第26話 ゼストの怒り

 「……今日もいい天気だな」


 いつものように日が昇ると同時に目を覚ました俺は、外に出て庭で模擬刀を振る。

 ブラバスにいる時は日課だったので、何も思わなかったが……久々にやってみると数回で腕が悲鳴をあげそうになっていた。最近やっていなかったのがマズかったようだ。


 ちなみにプリメーラもこの屋敷の家主であるチェイサーもまだ夢の中のようだ。

 外へ出る時に数人のメイド達を見かけたので、主人の朝食の用意をしているのだろう。

 

 チェイサーの話によると、クレスタ王子を捕えることになった。

 原因は俺らがライカンスロープの長から話を聞いた通りのことである。


 だが、クレスタ王子の姿は王国内にはなく、昨日は兵たちが探したのだが見つからなかったという。

 彼の住んでいる屋敷にもいったが、彼が帰った様子はなかったようだ。


 今日も捜索が行われるようだが……。


 「……何も起きなければいいけどな」


 昨日の夜から胸騒ぎが止まらなかった。

 寝ればなくなるだろうと思っていたが、起きてもおさまることがなく、こうして久々に朝から剣を振っているわけだが。


 気がつけばそれなりに汗をかいていた。

 そろそろ朝食になりそうだし、そろそろプリメーラを起こすとしようか。


 屋敷の中に戻り、部屋に行こうとすると入り口で慌ただしい声が聞こえてきた。

 すぐに入り口へと向かうと、城の兵が立っていた。

 相当慌ててきたのか、息を切らして、少し項垂れていた。


 「どうしたんですか……?」


 声をかけると、兵はすぐに顔を上げると敬礼をしていた。


 「こ、これは勇者殿! おはようござい……ます!」


 息を整えながら兵士が話す。

 

 「すみませんが、チェスター様へ伝達がございまして……!」


 兵士が要件を告げると……


 「ふわっ……俺に何か用?」


 階段から情けない声が聞こえてきた。

 声のほうへ視線を向けると、欠伸を手で抑えながらゆっくりと階段を降りてくるチェスターの姿が。


 「……覇気がないな」

 「うるせー、こっちは夜遅くまで大変だったんだぞ! 仲良く乳繰り合ってたお前らとはちがうんだぞ!」


 俺の言葉にチェスターは子供のように両手をあげて気の抜けた声で叫んでいた。

 それを見ていた城の兵士は唖然としていたが、すぐに膝を床につける。


 「こんな早くくるってことは、見つかったのか?」

 

 すぐに真剣な表情になり、兵士に声をかけるチェイサー。


 「いえ、そちらはまだ捜索中になります……ここに参ったのは別のことで報告が!」

 「別の報告……?」


 チェイサーは不思議そうな顔で兵士を見ていた。


 「……ライカンスロープの集落が壊滅しました」


 兵士の言葉を聞いて俺はすぐに屋敷を飛び出そうとするが、チェイサーが俺の腕を掴む。


 「1人で行くのは危険だぞ」

 「……けど!」

 「俺も一緒に行く。もしかしたら兄さんもいるかもしれないしな……」

 「……わかった」


 ラファーガを取りに部屋の中に入ると、プリメーラが起きていた。

 どうやら、兵士の声で目が覚めたようだ。

 

 「……おはようゼスト、部屋の外が騒がしいみたいだが何があったのか?」


 プリメーラは眠たそうに目を擦っていた。

 

 「ライカンスロープの集落が壊滅したようだ……チェイサーと一緒に向かうがどうする?」


 話を聞いたプリメーラは目を大きく開けていた。


 「私も行こう……!」


 そう告げると、体を起こした。



 屋敷に留めていた馬車でウェルナー山脈への街道を駆けていくと数分で集落に着いたが、入り口で全員足を止めてしまう。


 「ひどいな……」


 真っ先に声を上げたのはチェイサーだった。

 集落にはライカンスロープたちの骸が無造作に倒れていた。

 辺りには彼らの体内から流れたであろう血の痕が黒くなっていた。


 集落全体には血の匂いと彼らの死骸から発生した腐臭が充満している。


 「……長は無事なのか!?」


 プリメーラは集落唯一の建物へと向かっていく。

 俺たちもそれに着いていく。


 中に入り、声をかけようとするも、すぐに状況を理解できた。


 建物の中には両断された長だった骸があった。

 すぐ傍には孫娘であるナディアの姿も……。

 

 「誰がこんなことを……!」


 俺は怒りで拳に力が入ってしまう。

 

 「う……うぅ……」


 俺の声に応えるかのように微かに声が聞こえてきた。


 「だ。だれ……」


 ナディアがゆっくりと体を起こす。


 「ナディア……! 無事だったのか!」


 プリメーラがすぐに彼女の元へいく。


 「みんなは……!?」


 ナディアはすぐ近くに倒れているのが、自分の祖父であることに気づくと口元を抑える。

 

 「ダメだ、見るな!」


 すぐにプリメーラがナディアを抱え込む。

 

 「一旦城へ戻ろう、マーク兄さんや父上に報告しないとな」

 「……その前にせめてみんなを弔ってやろう」


 このまま放置をして去るのは気が引けてしまう。

 いくら何でも惨すぎる……。

 

 「それなら私も手伝おう……チェイサー殿はこの子を連れて先に戻ってくれ」

 「わかった……2人ともヤバいと思ったらすぐに戻ってこいよ」


 小刻みに震えるナディアを抱き抱えながらチェイサーは外へと出ていく。

 チェイサーの姿が見えなくなると、俺は地面に向けて拳を叩きつけた。


 「誰がこんなことをしたんだよ……!」


 俺は怒りを抑えることができず、叫び出していた。


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【あとがき】

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