第11話 中身



 星野さんの車に乗ってそのまま住職さんのところへ急いで行った。運転している彼女といえば、力が本物の住職さんに会えるということに非常にワクワクしているようだった。危機感のかけらも無い、視えない人間とはこれだからだめだ。


 人形はとりあえずカバンにしまったままトランクへ入れておいた。少しでも距離を取りたいと思う僕の提案だ。


 ハンドルを握る星野さんにやや苛立ちながら言った。


「あのさ。曰く付きの物って命すら本当に危なくなるから。現に前の持ち主もヤバくなったんでしょ、そんなものもらっちゃだめだよ!」


「だって。私今までもたくさんそういうグッズ集めてきたの、それ専用の部屋があるくらい。でも結局本物なんて出会えなかったのよ。デマとか思い込みばっかり。だからまさか今回は本物だなんて期待してなかったのよ」

 

「そう言う問題じゃなくて、変なもの収集すること自体やめなよ」


「私の唯一の趣味なのよ、夢なのに」


「死にたくないならやめるべき」


「死ぬのは嫌だけど……」


 不服そうに彼女は言う。もし今回僕があの人形を見てなかったら、と思うと心底ゾッとする。視えない人間に霊の恐ろしさを説明するのはとても難しい。


 暗い道を走っていくと、目的地にたどり着いた。駐車場に車を停めると、二人でトランクへ向かう。それを開いてカバンを取り出すと、星野さんがあれっと不思議そうな顔をした。


「あれー? ちゃんと入れておいたのに無いよ」


「え!!?」


 無いよじゃないよ!! そう叫びたいのを堪えた、それどころじゃない。慌てて顔を突っ込んでトランクの中を覗き込んだ。カーディガンや靴、小さなカバンなどがおいてある中を必死に漁ってみると、一番隅に置かれていた毛布の中にくるまっているのを発見した。

 

 ゾッとする。決して運転中転がって移動したとかではなく、誰かが隠すように強く包まれていたのだ。


「凄い、こんなとこにあったの?」


「……もう、このまま持っていこう」


 僕はそっと毛布ごと取り出した。感心してる星野さんに何を言うこともできず、ふらふらとようやく歩き出す。後少し、あと少しで着くから。


 しばらく歩くとぼんやりと灯りが灯った入り口が見えてくる。ほっとして足を早めたとき、持っている毛布がもぞもぞしていることに気がついた。


 それはまるで赤ん坊を抱いているような動き。この柔らかな毛布の中に、生物を抱いているのだと錯覚してしまいそうな動きだった。どこか毛布越しにぬくもりすら感じてくる始末。中身が人形だと忘れてしまいそうだった。


(…………本格的にやばいものだ……)


 毛布の口をしっかり持って中身が出てこないようにした。決して下を見ないようにして前だけ向く。もう精神は限界突破していると思った。


 ようやくたどり着き星野さんが木の戸を叩く。少ししてそれが開けられた時、懐かしい顔が見えて泣き出しそうになってしまった。


 住職さんは記憶よりだいぶ顔の皺が増えていた。眉毛も白くなり厳かだ。でも僕をみると柔らかに笑った。


「大きいなったな研一くん」


「お、お久しぶりです……」


「えらいもん持ってきたな。その人形よこしなさい」


 すぐに毛布を差し出しながら、あれ、僕一度でも人形だなんて言ったっけ、と疑問に思った。いや、この人には全てお見通しなのだ。あのばあちゃんも信頼してたような人、僕よりずっと凄い力に違いない。


 住職さんが毛布を受け取り躊躇いなくそれを払った。中からはあの人形が顔を出す。なんの変哲もないフランス人形だ。さっきまで動きを感じ取っていたというのに。


 住職さんが苦々しい顔をして言った。


「かわい子ぶりおって。私は騙せん」


 それだけ言うと、人形を持ったまま奥へと入っていく。来なさい、と一言言われたので星野さんと二人で上がる。隣をみると、遊園地にきた子供のようにワクワクしてる彼女がいたのでため息しかもれなかった。


 恐る恐る廊下を進み奥へと入っていく。一つの部屋に入ると、狭い和室の部屋だった。その部屋の中央に住職さんは座り込む。僕たちも離れたところにしゃがみ込んだ。


 しばらく彼は何も言わずじっと人形を見つめていた。声を発してはいけないように感じ、あの星野さんもさすがに空気を読んだようで何も言わなかった。


 黙っていた住職さんがふと動く。人形を持って正面から見つめた。


「研一くん、無事でよかったな」


「え、……え!」


「なかなか年季の入ったものだ」


 そういうと彼は人形をひっくり返した。どこから取り出したのか、鋏で着ているヒラヒラの洋服を容赦なく切る。僕たちもそこを覗き込むと、現れた人形のお尻部分が一部変変なことに気が付いた。


 小さな穴が開けられていた。それを無理矢理埋めるように、ボンドのような、樹脂のようなもので塞がれている。誰かが細工したようだった。


「これはなんですか?」


 黙っていた隣の星野さんが首を傾げながら尋ねる。


 住職さんは少しだけ口元を緩めると、鋏をその塞がれた穴に差し込んだ。意外とすんなり入った刃で何度かかき回すと、塞がれていた穴が再度出現した。


 ゆっくり鋏を畳に置く。そして人形を揺すると、穴から何かがこぼれ落ちてきた。


 爪だった。


 カットした爪の一部ではなく、指に張り付いているあの形の爪だ。それが五枚落下する。爪には赤黒い血液のような汚れが付着していた。あのカラカラという音はこれだったのか。


 僕は口をあんぐりと開けてそれを眺めていた。


 少し沈黙が流れたあと、住職が無言でそれを拾い上げた。


「長いこと人間の気を吸っていたなあ。大したもんだ。すぐに持ってきて賢明だったよ」


 全身の力が抜けてどっと疲れがわきでた。僕はそのまま畳に崩れ落ちる。よかった、明日まで待ってなくて。星野さんが、もしかしたら僕にまで危害が及んでいたかもしれない代物だったというわけだ。


 ちらりと住職さんが持っている人形を盗みみた。そこにあったのは、可愛らしく微笑むフランス人形などではなく、怒りと敵意に満ちた顔をしている女の顔だった。







「これは完全に消し去るにはかなり時間がかかる。私が預かっておくよ」


 住職さんがそう言い、僕は安心して息を吐いた。反対にまるでびびっている様子がない隣の星野さんは、身を乗り出して住職さんに尋ねる。


「そんなに時間がかかるものなんですか?」


「念がこもった人形というのはね、時間をかけて少しずつ供養しないと簡単にはいかないのだよ。この人形はかなり長く生きてるみたいだからねえ」


「へえ、そうなんですか……」


「ところで、えらいべっぴんさんだけど、凄いなあきみ」


 住職さんは感心するように星野さんに言った。さては、なんでもお見通しの住職さん、このオカルトマニアに気付いて説教でもしてくれるのではないか。僕はそう期待した。そして星野さんが懲りてもう少しおとなしくなってくれる姿を想像する。これだけ凄い住職さんに叱られればちょっとは響くだろう!


 彼女は首を傾げて不思議そうにする。


「何が凄いんでしょう?」


「あんたの守護霊だよ。いやあ、こりゃ凄い。強い」


 住職さんは感心するように頷いて言った。予想とは違う発言に僕も黙っていられずつい口を挟む。


「え、星野さんの守護霊?」


「うん、凄い力だ。この人形を持ってたせいでちょっとそれの気に包まれていたが、おそらく命まで奪われることはないだろうな。滅多なことじゃ死なないよ」


 星野さんはみるみる顔を明るくさせた。パアアっという効果音が非常に合いそうだった。その横で僕は愕然とする。


 そうか、これほどのオカルトマニアが今まで命が無事だった理由はそれなのか。確かに前顔が真っ黒になるくらいやばかったのに体調は全然平気そうだった。そういう事実があったのか。


 そう感心すると同時にゾッとした。あまりに星野さんがキラキラした顔でいるからだ。この変人が今頭の中で何を考えているか、僕には手にとるようにわかった。


 つまり、星野さんは取り憑かれてもそうそう死ぬことはない……オカルトの趣味に一層力を入れられるということ。

 

 僕は顔を真っ青にしたまま黙りこんだ。住職さんが休んでいくかと心配してくれたが、あいにくこの顔色はそのフランス人形のせいじゃない。


 これからさらにヒートアップするであろうこの変人美少女が怖くて震え上がっているのだ。


 




 帰りの車の中で、星野さんは嬉しそうに僕にお礼を言った。人形の供養先を紹介してくれた、というより、守護霊の話を聞けたことに感謝しているようだった。


 ハンドルを握りながらいつもの赤いおやつを口にしオカルトの話をする姿は、ある意味フランス人形と同じくらいの恐怖を感じた。顔が綺麗だとなぜかさらに恐怖心が増す。


 そして、この僕の心配は的中することとなる。この件ですっかり星野美琴に懐かれてしまった僕は、一層オカルトに力を入れる彼女に、ことあるごとに怪異にまつわる相談を受けるのだ。


 無視したり流せばいいものを、結局それに巻き込まれてしまう僕も——なかなか愚かである。



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