第8話 ぼくのかわいさでイチコロだね

「このお方はシルヴェストル殿下でございます。あなた様の異母兄であり、この国の王太子であらせられます」


 アランと呼ばれた、兄の護衛と思われる騎士が表情一つ変えずに説明してくれた。


 シルヴェストル。

 兄の名は、シルヴェストルというのだ。そういえばゲームの中で、そんな名前が出てきたような気もする。


「そういうことだ、二度と忘れるんじゃないぞ愚図が」


 シルヴェストルが、わざとぼくに少しぶつかるようにすれ違った。


「あう」


 ほんの少しぶつかっただけなのに、ちっとも踏ん張れずにぼくは絨毯の上に尻餅を突いてしまった。


「なんたることをなさるのですか、リュカ殿下はやっと部屋の外に出れるようになったばかりなのですよ!」


 シルヴェストルの背中に向けて、ステラが金切声を上げた。

 

 一方でぼくは痺れていた、彼の無法さに。

 四歳の病弱な弟にも容赦なく「愚図」と言い放つ! なんて極悪なのだろう! 彼ならば立派に極道の跡継ぎができるに違いない。


「あにき……じゃなくておにいちゃま!」


 ぼくは立ち上がると、とてとてと駆け寄って彼の背中に抱き着いた。

 ぼくはシルヴェストルお兄様のことを、兄貴分として慕うことに決めた。杯は交わしていないけれど、実の兄弟なのだから問題ない。問題ないということにする。


 前世から憧れていたのだ、兄貴と呼んだ呼ばれたりすることに。

 前世では跡継ぎだったから誰かを兄貴と慕う機会はなく、まだ若かったから誰かから杯を受けるような立場でもなかった。


 シルヴェストルお兄様はぼくの兄貴に相応しい。

 ぼくは目を爛々と光らせながら、彼の背中――手が届かなかったので正確には腰の辺り――をぎゅっとしたのだった。


「なっ、なんだお前、馴れ馴れしいぞ!」


 急に抱き着かれて、シルヴェストルお兄様は裏返った声を上げた。

 彼がぼくを振り払おうとして伸ばした手を、ぼくはすかさず両手ではっしと掴んだ。


「ぼく、おにいちゃまとなかよくしたい!」


 握手のように手をぶんぶんさせながら、満面の笑みを浮かべた。心からの笑みだ。

 これは前世で一番好かれていた下っ端の真似だ。とにかく人懐っこくしていれば、兄貴分に好かれるのだと学んだ。


「は、はあー? 仲良くできるわけがないだろう、何を言っているんだお前は!」


 シルヴェストルお兄様は怒りながらも、戸惑いに顔を赤らめた。赤い髪とお目目そっくりな顔色だね。彼にいくら悪の才能があろうと、ぼくの弟力かわいさの方が上手のようだ。


「なんで?」


 ぼくは悲しげに目をうるうるさせて、上目遣いに彼を見つめた。


「な、なんでって、お前はオレの敵だからだ! 母上も宮廷占術士も、みんなお前がオレの敵だって言ってるんだ! だから仲良くなんてできないんだ、わかったか?」


 なるほど跡目争いの関係で敵対しているのか、と理解できた。

 前世の自分は一人っ子だったものだから、それ関係の悩みはなかった。

 兄弟がいるのもそれはそれで大変なのだな、と学んだ。


 シルヴェストルお兄様とぼくは異母兄弟だ、とさっき側仕えが説明していた。彼の母親とぼくのお母様とで派閥が違うとか、よくあるやつなのだろう。


「『てき』ってなあに?」


 ぼくはわざと首を傾げてみせた。

 本当に悪の皇帝になってやろうかな、なんてチラリと考えたことはおくびにも出さない。


「ぐ……っ!」


 彼は言葉に詰まった。

 なんだ、意外とすぐに仲良くなれそうチョロいじゃないか。


「とにかく、オレは一日中寝てばかりのお前と違って忙しいんだ! アラン、行くぞ」


 ぼくの手を振り払うと、シルヴェストルお兄様は遠ざかっていった。

 ぼくは彼の背中に向かって、声を張り上げた。


「こんどぼくとあそんでね、おにいちゃま!」


 彼は答えなかったが、きっと耳に届いたはずだ。

 

 こんな出会いがあるのだから、散歩もしてみるものだなぁ。


「リュカ殿下、お怪我はございませんか?」


 シルヴェストルお兄様が去ると、ステラが心配して声をかけてくれた。


「だいじょぶ! おにいちゃまとなかよくなれた!」


 ぼくは満面の笑みを向けた。


「ふふ、王太子殿下よりもリュカ殿下の方がよほど大物かもしれませんね」


 なんて、ステラは微笑んでくれたのだった。

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