第8話 思いがけない船旅

 「……なぁ、プリメーラ」

 「わかってる、何も言うな」


 俺たちは同時に大きく息を吐き出した。


 それもそのはず……。

 俺とプリメーラがいる場所は客室でも最上級の場所。


 ——特等客室だ。


 部屋の中は船の中とは思えないぐらいの広さ、そして煌びやかな装飾品が置かれていた。


 「別に悪いことをしているわけじゃないんだ、ここは堂々と寛ごうじゃないか!」


 プリメーラは強張った表情のまま近くにあった椅子へと腰掛けていた。

 

 こうなった発端は数時間前と遡る。


 「次はドワーフが住んでいるゲンバラ大陸に行こうと思う」


 港エリアに向かう途中、プリメーラは次の行き先を決めていた。

 理由を聞くと、ドワーフは武器や鎧などの鍛治が得意な種族だと聞く。

 プリメーラの得意とする魔道具の開発にはドワーフの協力が必要だと話していた。


 「そうと決まったら定期船に乗り込もうじゃないか!」


 そして俺たちは定期船の受付へと足を運んだ。

 

 「あ、てめぇ!」


 そこにいたのは昨日の夜に、食堂で絡んできた船乗り。

 俺の顔を見るなり、睨みながら俺の目の前とやってきた。


 「おまえのせいでなぁ!!!!」


 大声を上げる船乗りの男。

 怒り心頭なのか、またもや大きな腕を振り上げて俺に殴りかかろうとしていた。


 「おい、ダットン! サボりじゃ飽き足らずまた人様に迷惑をかけようってのか!」


 受付の奥で建物全体が揺れそうなほどの大きな声が響き渡っていた。


 「げぇ……せ、船長!?」


 奥から姿を見せたのは目の前の船乗りよりも大きな体格の男だった。

 顔全体に真っ黒の髭を蓄え、体全体が筋肉で膨れ上がっている。

 

 また、背も高く、目の前に合わられると俺たちはこの男の影に覆われてしまっていた。

 

 「どうやら降格だけではまったく反省できないようだな」


 船長と呼ばれた男はダットンを見下ろしながら大きな指をポキポキと鳴らし始める。

 その様子を見ていたダットンの顔色は真っ青になっていった。


 「ま、真面目に仕事します! 失礼しやしたー!!!」


 怯える小動物のようにその場から走って出ていってしまった。


 「どうやら、あのバカが迷惑をかけたようだな、すまなかった」


 船長と呼ばれた男は被っていた白い帽子を取ると、俺たちに向けて頭を下げる。


 「あ、頭を上げてくれ! むしろ謝らなければいけないのは俺のほうだ」


 寸止めに失敗したとはいえ、気絶させてしまったのはこちらだし。


 「そもそも船乗りが酒に酔って一般市民に迷惑をかける自体許されないことだ、それに一発殴られた程度で気絶するなど船乗りとして情けないにもほどがある」


 そう告げた船長は頭を上げると、白い帽子を被る。


 「何やら定期船を探していたようだが、どこへ行こうとしているんだ?」

 「ゲンバラ大陸だ」


 プリメーラが答えると、船長は顎髭を摩る。


 「それならちょうどいい、これからそちらの方面に向けて出航するんだが、乗っていくか? もちろん金はいらんぞ」


 船長は豪快に笑いながら俺たちを見ていた。

 俺は申し訳ないかと思っていたが、隣にいたプリメーラがお願いすると言い始めた。

 

 「船はこの建物の奥にあるでけえ船だ! 船員には部屋まで案内させるように伝えておく!」


 そう告げた船長は奥の部屋へと帰っていった。

 

 ——すぐに船に行き、案内されたのがこの部屋だと言うことだ。

 ちなみに空いてる部屋はここしかなかったとか。

 事がうまく行きすぎて乾いた笑いが出てしまっていた。


 「ゼスト、こちらへ来てみろ!」


 声に反応して、椅子の方へと目を向けるがそこに座っていたプリメーラの姿はなかった。


 「こっちだ」


 探していると、プリメーラが部屋の奥からひょこっと顔を出して手招きをしていた。

 彼女の元へ向かうと、そこはバルコニーデッキ。

 そこから周囲を眺める事ができた。


 「いろんな大陸を船で渡ってきたが、ここまで大きい船は初めてだ」

 「ホントだ、一生にあるかないかだな」

 「たしかにな」

 

 フェンスに掴まりながら、辺りを見渡す。

 船はまだ出航していないため、ロナートを一望することができた。


 ——その先には微かにだが、ブラバスの城も。


 「ゼスト、船旅は初めてか?」

 

 プリメーラはバルコニーデッキに設置された白い椅子に腰掛けていた。

 

 「いや、1度だけあるよ……魔王を討伐の旅の時に」

 

 その時はロナートからではなく別の港町から。

 さすがにあの時は今みたいに観光気分に浸ることなどできなかったが。


 「それでは今回は楽しい船旅になりそうだな」

 「……できるならこんな形ではなく気分良く行きたかったけどな」


 そう言って俺はブラバスのある方を見る。

 今まで育った場所へ戻ることもできないと思うと少し気分沈んでくる。

 

 「理由はともあれ、せっかくの旅だ、思う存分楽しもうじゃないか!」


 プリメーラは満面な笑顔で俺を見ていた。


 「……そうだな」

 

 しばらくの間辺りを眺めていると船は汽笛を音を鳴らすと、ゆっくりと動き出していった。

 そして、少しずつロナートが小さくなっていき、気がつけば辺りは見渡す限りの海一面となっていった。


 「風が冷たくなってきたし、中に入るとしよう」

 

 言われてみれば肌寒くなってきた気がしてきたので、プリメーラと一緒に客室の中に戻る。


 「さてと、夕食は船長がご馳走をしてくれるそうだ、たしか海の男飯とか言っていたな」


 プリメーラは子供のように愉悦の表情を浮かべていた。

 

 だが、その直後。

 客室が大きく揺れ出す。


 「魔物だ! イカのバケモノがでやがった!!!!」


 船中に船乗りたちの叫び声が響き渡っていった。


 俺は再度バルコニーデッキに出て辺りを見渡すと船の先にウネウネと動く青い物体が見えていた。

 それと同時に船乗りたちの叫び声も……。

 すぐに中へ戻るとラファーガを手に取り、部屋を出ていった。


 「ゼスト!」

 「みんなを助けにいく!」


 船の揺れにバランスを崩しながらも甲板へと出ると、船頭に巨大な魔物が巻き付いていた。

 

 「この船は壊させないぞこのバケモノめ!!!」


 そのすぐ近くには船長がマスケット銃を手に魔物へと立ち向かっていた。

 それを見た俺は剣を構えて魔物のいる場所へと向かって走り始めた。


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【あとがき】

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