第5話
次の日から、お昼休みや帰りにイスト卿が私の周りに現れるようになった。
彼の職場の宰相府は事務方で陛下の執務室の近くにある。
私たち侍女は職務中は担当部署にいるけれど、休憩や待機は使用人区域にいる。
王宮の中枢にいるような方が彷徨くはずのない場所で煌びやかなイスト卿が人を呼び出すから、話題集中。
「イスト伯爵よぉ~なんのご用かしら」
「見目麗しくも高圧的でも差別的でもない。素敵な方」
「でも噂ではお目当ての女性がいるらしいわよ」
「そんなァー」
「あの方のほうが日参してらっしゃるの?素敵ぃ、羨ましいわぁ」
人気者なのね。
侍女として仕事場では表情を崩さず、感情も出さないようにしている彼女たちが頬を染めてうっとりしている。
その中、私は「こっち来んな」と思っている。
そんな願い虚しく彼は私を見つけて、それはもう輝んばかりに笑顔になる。
「「「キャァアアア♡」」」
こっちは(ぎゃぁあああ)だわ!!
一緒にお茶をした日からほぼ毎日のように花束やケーキの詰め合わせを持って現れる。
私、他の令嬢や仕事仲間に消されるんじゃ!?
今のところいびられたりはないんだけど、あんなモテモテな人にプレゼントなんて貰ってたら絶対恐ろしいことになる。
「ねぇ、ヴィネア嬢、明日はデートに行かないか?」
「「「「「ッン!!ぎゃぁああああ!!」」」」」
イスト卿の言葉に聞き耳立てていた侍女たちが軒並み倒れた。
「え、何・・・?」
きょとんとその様子を見てるイスト卿、貴方のせいです。
「わぁ、誰か担架!!」
「ちょ。何があったんだ」
犯人はこの人です。
死因は眩し死です。
かろうじて意識が保てていた先輩たちが、私にイスト卿を連れて出ていけってアイコンタクト。
えー・・・。
「侍女たち、貧血?食堂のメニュー変えてもらったほうがいいね?」
鈍い!?
もし栄養足りてなくても外から買ってくるなり、休日にガッツリ食べに行ってますって。私も給料日にはガッツリ肉行きます。
裏庭の方になんとなく向かえば、イスト卿が手に持っていたお菓子の箱を渡してきた。
「お友達とどうぞ」
・・・レニーを餌付けしてどうする気なの。
「私は当分どなたかとお付き合いしたい気分じゃないんですって」
あんな場面みたら男なんて要らんって思ったって良いよね。
「まぁ今はお友達にしてくれたら十分だから、とにかくその心のうちに入れて欲しいな」
男友達ってどんな関係?どこまでなら普通の友達なのかしら?
「で、明日のデートなんだけど、隣町なんだよね。もちろん日帰りだよ」
さりげなくウィンクした。近くを通りかかったメイドたちがフラァっとしちゃってる。
イケメンってすごいね。
「なんで休み知ってるんですか・・・」
「ふふふ、内緒だよ」
結局なんだか断れなくて約束してしまった。
「じゃぁ明日迎えにくるね」
周りの視線が痛いからせめて外で待ち合わせしたい。
イスト卿はふわふわとした笑顔で近場にいた女性の頬を染めさせて去っていった。
彼女たちが正気に戻る前に慌てて部屋に帰ったよ。
着替えてぐったりしていたら、レニーがスキップで戻ってきた。
「話題の侍女~♫今どんな気持ち~☆」
「最悪だよ」
「えー?そうかな?ケツ丸出し男に浮気された女って思われてるより、高嶺の花のイスト伯爵に激しく求愛されてる女のほうが気持ちいいよ!」
そりゃあの場面を思い起こされるよりは・・・良い・のかな。
「わぁ!お菓子!?イスト今日マメだねぇ」
なんだかんだ受け取っちゃうのでお菓子の箱と花束が部屋から消えることがないよ。
「ねね、いただきましょ!」
可愛いクマのケーキを二人で食べながら、レニーがずっとイスト卿について語ってた。
ガチファンじゃん。
レニーには学生時代からので恋人がいて、長い春を満喫している。
私の事情と似て、さほど裕福ではない男爵家の次女の生まれで、恋人も後継ではないのでお互い将来のために、産休育休後の復帰が容易になるよう昇進しておきたいから。
「あぁ、高級な味がするわ」
高級な味って。
「アミリ、彼はまだ貴女の温度感を見て装飾品を贈ってきてないけど、このお菓子だってあの花束だって私たちの給金が吹っ飛ぶんだからね!」
ふぁぁあっっ!!!?!!
「やっぱり気付いて無かったのね」
「だってお菓子よ?」
「王都の一等地で今をトキメクあのラ・フラメルのショコラやクッキーは、並んでも買えないの!今乙女たちの間では下手な宝石より価値のある物よ!」
ええええ!!?
レニー、貴女バクバク食べてるじゃない。
ただ美味しそうだと思っていたショコラがカッティングされたダイヤのように煌めいて見えてきたわ。
こっわ!!!
「イスト伯爵ってどんな美しい令嬢に声をかけられてもスルーだし、腕を絡めようものなら振り払われて凍てつく視線で拒絶するって噂なのよ。それがこんな重い求愛行動をするなんて不思議よね!ギャップ萌え!!」
いや、とても怖いです。
「アミリってフロドのせいで男性不信ね。あんなの見たらそれも仕方ないけど、私はイスト伯爵って絶対大丈夫だと思うな~」
・・・ラ・フラメルの賄賂、強いね。
「ふぅ、しばらくは恋はいいわ」
「ダメよぉ~!アミリを狙ってる身の程知らずが踊っちゃうから早めに防波堤をつけないとぉ」
なんだそれ。
いずれ女官になる(つもりの)私の給金を当てにしたいとかかな。
「美人って自他共に認めるタイプと全くの無関心と差がありすぎない?」
「なん言ってんの?」
「もぉー!!」
なんだかんだお高いらしいお菓子は瞬く間に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます