通学路

「おーい、行くぞ」


「はーい!」


 着替えも終わり、朝食も終わり、少しのんびりしたらそれで準備完了だ。中学校は基本的に高校よりも登校時間が早いので、この距離に住んでいる高校生の中なら相当早い出発だろう。

 

 だが俺は中学生の頃から……いや、小学生のころからの流れで、登校は一緒に行くという俺たちの中の暗黙のルールの下、こうやって高校生になっても一緒に家を出る。


 ちなみに、今日は朝ひまりがこちらに来ていたからこっちの家から出たが、日によってはひまりの家に俺が出向くこともある。

 ただ最近はあっちの家に行くと「ひまりはいい子だろう?……なあ、君がもらってくれないか?」とか、何故か俺とひまりをくっつけてこようとするので少し居づらい。


 なんだか、あそこにずっといたら「はい」って言ってしまいそうになるんだよ……


「ひまり、忘れ物とかないよな?」


「多分大丈夫だよ。じゃ、いこっか」


 玄関から出て、鍵を閉める。そこから一歩道に出ると、すっかり冬らしくなった風が吹き付けてきた。


「ふーっ……寒いね」


「まあもう十一月も終わりだしな。少しずつ冬になってきた感じ」


 ちょっと前までつけていなかった手袋をつけたひまりは、中三の冬とは思えない落ち着き様だ。ひまりの志望校は俺と同じ高校。そして俺の高校は全国でもトップクラスである。そのため、この時期は俺も勉強漬けだったものだが……


 ひまりはすでに学力推薦という形で入試を終わらせている。推薦とは言えど、相当な倍率だったらしいが、特に勉強している様子を見ることがないまま「受かった」と言われてたまげた記憶が残っている。


「皆はもう受験なんだよね」


「ひまりはもう終わってるからな。どうなんだ? 楽?」


「楽は楽だけど、ちょっとさみしいかな。そんなに仲がいい友達が多いわけじゃないけど、その少ない友達も受験でばたばたしてるし」


 ほんの少し遠い目をしたひまりは、「よしっ!」と調子を戻したと思ったら突然にやりとして俺にくっついてきた。


「でもさ、和人さんのお陰で、そんなに寂しくないんだよ?」


「……そっか」


 素直に嬉しい言葉だ。ひまりが寂しくなったとき、それを受け止めてやるのも、年上の幼馴染としての使命だと思っているから。


「まあ、それならお前はその友達を支えてあげないとな」


「うん! 咲ちゃんも同じところを志望してるらしいし!」


「お、何だ。その友達って咲ちゃんのことか」


 咲ちゃんは、ひまりが小学生の時からの付き合いの友達だ。俺も偶にひまりの家にいるときなんかに会ったことがある。礼儀正しくて、毎回俺にも挨拶を返してくれる。

 何度か雑談を交わしたこともあるが、いい子だなあという感想が浮かんできた。あの子ならきっと、うちの学校でも合格できる可能性だってあるだろう。それに、来てくれたら嬉しい。


「受かってくれるといいなあ」


「うん。咲ちゃんすごく頑張ってるもん」


 ひまりは最近の咲ちゃんの様子を思い出してか、嬉しそうに顔を緩めた。友人を喜べるのは、ひまりのいいところだ。


「ひまりちゃん!」


 後ろから声が聞こえた。くるりと後ろを振り返ると、小柄な影が駆け寄ってきた。


「おはよ。咲ちゃん」

 

「うん、おはよう。お兄さんも、おはようございます」


「うん。受験勉強、頑張ってるみたいだね」


 咲ちゃんは俺の言葉に、少し恥ずかしそうにもじっとして、「それほどでもありませんよ。去年のお兄さんだって」と小さく笑った。


「実際去年はそれだけ勉強漬けだったからなあ。咲ちゃんもうちなんでしょ?」


「そうですね。先輩たちと同じ、金章学園を受験しようと思ってます」


「それなら、勉強したことが無駄になることはないから」


 金章は倍率だけでなく、問題の難しさにも定評がある。年によってはボーダーの点数が半分を切るほどだ。そのため、勉強すればするほど合格の可能性は上がってくる。だから去年は俺も詰め込めるだけ詰め込んだのだ。


「うん。大丈夫だよ! 咲ちゃんは和人さんより頑張ってるって! きっといけるよ!」


「あ、あはは……いけたら、いいなあ……」


 一瞬憂いを帯びたような顔を浮かべた咲ちゃんは、ひまりがそれに気がつく前に明るい顔で顔をあげた。


「まあ、きっと大丈夫! ひまりちゃんと、お兄さんと、同じ学校にきっと行って見せるから応援してくれたら嬉しいな。お兄さんも、よろしくお願いしますね!」


 普段より早口に言い切ると、「じゃあ少し急いでるので!」と走って中学校までの道のりを走っていった。


「……いつもあんな感じか?」


「うん……最近はね」


 ひまりは、ほんの少し寂しそうに笑った。

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