第32話 不思議なオーラ

「あったな、これだ」


 話題を変えるように暁人さんが声を上げ、私たちに画面を見せた。やや粗い画像だったが、パッと一目見て分かる。コンクリートの地面に均一に引かれた白い線。やはり駐車場のようだ。


「駐車場っていうのは本当だったみたいですね」


「そうですね。中々広いですね、場所が場所なだけにあまり使われていないようですが。さて、問題は駐車場の前に何があったか、か」


 暁人さんはパソコンを手元に引き寄せ、また検索を始める。柊一さんがそれを眺めながら言う。


「前回はテレビ局からの依頼だったから、事前調査も済まされてたけど、個人相手じゃこうやって調べるところから始めなきゃいけないんだよね」


「ああ、確かに前回はそうでしたね……駐車場の前に何があったか、まで調べるんですか?」


「というのもね、何か不吉なことがあったとするでしょ。そこにすぐに家を建てたとしても、買い手がつかないことが想像できる。だったら一度、無難に駐車場とかにしておくんだ。そして噂が落ち着いたところで家を建てる、と。引っ越してくる人は前にあったのが駐車場だった、という情報を取ったところで止まっちゃって、それ以前まで深く調べないことが多いからね」


「な、なるほど……」


 感心するのと同時に、家を買うって用心しないと大変なことになってしまう場合もあるんだな、と怖くなった。そりゃ、そんな昔まで遡ることはしない方が多いだろう。『以前はずっと駐車場で、そこをつぶして家を建てて……』と説明されれば、そのまま購入してしまいそう。


 もし駐車場の前に恐ろしいことがあったとすれば、住み続けるのも気味が悪い。


「んー暁人が調べている間に、もう少し家を見てみようか。霊と遭遇しちゃうのが一番手っ取り早いからね。今はかくれんぼ中かなー」


 柊一さんが立ちあがりながらそう言ったのを聞いて、やっぱりプロは違うなあと苦笑いした。私とは度胸が違う。


「じゃあ、私も一緒に行きます」


「え? 怖くない?」


「怖いですけど、私は柊一さんの浄化係ですし」


 もし悪霊と遭遇して食べたら、私はすぐに彼に触れなくてはならない。それが唯一の仕事なのだから、出来るだけ柊一さんと行動を共にすべきだと思っている。


 彼は納得した。


「分かった、よろしく頼むね」


「廃ホテルよりずっと気持ちが楽ですよ……普通のおうちだし、昼間だし三石さんたちもいるし」


「だよねえ、あそこに比べたらね。でも、油断は禁物だよ。手、握っとく?」


 彼が大きな手を差し出したので固まった。そういう話を前もしていたが、まだ続いていたのか。手を握ってこの家の中を散策? 三石さんに見られたら、お前たち何をしに来たんだと呆れられそう。


 白い肌をじっと見つめ、小さく首を振った。


「やめときます……」


「だって僕と暁人は付き合ってないって分かったから、もう気遣う必要ないのに」


「そそ、そういう問題だけじゃないんです! 明るいし普通のおうちだし、私は大丈夫です。行きましょう!」


 柊一さんが下心とか全くないのは分かっているが、やはりこれだけ綺麗な男性と手なんか握っていられない。浄化の時はそれどころじゃないから意識してなかったけど、今は別だ。男性経験なんて豊富ではないし、さらにはこんなイケメン相手なんて、血圧が200ぐらいになって死んじゃう。


 柊一さんは残念そうに手を下げ、暁人さんに一言声を掛けると部屋から出たので、その背中を追って廊下に出てみる。


 光が差し込む明るい廊下は、霊が出る家だなんて思わせない。


「とりあえずぶらぶらっとしてみようか。二階で物音を聞いたり、女性を見たりしたって言ってたよね」


「そうでしたね」


「どこの部屋にも勝手に入っていいって許可は得てるから……」


 そう言いながら、すぐ近くの扉をためらいもなく開けた。ううん、入っていいと言われてはいるものの、私はちょっと心苦しいのだが、柊一さんは気にしていない。


 もう一つの子供部屋のようだった。ほぼ荷物置きのようで、本棚に漫画が並べてあったのと、段ボールが数個置いてある。広さは六帖ほどの洋室だ。大きなクローゼットも部屋の隅にあった。


 ぐるりと部屋全体を見回す柊一さんに、私は尋ねた。


「あの……家に入った瞬間、どこかピリッとしたようなオーラを感じたんです。あれってやっぱり、霊がたくさんいるからでしょうか」


 何気なく聞いたのだが、彼の表情が急に真面目になった。どこか鋭い眼光で辺りを観察している。


「そっか、遥さんも感じたんだね。勿論僕も暁人も感じたんだけど……あれは霊のせいとはまた違う」


「え? じゃあ何なんですか?」


「分からない」


 きっぱりと言って、考えるように腕を組む。


「よく分からないんだ、不思議な空気だった。今まで多くの現場に足を運んだけれど、初めて感じるものだった。悪霊がいるからとか、霊がたくさんいるからとかではない。ホテルでは感じなかったでしょ?」


「は、はい。柊一さんたちでも分からないことがあるんですか……」


「経験はそれなりに積んできたけど、まだまだ僕たちもひよっこだしね。何より、この世界は何が起こるか分からない。その場その場で事情も違うし、分からないことはたくさんあるんだよ」


 家に入ってしまった今は、あの不思議な感覚は感じない。もしかしたら、もう慣れてしまったのかもしれなかった。玄関に足を踏み入れた時は、つい動きを止めてしまうほど感じたというのに。


 てっきり、霊がいるとか、すごい悪霊がいるとかでああいう感覚になるのかと思っていたけれど、そうでもないのか。では、なんだったんだろう。


 考えながら部屋をゆっくり見ていると、急に背後が気になった。誰かに呼ばれたような、そんな感覚になったのだ。振り返ってみるとそこにあったのは、真っ白なクローゼットだった。


 両開きの結構広さのあるもので、傷一つない白い扉が眩しい。


 深く考えず、私はそこに手をかけ、扉を思い切り引いて開けた。


 中には半透明の衣装ケースや、大きな四角い籠に乱雑に入れられた小物などがある。小さな段ボールに入っているのは、パックご飯や缶詰など、非常食と見られる。


 何の変哲もないクローゼットの中に、やや拍子抜けして扉を閉めようとした。

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