第26話 若旦那カミーユ登場

 三日後、体調を崩すこともなく無事に果物商が来る日を迎えることができた。

 

 ぼくとシルヴェストルお兄様は、自室で果物商が来るのを待ち構えた。

 オディロン先生の姿もそこにあった。授業の時に「おやすみの日におかいものするんだ」って教えたら興味を示してきて、「お買い物の様子を見守ってもいいかい」と頼まれたのだ。

 オディロン先生もフルーツ食べたいのかな。

 

 時間になると商人たちが続々と入ってきて、色とりどりの果物を運び込んだ。商人の中で一番偉そうな男が、ぼくたちに挨拶をした。


「シルヴェストル殿下、リュカ殿下。お会いできて光栄でございます」


 よほど成功している商人でなければ、王城に出入りできないようだ。その男は貴族の装いと比べても遜色ないくらい、立派な格好をしていた。裕福な生活をしていることが窺える。

 

 意外なことに、男は結構若かった。せいぜい二十代後半くらいだろうか。白に近いクリーム色の髪を長く伸ばし、黒いリボンで一つに束ねている。

 優男、といった風情でぼくらに柔らかく微笑んでいる。

 

 前世でこういう雰囲気の人間をよく見たことがある。大企業の跡取り息子だ。

 親が成功させた……いや、代々営まれてきた事業を受け継ぐために教育されてきた人間特有の、堂々たる自信が柔和な笑顔にありありと表れていた。

 彼は豪商の若旦那だ。絶対そうだ。


「ワタシは、果物を主に取り扱っているヨクタベレール商会のカミーユと申します。本日は、多種多様な果物をお持ちしました。ごゆるりとご覧になってくださいませ。気になったものがございましたら、もちろんご試食いただけます」


 カミーユはぼくとシルヴェストルお兄様とを交互に見やりながら、説明した。


「ふん、礼儀がなっているようじゃないか」


 シルヴェストルお兄様が、満足げに鼻を鳴らした。カミーユがぼくを無視しなかったことで、お兄様の好感度が上がったようだ。


 ちなみにオディロン先生は、まるで使用人の一人みたいに後ろの方で大人しく控えている。いや、家庭教師だから使用人の一人で合ってるのかな?


 カミーユの説明が終わる頃にはすっかり準備が整っていて、テーブルの上に種々のフルーツが並べ終わっていた。このテーブルもまた、商人たちが持ち込んできたものだ。


 ぼくは興味のあるフルーツを好き勝手に指さして、質問しまくることにした。


「これなあに?」


 リンゴくらいの大きさの、まっ黄色の果実を指さした。


「こちらはガヒェンの実でございます。平民にも馴染み深い果物でございますが、最高級のものをご用意させていただきました」

「へえー、これがガヒェンの実なんだ」


 ドライフルーツならば、ガヒェンの実は食べたことがある。なぜだか抹茶アイスのような味がするのだ。甘い抹茶味の実、と覚えている。


「じゃあ、この……うねうね動いているのは?」


 オレンジ色のウニのような物体が、触手のような細いものをうねうね蠢かせているのを指さした。


「それはオレも初めて目にしたな」


 シルヴェストルお兄様も、オレンジ色のウニに注目している。珍しい果物のようだ。


「こちらはタルモノガの実でございます。切ってみると、果実の模様が美しいのですよ。殿下のために一つ切って差し上げて下さい」


 カミーユが頼むと、商人の一人がテーブルの上にまな板を載せ、大きな包丁でダンッと真っ二つにした。途端にうねうねとした動きが止まった。

 うねうねとした触手が伸びていたのは殻部分だったようで、中から真っ白の果実が出てきた。

 殻ごと二つに割れた果実は、中心から放射状に紫色の線が集中線のようにいくつも伸びていて、中心には勾玉のような曲線の模様があった。

 まるで誰かが筆で描いたかのような美しさだ。


「ほう、これはたしかに美しい」

「せっかく切ったのですから、ご賞味ください」

「わーい、たべるたべるー!」


 タルモノガの実をさらに切り分けてもらって、ぼくとシルヴェストルお兄様と、さらにステラとオディロン先生と護衛のアランにも分けてあげて、みんなで食べた。


「わあー、あまくておいしい!」


 タルモノガの実はライチのような味がした。

 これだよ、これこれ。いかにもスイーツを堪能しているって感じ!


「この実、冷やした方が美味しいのではないか? リュカ、貸してみろ」


 タルモノガの実の次の一口を食べようとしたら、シルヴェストルお兄様が提案してきたので、お皿ごと差し出してみた。

 シルヴェストルお兄様はお皿を受け取ると、片手を実に向かってかざした。彼の手が青白く光ったかと思うと、冷たい空気を一瞬感じた。


「ほら」


 お皿を返されたのでタルモノガの実を口に入れてみると、実はキンキンに冷えていた。冷たい甘みを驚きながらも味わう。さっきよりも倍は美味しく感じられる!


「おにいちゃますごい! なにしたの⁉」

「ふふふ、シルヴェストル殿下は氷魔術を使われたのでございますよ」


 オディロン先生がにこにこと教えてくれる。


「殿下の魔術は初めて拝見させていただきましたが、殿下の魔術の練度には目を見張るものがございますね。斯様かように素早く正確に必要なだけ対象を冷やすのは、なかなかできることではございません」


 オディロン先生の誉め言葉に、シルヴェストルお兄様は顔を赤くさせてそっぽを向いた。そういうところは年相応だな、と可愛らしく思う。


「は、はん、そんな風におだてたって貴様らの分は冷やしてやらないからな! オレが甘やかすのはリュカだけだ!」

「おや、これは手厳しい」


 ほほほほ、とみんなで笑い合った。

 唯一クールな護衛のアランだけが、仏頂面のままだった。

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