここに来たのは、もしかしたら逆に効果があったのかも知れない。

 それだけ俺らの必死さが伝わるってもんだし。

 実際、それだけ俺らは命をかけてるんだし。


 しかし寧々は、悲しげに首を振った。


「ありがとう、八重瀬さん。その気持ちは、とても嬉しい……

 でも、無理です」

「それは、どうして?」

「私の家族は今、島の人々によって閉じ込められています。

 私が逃げ出せば、両親はたちまち殺され、私のかわりに妹が人柱にされてしまいます。

 妹はまだ6歳……とても、そんなことは!」


 そう言われて、俺も八重瀬も一瞬、凝固してしまった。

 家族まで人質にとられてるってか。

 寧々がどんなに逃げ出したくとも、無理じゃねぇか。そんなの!


「クソ……

 全員であんなノーテンキなツラしやがって、やることエゲツねぇな畜生!!」

「巴君。落ち着こう」


 虚しく岩を蹴とばす俺に、諫める八重瀬。

 だがそうなると、現実的に寧々を救い出す手段は――

 滅茶苦茶限られてしまったと言っていい。

 まず、寧々が俺たちと一緒にここから逃げ出しても、見回りの奴らに気づかれたら最後、彼女の指摘通り家族が犠牲になってしまうだろう。

 ならばあらかじめ守備局に連絡し、島民たちのスキを見て、寧々とその一家をまとめて保護するのが一番の得策といえた。

 ちょうど守備局からの応援が来るのが、今日の夕方。それまでに何とか寧々を助け出し、家族と一緒にどこかへ隠し、応援が到着次第引き渡す――


 土地勘もまるでない俺たちに出来るのか、それが。

 しかも、いつ晶龍が目覚めるかも――


 って、それが一番重要な部分じゃないか。


「なぁ、寧々。

 晶龍がお前を喰らいに来る時間っていうのは、いつだか分かってるのか?

 例えば、3日後の満月の夜に貴女を食べに行きますので身体清めといてとか、あらかじめ言われてたりするのかよ?」

「巴君……聞き方。

 確かにそれ、大事だけどね」


 俺の言い方に多少呆れたのか、八重瀬がジト目で俺を見据える。

 それでも寧々ははっきりと答えてくれた。


「いえ……晶龍様がいついらっしゃるかは、誰にも分かりません。

 明日か、一週間後か、一か月かも。

 ただ私が言われたのは、晶龍様が降臨されるまで、私はここで祈り続けなければいけない――

 それだけです」

「うわ……」


 マジかよ。思わず声に出しかかってしまった。

 いつ自分が化け物に喰われるか分からない恐怖の中、この子は薄暗い祭殿の中で、一人で待ち続けてたってのか。

 だとすれば彼女の精神力は、厄災級と言っていいだろう。

 俺なら発狂する。ってか、そのストレスだけで魔獣化してもおかしくねぇ。


 寧々を見据えながら、じっと唇を噛む八重瀬。


「ということは……

 1時間後、いや1分後に晶龍が目覚めても、何もおかしくないんだね。

 守備局の応援が来るまで、晶龍が待ってくれる保障はないってことか」


 そう呟きながら、八重瀬は腕時計を確認した。

 現在時刻は――午前1時を少しすぎたあたり。

 応援が来るらしい今日の夕方まで、約15時間。しかし今の俺たちには150時間にも思える……


「でも、やるしかないね。

 頑張ろうよ、巴君」


 困ったように微笑みつつも、八重瀬は立ち上がる。

 しゃーねぇな。この美少女を救い出して、島の連中をおかしな竜型魔獣の手から目覚めさす為だ。

 そう思って、俺も立ち上がりかけた

 ――その瞬間だった。




 ズドンと、やたら重めの銃声が祭殿に響きわたる

 と同時に、八重瀬の身体が

 ぐらりと前のめりに、倒れかかってきて――




「ぐ……うっ!?」




 咄嗟に足を踏み出し、どうにか転倒をこらえる八重瀬。

 だがその右横腹からは何故か、真っ赤な血飛沫が噴出している。

 俺も寧々も、そしてヤツ自身も一瞬、何が起こったのか分からなかったが――


「寧々さん! 巴君!

 逃げろ!!」

「え……えぇっ!?」


 すぐさま剣の柄を手にして、寧々をかばう八重瀬。

 腹から噴出したヤツの血は祭殿の床まで飛び、さらにその足元、青い岩盤にまで染み込んでいく。


「う……あぁっ……!」

「八重瀬さんっ!?」


 激痛に耐え切れず、腹を押さえてよろける八重瀬。

 そりゃそうだ――これがもし銃弾だとして、こんな風に横腹を撃たれたら、普通は立ってなんかいられない。恐らくアイツの持つ剣の光が、どうにか傷を大急ぎで治癒させているのだろう。

 実際、八重瀬が撃たれたと同時に剣は再び異常な明滅を始め、あたりを爛々と照らし出している。

 何も知らないながらも、咄嗟にヤツを支える寧々。

 清らかな白衣はくえに跳ねた紅い飛沫が、奇妙なまでに美しく見えた。



 俺もそんな二人を背にしつつ、銃声のした方向を見定める。

 ――祭殿のある、このドーム状の空間。その天井近くには俺たちが来た道以外にも、いくつかの細道に通じる穴が開いていた。

 その洞穴から――

 村人の姿が見え隠れするのが見えた。「こっちだぁ!」という絶叫と共に。

 うち一人が構えているものは、明らかに猟銃。

 白煙のたちのぼる銃口まで、はっきり見えた。



 これは――

 マジでヤバイ。奴ら、本気で俺らを殺そうと!?



「八重瀬、寧々、俺につかまれ!

 神器暫変・バウンドモード!!」


 俺はその一声と共に、背負っていたロケランを再び翼へと変化させた。

 しかし先ほど損壊した部分は未だ元通りにならず、ろくに飛ぶことすら叶いそうにない。

 バウンドモードと呼ばれる、いわゆる省エネモードでどうにか起動させるしかなかった。


 そんな状況でも何とか俺は、八重瀬と寧々の二人をひっつかむように飛び上がる。

 壊れかけの翼でも、どうにか三人分の体重を支えてよろよろ浮遊することぐらいは出来そうだ――

 俺は素早く頭を回し、村人たちの所在を確認した。

 細道に繋がる穴という穴殆どに、既に奴らは続々と集まりつつある。思ったより数が多い上、出入口に繋がる道はほぼ全て塞がってしまったに等しい。


 完全に油断してた。

 あの龍の出現で、村人たちが騒ぎになるのは分かっていたはずなのに――

 洞窟内に甲高く反響していく、村人の叫び。


「巫女を取り戻せ!」「奴らを殺せぇ!」

「巫女を俺らから奪い、龍神様をけがし、島を滅ぼそうとする侵略者ぞ!!」


 何で俺らが侵略者。

 つい頭に血が昇った俺は、翼のミサイルを起動しかかった――

 しかし、その瞬間。



「駄目だ、巴君!

 相手は人間だぞ!!」



 俺の腕にすがるようになりながら、八重瀬が腹から声を絞りだす。

 腹から血を流したまま、しかも寧々を抱いたまま。

 何でお前、そこまで――


「理不尽に撃ってきやがった奴らだぞ!?

 殺すわけじゃねぇ、ちょっとぐらい脅してやった方がいいだろ!!」

「それでも……駄目だ!

 僕らの神器は、人を脅したり傷つけたりするものじゃないんだから!!」


 痛みに耐えながら、それでも声を限りに俺を止める八重瀬。

 空にふらふら浮きながら、流れる血は祭殿の池にまで飛んでいく。

 ――その血が水面に落ちるたび、何故か水が奇妙に青く明滅したように見えたのは、気のせいだろうか。

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