第2話 心療課と男の娘とロケラン青春

 

 そんなこんながあって、ほぼ無理矢理この『心療課』に連れてこられた俺。

 ロケットランチャーにしか見えない武器を押し付けられ、『神器』だから肌身離さず身に着けておけと有無を言わさず命じられた時は参ったぜ。

 その『神器』とやらが俺の気合一発で背中に装着され、翼と化した時はもっと驚いたもんだが。

 その神器が自分の意思通りに動いて魔獣を撃退しまくっている今が、正直一番驚いている。

 俺、ひょっとしてヒーローになってるかも?って。



『神の血を持つ選ばれた人間は、神器を操り。

 そして、魔獣を撃退する使命を負う』



 俺はそう教えられ、心療課に連れてこられた。

 その言葉通り、俺の血を神器に注ぎ込むことでロケットランチャーは翼に早変わりし、魔獣を殲滅する兵器と変わる。

 その仕組みは――俺自身にもよく分かっていない。他の連中に聞いても、分からないと答えるヤツが大半だろう。


 そんな俺たちが魔獣と戦い、奴らの身体組織を形成している巨大な水晶――いわゆる『核』を砕けば、魔獣は人間に戻る。

 ただし、必ずしも人間に戻れるわけじゃない。

 期待の新人とはいえ、ヒラ社員でしかない俺に分かっているのはその程度だ。


 人間が何故、ストレス起因――主に超ブラック労働によって魔獣になるのか。

 その謎は守備局が総力をあげて分析中だが、未だに解明されていない。

 さらに、俺が気になっているのは――


 魔獣から元に戻った『後』の人間は、きちんと社会復帰できているのかということだ。

 魔獣化しても、俺たちが対応すればそいつはどうにか元の人間に戻ることは出来る。だが俺が知っているのは、あくまで『一応、人間の姿には戻る』ってだけだ。

 元に戻った人間は驚くほどの迅速さで守備局所属の救急隊に運ばれ、その後俺は立ち会っていない。というか、一切立ち会わせてもらえない。

 この件は何度か周囲にも聞いてみたが、『お前にはまだ早い』『いずれ時期を見てお話します』と逃げられるばかり。


 成り立ちからしてとてつもなくおかしな組織だし、俺みたいな常識人にはすぐに話せないようなことも多いのだろう。一応俺、学校じゃそこそこ優等生だったし。

 俺はそう考え、とりあえずその疑問はスルーしていた。

 ただでさえ命張った超ブラック労働してるのに、仲間うちでもめごと起こしても損するだけだしな。



 そう。地域守備局には俺の他にも、結構おかしな連中が集まっている。

 まず、さっきの優柔不断なスーツ眼鏡――八重瀬真言まこと

 見た目通り、虫も殺せないような性格をしているが、一応俺と同じく神器を持っている。いつも背中に装着している大剣がそれだ。

 スーツに眼鏡という、いかにも冴えないリーマン風の見た目ながら、その背には身長と同じくらいの大剣。

 何ともアンバランスな見た目で、初めて見た時は驚いたが――

 訓練ですら、大剣を殆ど使いこなせていないのを目撃した時はもっと驚いた。

 一応情報収集・分析能力は長けているから辛うじて足手まといにはならないものの

 ――俺に言わせれば、圧倒的な『落ちこぼれ』だ。

 何で毎度毎度、俺らが最前線でボコられながら必死で戦ってるのに。

 俺らと同じ力を持っていながら、あいつは……



 八重瀬の困ったような笑顔を見るたび、俺はイラついていた。

 俺だってまだまだ、就職なんかしたくなかったのに。

 可愛い女の子と遊んだり、自由気ままにゲームしたりサイクリングしたりして遊びたかったのに

 ――しかも得体の知れない怪物相手に、命を張って戦うなんて。



 そんな風に不満を燻らせがちな俺を、いつも宥めるのがあのセーラー服ポニテ。真鍋まなべ七種なたねだ。


「ホラホラ巴クン、そんなぶすっとしてたらカワイイ顔が台無しだよぉ~?

 膨れたほっぺもキュートだけど、やっぱり巴クンは笑顔がイイなぁ♪

 巴クンはね、そのキレイな青い瞳と、甘そうな蜂蜜色の髪がアイドルみたいで超カワイイんだからぁ~♪

 真面目で優しそうでも意外と芯が強い八重瀬クンもイイけど、ボクはやっぱり巴クン推しかなぁ?」


 毎度毎度、頬をちょんちょんつつかれながらキャピキャピとこんな言葉をかけられるのは、最初は悪くはなかったが、正直今は参っている。

 女子高生にここまで推されるなんて僥倖? うん、それはこいつがただの女子高生であれば、の話だ。

 ここまでの流れで、何となくお察しいただけるかと思うが――



 こいつは男である。



 いや、分かってる。今はそういう時代じゃないってことは。

 正確に言えば、身体は男性でも、心は女性。そういう人間は七種の他にも結構見てきた。

 だからといって、見た目カワイイ女子高生なら受け入れられるかというと、そう簡単ではないし――

 臓物を盛大にぶちまけまくった戦闘の直後に「お腹がすいたから焼肉行こー♪」とほざかれ無理矢理連れ出され、八重瀬と一緒に吐きまくった夜を俺は忘れねぇ。

 サイコパスを相手にするのは俺には難しい。そこに性別は一切関係ない。


 彼女、いや彼が使用する神器は巨大鎌。

 いざとなれば身長の3倍以上に伸びきって魔獣にぶっ刺さる。俺が来るまでは、七種が心療課での最大火力だったらしい。



 そんな七種の兄貴が、真鍋懐機かいき

 二十歳すぎの寡黙な男だが、妹――ならぬ弟を守る為なら命を惜しまない。使う神器はナックル、つまり自分の拳。近接攻撃一辺倒。

 だからしょっちゅう生傷を負うし、結果七種が一人で出動することも多いのはどうしたものか。ついこの間も、七種をかばって頭を割られかけて入院するハメになってたし。

 さらに言えば、七種のサイコパスっぷりも放置しがちな傾向がある。甘やかしているのか、どうでもいいのか。



 そして俺と八重瀬の先輩かつ指導役にあたるのが、せん洋輔。通称宣兄。

 巨大斧を神器として操る、少々いかつくおカタい感じの男だ。七種に言わせれば、可愛い系ではなく正統派の美形らしい。

 黒スーツ姿に金色の短髪、しかも背中に抱える巨大斧というのが若干アンバランス感ある。だが俺は俺で髪が蜂蜜色だし赤のメッシュも入れてるし常日頃からロケラン担いでるし、宣兄の恰好に関して俺は何も言えない。

 しかしそんな容姿と得物に反し、仕事上の主な役割は回復役である。そういうのはイメージ的に、八重瀬か七種あたりが担当しそうなもんだが。

 戦闘中に負傷しがちな俺たちを回復するというのが宣兄の役目だ。毎度毎度俺たちに無茶な訓練を課したりで手厳しいイメージだが、何だかんだでいざという時は頼りになる。



 そんな俺たちをまとめているのが――

 心療課課長・円城寺えんじょうじ竜胆りんどう

 毎度ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべているオヤジ。チョビ髭と糸目のせいで、いつも感情が殆ど読み取れず、時々気持ち悪ささえ感じることがある。

 俺と八重瀬を心療課にスカウトしたのも、この課長だ。俺はともかく、八重瀬に関して言えば見る目がないとしか言いようがない。


 その他にも数人ほどオペレータと呼ばれる後方支援要員がいるが、そいつらは神器を持って魔獣と戦う能力を持たない、いわば普通の人間だ。

 いつも主に戦闘に出るのは俺に真鍋兄弟、宣兄。ついでに八重瀬。

 そして課長が指揮をとる。



 そういう連中が一か所に集められたのが、『地域守備局本部心療課』。

 地域守備局は支部や支所という形で全国に散らばっているが、俺たちが常勤しているのは本部だ。

 魔獣退治の専門部署と公に知られないよう、名前だけはよくありそうな感じになっている。

 そのせいか心療課自体も、比較的こぢんまりとした部屋にある。

 守備局本部の建物そのものも、そこまでデカくないというか……いかにも予算切り詰めまくってますと言いたげなオンボロビルだ。ヘタすれば廃墟と間違われかねない。

 このビルに勤める奴らがいわゆる怪物退治に出撃するなんて、一般人には想像もつかないだろう。

 窓際に課長の席、それに連なるようにメンバーのデスク、通路とオフィスを隔てるような形でカウンターがある。

 古びた蛍光灯の光。ブラインドから僅かに外が覗ける窓。

 魔獣の分析結果やら戦闘履歴やらを収めたファイルが、びっしり詰まった本棚。

 クッソヘタクソなのかとんでもない達筆なのか分からない、初見では解読が難しい『日々晴天』の書道額。

 よくある刑事ドラマの舞台っぽいといつも思う。



 待機中の俺たちはだいたい、この心療課でダベっているが。

 そもそも待機時間自体、かなり少ないと言ってもいい。会社でストレスまみれになって苦しむ人間なんて、この国にはどれだけいるか知れないから。

 俺たちが今カバーしているのは、東京から少し南へ離れたK県の地方都市。海沿いにオフィス街がやたら密集している地域だが、それだけでも手一杯だ。

 魔獣出現の通報は、この地域だけでもだいたい一日数十件。しかし俺たちが直接対応できるのはそのうち、半分がいいところだ。

 残りは支部の応援を仰いだり、最悪の場合沈静化まで放置ということもありうる。

 その上、俺や八重瀬といった新人は訓練が欠かせないし、訓練という名の実戦に出されたりもよくある。

 過剰労働で魔獣化する奴らも非常に多くなっているが、俺たち自身が過剰労働で死にそう!と弱音を吐いちまうことも多い。



 オンボロビルで、血みどろの怪物退治に日夜翻弄されながら、俺は貴重な青春を消費していくのか。

 時たま暗たんたる気分になりつつも、俺はそんな日常を過ごしていたが――



 そんな時だった。

 俺や八重瀬の運命を変える、あの事件が飛び込んできたのは。


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