第20話 パウンドケーキを作るよ

 反省を活かして、オディロン先生の授業はぼくの体調がいい日だけ行われることになった。

 毎朝行われている医術士による検診で合格が出たら、授業をしてもらえるのだ。

 ぼくに授業をするという仕事があるかどうか、その日にならないとわからないなんて、オディロン先生も大変だなあ。


 それ以外にも、絶対に授業が入らないお休みの日もある。

 今日はそのお休みの日だ。


 さて、オディロン先生と約束したんだから、キータの実を使ったレシピを書くのに貴重なお休みの時間を使わなくっちゃね。

 ぼくは机の上に紙を広げ、羽ペンを握っていた。新しいレシピを書くために、ペンを走らせていた。


 コン、コン。


 ドアがノックされる音に、ぼくは振り向いた。

 ステラがすぐさまドアを開けに行く。


「おにいちゃま!」


 部屋に来てくれたのは、シルヴェストルお兄様だった。

 そういえば、今日来るよって先触れがあったんだった。忘れてた。


「またレシピを書いていたのか? 今度は何を作るんだ?」


 シルヴェストルお兄様がすぐ横にやってきて、レシピを覗き込んだ。

 こんなに間近にお兄様の顔があるのは、初めてだ。睫毛が長いなー、なんて感想を抱いた。


「こんどつくるのはね、なんとパウンドケーキだよ!」


 そう、ケーキだ。

 クリームとイチゴがないことからショートケーキを作ることは断念したが、それ以外の部分……つまりケーキならばもう作れるはずなのだ。

 パウンドケーキを料理人たちに作らせるのは、将来スポンジケーキを作るときの練習にもなる。


「パウンドケーキ?」

「うん、そう! とってもあまくておいしいよ!」


 パウンドケーキは、小麦粉・砂糖・卵・バターをそれぞれ一ポンドずつ使うことからパウンドケーキと名付けられたスイーツだ。

 

 砂糖を除いて全部この世界に存在しているから、すぐにでも作れるはずだ。クッキーを作った日よりも旬が近づいて、ナミニの実が市場にたくさん出回るようになったし。

 

 お母様に聞いたところ、この世界の卵は鶏の卵ではなく謎の生物の卵を使っていて、牛乳を出している牛はモンスターらしいけれど。

 細かいことは気にしない、気にしない。美味しいなら問題ナシ!


 そしてパウンドケーキには、リンゴを入れることができる。リンゴに近い味のキータの実だって、パウンドケーキに入れれば美味しいはずだ。


「甘くて、美味しいか……。よし、早速作るぞ! オレもそのパウンドケーキとやらを食べたい」


 シルヴェストルお兄様も、すっかりスイーツの虜になったようだ。頭の中でパウンドケーキの美味しさとやらを思い描き、想像しているのがわかる。


「わーい、つくろうつくろう! あ、待って、オディロン先生に連絡していい?」


 お兄様の意見に賛成したあとで、オディロン先生にスイーツを作るところを見せると約束していたのを思い出した。


「オディロン?」

「うん、ぼくのせんせー」

「ああ、指導役か。別にいいだろう」


 すぐにステラに連絡を取ってもらうと、オディロン先生は占術の仕事を放り出して来てくれることになった。

 やったー。

 

 ぼくとシルヴェストルお兄様とオディロン先生と、あと数人のお付きとで厨房に着くと、前回のように料理人たちが勢揃いしていた。

 ぼくたちがケーキを作ると決めた午前から午後の今に至るまで、大急ぎで食材をかき集めてきたらしい。ご苦労様なことだ。


 ぼくは訓練された軍人のように綺麗に整列している料理人たちを見回した。

 ふっふん。


「きょうつくるのはね、パウンドケーキだよ! これはね、バターと砂糖と小麦粉と卵をおなじ量だけつかうスイーツだからね。まず、キータの実は煮ておいてくれたかな?」


 煮りんごならぬ煮キータの実の角切りをあらかじめ用意しておくよう、命じてある。

 キータの実の角切りとバターとナミニの実の果汁と、少量の水を煮込むだけ。

 煮キータの実を作るだけならば、失敗することもないだろうと思い、あらかじめ作っておかせたのだ。


「もちろんでございます。ご確認くださいませ」


 ボウルに入れられた、煮キータの角切りが差し出された。どれも綺麗な蜜色に煮詰められている。


「ふっふん、よはまんぞくじゃ」


 ふんすと鼻息を荒くすると、料理人たちはほっとした顔をした。


「じゃあパウンドケーキ作り開始するよー。レシピにかいたとおり、まずはバターをまぜてね」

「かしこまりました!」


 料理人たちが声を合わせて答えた。

 クッキーのレシピを作り出した天才と認めてもらえているようで、彼らはもうぼくに絶対服従だ。


 料理人たちが、一斉にバターをかき混ぜ始めた。

 上腕二頭筋のたくましい料理人の握る木べらにかかれば、バターはすぐに形をなくしていった。


 シルヴェストルお兄様は前回のように訳知り顔で壁際に控え、オディロン先生は目を丸くして料理人たちが働くのを眺めている。


「つぎは、ナミニの実の果汁をいれてまぜてー」


 ぎゅううとナミニの実が絞られていく。

 果汁の甘い匂いが香ってきた。


「卵をまぜてー」


 卵が割られる音が一斉にあちらこちらから聞こえてきて、小気味よかった。


「ここで煮キータ投入!」


 角切りにされたキータの実が、生地の元に投入されて混ぜられていく。


「最後に小麦粉をまぜてー。クッキーとおなじく、さっくりまぜてねー」


 クッキー作りで「さっくり混ぜる」という技法を鍛えてきた料理人たちが、粉っぽさがなくなるまで混ぜていく。

 

「みんな、できた? あとは生地を型にいれるだけ!」


 普段の料理でテリーヌのような料理を焼くのに使っている長方形の型を、今日はパウンドケーキを焼くのに使うのだ。

 料理人たちは刷毛でバターを型の内側に塗り、それから生地を詰めていった。


 生地の詰まった型がオーブンに入れられていく。

 オーブンで焼く時間は、約四十分程度。果たして、上手くいくだろうか……。

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