怪談『つつ』と、真相『筒穴主』


 こんな怪談がありました。


『つつ』


 つつです。

 筒状になっている物って、中を覗き込みたくなりませんか。

 ラップの芯とか、筒状のポテトチップスの入れ物とか、急須の注ぎ口の中とか。

 万華鏡じゃありませんが、つい見てしまうんです。



 先日、物干し竿を新調しました。

 ベランダに元々あったものがびてきたので、ホームセンターで新しい物干し竿を買ったんです。

 ついでに、物干し竿などの金属がカットできるというノコギリも買いました。

 錆びた古い物干し竿も、少し力は要りますがゴリゴリと切断することができます。

 4分割すると、燃えないゴミに出せるサイズになりました。


 初めて内側を見ましたが、物干し竿も内が空洞になっていて長い筒なのですね。

 短く切ってもやっぱり、筒の中を覗きたくなりました。

 4分割した4本すべて、覗き込みましたよ。

 物干し竿の内側って、けっこう錆びついています。


 端にキャップのようなものがついた1本を覗き込むと、奥で何かが動きました。

 虫でも住み着いているのかと思いましたが、違ったんです。

 見えたのは、小さな人の顔でした。

 丸い顔だけが詰まっていて、目が合ったんです。

 転がるように、筒の奥へ潜ってしまいました。

 錆でキャップが外れず、暗い筒の奥を確認することができません。

 重さは全く気になりません。揺すってみても反応はありませんでした。

 笑顔に見えましたが……見間違いでしょうか。

 私は見なかったことにして、短く切った物干し竿を玄関の外へ出して置きました。



 翌朝、燃えないゴミに出す前、もう一度、筒の中を見てみました。

 なぜかキャップは簡単に外れました。でも、中には何の姿もありません。

 やっぱり、見間違いだったのでしょうか。

 それとも、新しい物干し竿の中にでも引っ越したのでしょうか?

 正体は謎のままです。


 たまに不気味な事もありますが、筒の中を覗き込むのはやめられないんです。




 ――――という怪談の、真相を聞いてみましょう。


『筒穴主』


 あまり柔らかさのないペタンコ座布団は、いつも円形に並べられている。

 とある寺の本堂で車座に集まる幽霊たちにより、本日も怪談会が開かれていた。


 その座布団だけは、筒状に丸まっていた。

 怪談会のMC青年、カイ君は身を乗り出し、座布団の筒の中を覗き込む。

「お話し、お願いできますか」

 カイ君が聞くと、座布団の筒が小さく揺れた。

「あっ、はい……あの、このままでも?」

 座布団の筒の中から、若い女性の声が聞こえた。

「もちろんです」

 カイ君に言われ、女性は安心したように息をつくと、筒の中から話し始めた。



 私は、筒穴主つつあなぬしです。

 えっと、密閉された筒状の穴の中に棲む、妖精とか妖怪のようなもので。

 光のない密閉空間に溜まる邪気を食べています。

 最近は、物干し竿の中に棲みついていたんです。

 古い金属の筒は居心地も良かったんですが、人間に見つかってしまいました。

 人間の道具は恐いですね。

 金属の筒なのに、ノコギリのようなものでゴリゴリと切ってしまって。

 長かった物干し竿は、すぐに短く分割されてしまいました。

 筒を覗き込む人間の大きな眼も、私から見ると怖いんです。

 でも、やっぱり私を見てしまった人間の方が、ビックリしたのでしょうね。

 分割された物干し竿は捨てられてしまいました。

 今は、目詰まりした排水パイプの中に棲んでいます。

 でも、出口があると食料の邪気が溜まらないんです。

 安心できる引っ越し先を探しています。



 話し終えた女性は、座布団の筒の中で小さく溜め息をついた。

 筒状に丸まった座布団の、ちょうど正面に座っているカイ君は、

「つつ……竹の中はどうですか? 節は入ってますが、中は空洞ですよ」

 と、首を傾げながら言った。

 座布団の筒の中に、能面のような女性の顔が覗いた。

「……竹の中って空洞なんですか?」

「節で区切られてはいますが、筒状になっていますよ」

 座布団の中の顔に、カイ君は笑顔を向けた。

「知りませんでした。竹は、繊維っぽい印象で」

「力強く成長し過ぎるから、僕はちょっと苦手なんですけどね」

 軽く肩を落として見せ、カイ君は、

「穴が無くても移動ができるなら、竹藪は筒だらけでピッタリだと思いますよ」

 と、話した。

「植物の中ですか。考えた事もありませんでした。試してみます」

「良い棲み処が見付かると良いですね」

 座布団の筒の中で、能面のような女性の笑顔が小さく頷いた。


 今夜は風が強い。

 寺の周りの竹藪が、サラサラと葉を鳴らしていた。


 幽霊たちによる怪談会だが、時には妖怪が参加することもある。

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