第3話 謎の女【2】

 一方、本能のままに動いている暁は、専用のエレベーターで最上階から一階を目指していた。頭の中は、もうあの時見た芹の姿しかない。メガネの下には、少女漫画のような素顔が隠れていたのだ。思い出しても、内側から震えるような感覚。暁のオスの部分を刺激する。


 芹の心も身体も手に入れたい。


 あっという間に一階に着いた。たくさん並ぶエレベーターの最奥、専用エレベーターが開いた瞬間、エレベーターを待っていた人達の視線が暁に注がれる。


 そして一瞬静まり返った後はザワつきだす。退社時間には少し早いため、まだ人はまばらだがこれから退社のラッシュが始まる。


 暁は周りの視線を全く気にすることなく、自分がどこで待ち伏せしようかと辺りを見回す。受付とは対面の位置に数個のベンチが並んでいる。その奥には、パーテーションで区切られた簡単な商談スペースがあるが、商談スペースから顔を出し眺めるのはさすがに怪しいだろう。


 今の時間帯はベンチには誰も座っていない。エントランスで仁王立ちで待ち構えたいくらいの気持ちだが、なんとか抑え込みベンチに腰を掛ける。


 暁がベンチに座って数分ほどで、定時を迎えた。ポツリポツリと退社しはじめるが、女性はロッカーに寄るのだろう。男性社員の姿が現れはじめる。みんなエントランスを出口に向かい歩いているのだが、オーラなのか威圧感なのかいつもと違う雰囲気を感じてベンチの方に視線を向ける。そして驚き目を見開く。それはそうだろう。あまり姿を見る機会のない社長が、ベンチへ前屈みに座りエレベーターの方を凝視しているのだ。


 なにをしているのか気にはなるが、簡単に話しかけられる相手ではもちろんない。立ち止まるわけには行かず、みんな振り返り見るもののそのまま退社していく。何回もエレベーターが一階に到着し、退社する社員が出てくる中に女性社員の姿が見え始めた。


 先程までと同じように戸惑いの表情や、さらには好奇心が見えるが今のところ話しかけるものはいない……。


 暁の視線は開くたびにエレベーターを凝視する。だが芹らしき女性の姿はない。機嫌が下降する中、暁の元へ自信満々な女性が近づく。その後ろには、女性の同僚らしき数人が「止めなよ」と止めている姿があった。


「新城社長〜なにかお困りごとですか?」


 鼻に掛かったような媚びた声。


「……」


 暁は全くの無視で返事すらしない。


「社長〜」


 女性は暁の機嫌が更に悪くなっているのに気づけないようだ。


「……。失せろっ」

「えっ?」


 短く放たれた言葉の意味が瞬時には理解出来なかったらしい。


「だから」


 暁がさらに怒鳴りそうになった瞬間だった。


「社長、そろそろ社長室へお戻り下さい。君も昼間に注意しましたよね?受付での態度を。全然反省していないようですね」


 駿から受付での態度を注意されたばかりなのに、なにも学んでいなかったらしい女性だった。これ以上は自分の会社での立場が悪くなるとようやく察したのか、見ていた同僚と共に足早に帰っていった。


 すでにエントランスは、退社ラッシュが終わり閑散としている。


「芹は通らなかった」

「そんなことはないでしょう。もうほとんどの社員は退社してますよ」

「俺はここでずっと見ていた」

「見逃したんでしょう……」

「いや、残業をしているんじゃないか?」


 そんな会話をしていると「もう帰りましたよ」と声がかかった。


「はあ?」

「名取さん」

「だから帰りました。稗田さんに連絡をもらってすぐに、成宮さんの部署に行ってみたんですが、すでに成宮の姿はありませんでした。定時と同時に、完璧に仕事を終わらせて帰って行ったようです」

「……。俺はずっとここで見てたんだ。見逃すはずはない」

「そうは言っても、もう社内にはいないんですから今日は諦めましょう」

「……」


 納得のいかない様子の暁を連れて社長室に戻る。


「なんでだ?うちは他に出入り出来るところがあるのか?」

「何年ここで働いてる。社員が通常出入りできるのは、一階エントランスだけだ。地下は車か特別な理由がないと出入りできない」

「だよな」


 首を傾げる暁だった……。



 




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