第49話 みかんの食べ方には性格が出る

 例の子供部屋に三人丸くなって座り込み、ミカンの皮を剥きながら話し合う。ミカンの皮を剥くだけと言っても、柊一さんは適当に剥いてすぐに口に入れるけれど、暁人さんは白い筋を丁寧にとったりして、性格が出るもんだなあと感心してしまった。


「さて……結局分からないことだらけだ」


 柊一さんがもぐもぐと食べながら言った。暁人さんも同意する。


「霊たちは悪霊化しかけているというなら、早いとこ何とかしたいとこだな。弥生さんも妊娠中だしなおさらそうだ。とはいえ、食べるのはいい方法じゃない。俺の除霊で何とかなるかどうか……なにせ数もそれなりにいる」


 私は気になったので口を挟んで質問した。


「数が多いと除霊はやっぱり大変ですか?」


「そうですね。とても力が強い除霊師なら一発で除霊できるかもしれませんが、あいにく僕はそこまで強くないので。時間がかかったり、労力がかかったりもします。何より、これだけ長い年月成仏できなかった霊たちを除霊するには霊のことをしっかり理解しないと難しいですね。今回の件は不思議なことがたくさんあるので……まあ一旦除霊を試してみるのも手ですが、成功するとも限らない。悪霊になりかけているならなおさら」


「ほう……」


 確かに何十年も同じ土地に残るくらいの霊たち、そう簡単に除霊とはいかないか。私はミカンを食べながら納得する。


 柊一さんが言う。


「んー困ったねー。むやみに食べるのもやりたくないからね。そうだとしても、七人食べるのは僕の体力的にも辛いなあ」


「そ、そうですよ! 七人も食べるなんて無茶です!」


「手詰まりだなあ」


 柊一さんはごろりと寝そべってしまった。こんな時まで自由な人だな、と呆れつつ、これぐらいマイペースな人がいた方が空気が和むなとも思った。


 私はなんとなく立ち上がり、窓に近づいて外を眺める。夜中はここから大勢の人影が見えたが、今はただの静かな道路だけが見えた。ここから見れる景色は静かな住宅地で、まさか多くの霊が棲みついているだなんて想像も出来ない。


 ぼんやりと外を眺めていると、細い道路に小さな人影を見つけた。自転車に乗っている少女のようだった。ピンク色の自転車に、ピンク色のヘルメットをかぶっている。なんとなくそれを目で追っていると、反対側から車がやってきた。それも、こんな狭い道なのになかなかのスピードが出ているように見えた。


 速い車をよけようとしたのか、自転車が慌てた様子で端に寄るが、バランスを崩してよろけ、そのまま転んでしまった。が、車は何もお構いなく、少女を無視して走り去ってしまった。


「あ、大変!」


 私がつい大きな声を出す。二人が驚いたように尋ねた。


「どうしましたか」


「女の子が車をよけようとして転んじゃったみたいで……大丈夫かな、スピード出しすぎなんですよあの車!」


 焦りながら観察し続けるが、少女は地面にうずくまって動かない。それを見て、私はすぐさま部屋から飛び出した。


「井上さん!」


 階段を駆け下り、玄関へと向かう。外に出ると目の前に、小さく泣き声をあげている少女が倒れていた。私は急いで駆け寄り、声を掛ける。


「大丈夫!?」


 見てみると、少女の年齢は小学校二、三年生といったところか。地面にうずくまったまま涙を流している。履いているスカートから伸びた足の膝には、血が見えた。近くには自転車が倒れており、籠に入っていたと思われる手提げかばんが中身をぶちまけてしまっていた。


「起き上がれる? 痛かったよね。どこが痛む?」


 優しく声を掛けてみるも、まだ泣き止みそうにない。すると私を追ってきた柊一さんたちも集まり、心配そうに少女を覗き込んだ。


「あー怪我しちゃってるねえ。可哀そうに」


「自転車を直すよ、ちょっとごめん」


 暁人さんが自転車を起こしてくれ、柊一さんは荷物を拾ってくれている。私は彼女に訊いた。


「膝の手当てをしようか? 家に来る?」


 だが、彼女は首を振ったのだ。そしてか細い声で答える。


「知らない人のおうちはだめだって……」


 おおう、その通りだ。最近の子供は危機管理がしっかりしている。相手が誰であろうと、知らない人に誘われるまま家に入ってはいけない。誘った私が軽率だった。


 とりあえずポケットからハンカチを出して、膝に当ててみる。柊一さんが困ったように頭を掻く。


「そうだよねえ、家に入るのはよくないよね。おうちどこ? せめて送るぐらいはしたいんだけどどうかな」


 その提案に、少女は困ったように首を傾げた。私はまず、彼女の体を起こして立たせてみる。体中についてしまった砂を払い、膝以外に怪我はないか確認してみるが、とりあえず他に出血は見られない。とはいえ洋服で見えない部分は分からないのだが、ヘルメットを被っていたので、顔が無傷だったのはまだよかった。


 しかし膝からは痛々しいほど出血があり、これは泣いちゃうよなあ、と顔を歪めた。


 自転車を支える暁人さんが尋ねる。


「名前は言える?」


「……そら」


「そらちゃん。おうちはどのあたりなの?」


 その質問に、ようやく涙が落ち着いてきた彼女が、少し迷いつつも指をさした。


 それは私たちが先ほど追い払われた袴田さんのお宅だった。


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