第46368話
村には数日前から結構な数の獣人の先祖たちが紛れ込んでいたらしい。祭りが終わると、村の人口も元に戻った。
僕とシルレインはルーダン城の小屋の一つで生活していた。ここは元々当直の兵士の休憩所だったようで、煮炊きをする場所もあり、生活に不自由する事はなかった。
「はあ。この小屋は器の小さいクローゼさまにはお似合いかもしれませんが、ミストルティン公爵家のご子息の住居としてはあんまりですわ。どこかに私宅をお持ちになっては如何でしょう」
だけどシルレインはそんな事を言う。うーん。寝起きする場所なんてここで十分だけど、海の近くに小屋でも持ってたら素敵かも?
「明日、ちょっと探しに行ってみようか」
さて。こういう話をすると決まって起きる事が一つある。
翌朝。どこで聞きつけたのか、レーニャは今回も城の門の前で待っていた。
「領主さま、おうちを探しに行くんでしょ? 何ならあたしんちに住んだらいいのに、そしたらいつでも交尾出来るよ! ……ニャッ!?」
「クローゼさまは! ミストルティン公爵家の方ですので!」
そしてシルレインが慌てて駆け寄って来てレーニャを追い払う、この、いつものやりとり……
何故レーニャは僕が出掛けるとなると、先回りして待っているのだろう? 僕はそれを不思議に思っていた。
それから数日後の夕食の時。
ふと立ち上がったシルレインが、鴨居に掛けてあった槍を取る。
「どうしたの、シルレイン?」
「……曲者!」
次の瞬間。シルレインはいきなり、槍で天井板を突いた!
「フニャーッ!?」
続いて天井裏でバタバタと音がする、シルレインは槍を引き抜き外へと飛び出す。僕も慌てて追い掛ける。
「あの、泥棒猫……!」
シルレインが槍を握りしめたまま、そう呻く。僕が見れたのは、生け垣を飛び越えて逃げて行くレーニャの後ろ姿だけだった。
「わたくしとした事がなんたる不覚。レーニャは今まで何度も私たちの会話を盗み聞きしていたのですわ」
レーニャは翌日、家の人に付き添われてルーダン城に出頭して来た。
「ごめんなさい領主さま。あたしどうしても領主さまのこと一番に知りたかったの、グスッ。嫌いにならないでぇ」
家の人に首の後ろをつままれたレーニャは背中を丸め、半べそをかいてそう言った。
「怪我がないみたいで良かったよ……あのねレーニャ、やっぱり君も城の兵士に、いや御庭番にならない? 天井裏に潜むんじゃなくて、堂々と来て欲しいし」
「クローゼさま、それは……!」
僕は、驚いて僕を見るシルレインに耳打ちする。
「何か月もシルレインに気づかれなかった凄腕の密偵だよ? きっと何かの役に立つんじゃないか」
「はあ……クローゼさまもワルでいらっしゃいますのね」
「あたし、なる! 領主さまの御庭番になるー!」
レーニャは喜び、飛び跳ねる。すごいなこの子、音もなく屋根の上まで跳べるじゃん、まるで忍者みたい。
†
祭りの後には村の宿屋にも空きが出来た。ルーダン城に泊まっていた都人のうち一家族は、宿の方に引っ越して行った。
残り二家族の方は、もうしばらくここに居たいと言う。
「構いませんよ、どうぞゆっくりして行って下さい」
実際、裕福な都人は結構な額のお金もくれた。これって賄賂になるのかしら?
城には地元の女の子兵士の他、元の守備兵もさらに4人ばかり戻って来た。彼らは別に駆け落ちで居なくなった訳ではなかったが、ちゃんと給料が出るなら出仕して働くと言ってくれた。
最初は僕とシルレインしか居なかったのに、ここも少しは城らしくなって来た。
人間の兵士は村だけでなく近所の集落へもパトロールに行く。魔物の出没情報があれば討伐にも行く。
地元からもポポロンを始めとする男の大人の獣人たちが名乗り出て、治安維持に協力してくれるようになった……ていうか祭りの後あたりから、みんなの僕に対する態度や行動がますます親密になった。
「おはようー領主さまぁぁ、領主さま大好きー!」
「領主どの! 朝飯は食ったか、まだだったら食べてけ!」
獣人たちは親愛をストレートに示す、みんなどこからでも抱き着いて来るし顔を舐められる事も多い、まあ可愛いからいいんだけど、僕はどうしてもちょっと照れる。
村に居ると本当に持ち物がいらない。使う物は何でも貸してくれるし手伝ってと言えばすぐに人手が集まる。
朝はポポロンたち獣人の漁師が食え食えと言って獲れたての魚で作った漁師料理を振る舞ってくれるし、昼時にはどこの家でも上がれ上がれと言われ昼食にご相伴させてもらえる。
疲れたらどこでも休めるし甘い果物が出て来るし誰かが楽器を弾きだしたりする、心地よい音に聞き入りながらつい昼寝をしてしまうと、女の子兵士が周りで警備をしてくれてたりして。
仕事もしている。漁師が欲しがってる物、市場で要る物を調べて交易商人に依頼をしたり、自分たちで工夫して用意したり。
獣人たちはそんな仕事に驚くほど感謝してくれる。
「クローゼさまは、最高の名君だよ!」
「領主さまあ、これからもずっとここに居てよね!」
僕は自分ではそんな大層な事をしているという自覚はない。ただ、みんなこうだったら便利だろうなぁ、という事を真面目にやっているだけだ。
でもそれがみんなの為になるなら、最高だな。
ああ。ここに来る前の僕は都から追放れた事に愕然としていたんだけど、あれは本当にとんでもない間違いだった。
ここは天国じゃないか。父は、エーリヒ公爵は本当はその事を知っていて僕をこの地に派遣してくれたのかな?
僕が天から授けられたスキルは『浄水』。これは水魔法の下位スキルで使い道と言えば毎日おいしい水が飲めるという程度のものだ。
だけど最近、このスキルが海水から天然塩を取り出すのにも使えると気づいた僕は、浜に入浜式塩田を作って塩作りを始めた。『浄水』の力で逆に水分を取り除く事で、最小限の燃料で良質の天日塩が作れるのだ。
出来た塩は村人たちに均等に配る。これもみんなとても喜んでくれる。
外れスキルと言われた『浄水』だけど、この村ではささやかながら人の役に立てるみたいだ。
一年中天気はいいし海は綺麗だし。ルーダン城に来て本当に良かった。シルレインには悪いけど、僕はずっとここに居たい、ここの領主を続けたい。
†
祭りから一か月程が過ぎたある日。レーニャが遠慮がちに僕に声を掛けて来た。
「あの……領主さま。ちょっといい? 気になる話を聞いちゃったの」
レーニャは都から来た人達の会話を盗聴していたという。僕はまずその事に注意をする。
「黙って盗み聴きはだめだよ、レーニャ」
「違うの、聞こえちゃったのよう」
レーニャが言うには、都人がこの村に来たのは何か恐ろしい理由があるかららしい。その秘密は、村人の安全にも関わる物かもしれないと。
この話を一緒に聞いていたシルレインは、眉を顰める。
「彼らがそれをクローゼさまにも隠していたというのは甚だ不誠実ですわ。私が行って詰問して参ります」
「待ってよシルレイン、僕が聞くから」
母屋に居た都人のおじさんは、シルレインの顔色がいつもと違うのを見て何かを察したのか、決まりが悪そうにうつむいていた。
「みなさんが都を離れた事には何か訳があるそうですね。その事を教えてはいただけませんか」
僕はシルレインとレーニャを立ち止まらせ、一人で近づく。
恰幅のいいおじさんは、背中を丸め、目を背けがちにして語りだす。
「それはその……そうですね、本当はすぐに話すべきでした。ここは都からうんと離れてますから、話も伝わっていないようですが……都では今、疫病が流行しているのです」
「疫病?」
「その事を話せば、私や子供たちもまた、ここから追い出されるのではないかと思って……実際私たちはここに来るまで、何度も途中の町を追い出されたのです、信じて下さい、私も家族も疫病にはかかっていません。ああ……かつては花の香りであふれていた王都は今では淀んだ溝と汚物の臭いに塗れ、市街には行き倒れた人々が弔われる事もなく放置され、荒みきった様相を呈しています。お願いします領主様、これからも私たちをここに置いて下さい、あの、お金ならまだありますし、きっともっと届けさせますから」
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