怪談『夜の車』と、真相『事故車』


 悲しい怪談がありました。


『夜の車』


 私の家は、古い庭と車庫のある一軒家です。

 柿や椿、かんきつ類などが窮屈に植えられ、その間を縫うように玄関から門へ出るための通路が伸びています。


 車庫には、兄が時々乗るだけの車が置かれています。

 夜、私が郵便受けを見に外へ出ると、兄の車の中に動くものが見えました。

 車の中で、小さい子どもが泣きながら窓を叩いていたんです。

 我が家に小さい子どもはいませんが、近所の子が入り込んだまま出られなくなったのかと思い、慌てて駆け寄りました。


 近くの街灯だけが頼りの、暗い夜の庭です。

 あとから思えば、子どもの姿がハッキリ見えていたのは妙でしたね。


 私が慌てて駆け寄ると、車の中にいたはずの子どもの姿が消えています。

 後部座席や運転席、助手席の足元を覗き込んでも誰もいません。

 全てのドアに触ってみましたが、しっかりロックされていました。

 見間違いと言うには、かなり鮮明に男の子の姿が見えたのですが……泣き声や窓を叩く音は全く聞こえませんでしたね。

 砂埃を浴びているものの、車体に傷などは見当たりません。

 その時は、兄がき逃げでもしたのではないかと勘繰ってしまいました。


 家の中に戻り、

「車の中に泣いてる子が見えて、すぐ消えちゃったんだけど。気のせいだよね?」

 と、聞いてみると、兄は、

「ギャン泣きしながら窓叩いてる男の子?」

 と、テレビに顔を向けたまま言いました。

「そうだけど」

 と、答えると、

「俺も見たことある。気のせいだよ」

 と、笑っています。

 兄も見ているなら気のせいとは言いません。

 台所から母も、

「事故車だからねぇ」

 と、笑いの含まれた声で言いました。

 そんなの初耳です。

「たまにしか乗らないんだから、安い車で十分じゃん。あの車、超安かったんだよ」

 と、兄が誇らしげに言い、母も笑っていました。


 うちの家族、怖くありません?




 ――――という、怪談の真相は。


『事故車』


 座布団に幼い少年の幽霊が、ちょこんと正座している。

 幽霊たちの話を、大きな目をパチパチさせながら聞いていた。

 そして少年に、話し手の順番が回ってきた。

「えっと……」

 少年が視線を向けると、MCの青年カイ君は優しい笑顔で頷いて見せた。

「この前、このお寺で、車の中から出してもらいました」

 少年は、ゆっくりと考えながら話した。



 ずっと前、車にぶつかりました。

 それで気がついたら、車の中に閉じ込められてたんです。

 僕にぶつかった車だってわかりました。

 知らない家の駐車場に停めてあって、夜も暗い車から出られなくて。

 ずっとひとりで怖かったです。

 時々、知らないオジサンが車に乗って来たけど、僕を轢いた人じゃありません。

 僕が叫んでも聞こえなくて、肩を叩こうとしても手が通り抜けちゃうし。

 ドアが開いた時に隙間から抜け出そうとしても、どうしても出られなくて、ずっと閉じ込められていました。

 でも、暗い駐車場で、その家のお姉さんが僕を見つけてくれたんです。

 1回しか目は合わなかったけど、僕が閉じ込められてることに気づいて、このお寺に車を持って来てくれたんです。

 出られなかった僕を、お坊さんが車の外に出してくれました。

 僕を轢いた車がずっと目の前に見えてたけど、外に出られたら、だんだん車が見えなくなってきた気がします。

 もう少しで、お母さんの顔が思い出せると思う。

 そうしたら家に帰れるって、お坊さんが言ってました。

 思い出せるまで、ここに居て良いって。



「――聞かせてくれて、ありがとう」

 カイ君に言われ、少年は小さく頷いた。

「その車のお祓いに来たのは、持ち主の妹さんです。兄が安く買った事故車の様子がおかしいとのことで。ちょっと借りると言って、お兄さんに内緒でお祓いしたそうです。この子は、ずっと車のことで頭がいっぱいになっていて、お母さんの顔を忘れてしまいました。思い出せるまで、みんなでお話しでもしようって、この怪談会に誘ったんですよ」

 と、カイ君が話すと、集まる幽霊たちも暖かい目を少年に向ける。

 少年も、小さな笑顔を見せた。

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