第27話 贈り物


 私は今、とても緊張している。

 メイと一緒に作った組紐ブレスレットが完成したので、ルシアンに渡しに行くところだから。


 別にこのプレゼントに特別な意味があるわけじゃない。

 ただ感謝の気持ちを伝えるだけ。それだけなんだから。

 でも、心を込めて作ったつもり。

 なんだかんだ良くしてくれる彼が、幸せでありますように、元気でいてくれますようにと。


 青と水色と黒の紐で編んだ、アーガイル模様の組紐。

 私にしては頑張った。メイも出来を褒めてくれた。

 でも、手作りを渡すのってやっぱり緊張するなあ……。重いと思われないかな。

 なんてことを悩んでいるうちに、祈りの間に着いた。

 私が神力を取り戻してきているから、今日からは私も神官たちのように祈りを捧げることになっている。

 祈りが終わったら渡そうと、小さな布の袋に入れたブレスレットをそっとポケットにしまった。


 扉を開けると、飾り気のない広い空間が目の前に現れる。

 真正面には祭壇と女神像。そこへと続く、青い絨毯。あるのはそれだけだった。

 祭壇の前に佇むルシアンは、いつもよりも神官らしいというか……清浄な空気を身にまとっているように見える。

 彼が私に気づいて振り返った。


「ようこそ。では、さっそく始めましょう」


「はい」


 彼の隣まで歩いていき、「どうすればいいですか?」と尋ねた。


「あの女神像に向かって祈ればいいだけです。女神像は各地の神殿の女神像とつながっていて、それらが祈りによる聖なる気を循環させるようにできています」


「そうなんですね」


「祈ればいいと言われてもよくわからないでしょうから、まずは私がやってみせます」


 そう言うと、ルシアンはその場に両膝をつき、少し頭を下げて額につくように両手を組んだ。

 祈りの言葉のようなものを言うでもなく、ただ静かに目をつむっている。

 そのきれいな横顔もあいまって、まるで一つの芸術品のようだと思った。ずっと見ていたいと思うような。

 私のそんな邪念を感じ取ったわけじゃないんだろうけど、ルシアンがふっと目を開けた。

 慌てて視線をそらす。


「ではやってみてください。膝をつくのがつらかったら、座ってもいいですよ」


「わかりました」


 ひとまず絨毯に膝をついて、彼がやっていたように両手を組んで額につける。

 祈り……どう祈ればいいんだろう。

 祈りは魔獣を遠ざけるんだよね? それなら、そう願えばいいのかな。


 ――この国が、平和でありますように。

 魔獣の脅威から、人々が守られますように。

 ルシアンのように……魔獣で家族を失う人が、これ以上いなくなりますように。


「オリヴィア!」


 強めに名前を呼ばれてびくっとする。

 な、なに、何か失敗した? 怒らせた!?

 でも、隣の彼は怒っているのではなく、焦っているように見えた。


「神力を使いすぎです」


「えっ……」


「自覚がないのですか。危険ですね……。急速に神力が回復したせいか、コントロールができていないようです」


「そうなんですか……」


 手を解いて、立ち上がる。


「そもそも、神力って使ってる感覚があまりないんですよね。どうすれば神力を使うことができるんですか?」


「聖女の力は“願い”と言われています。だから、強く願えばいい」


「願う……」


 たしかに、メイの傷を治すとき、強く願った。死なないで、傷が治ってと。

 とにかく願えばいいのかな。

 でもコントロールできてないってことは、神力を使いすぎてしまうこともあるってことだよね。気をつけないと。


「では、今日はこれまでにします。コントロールは少しずつ覚えていきましょう。一人で部屋まで戻れますか?」


「大丈夫です。近いし」


「わかりました。では」


 ルシアンが私に背を向ける。

 っと、ブレスレット!


「あの、ルシアン」


「はい?」


 彼が振り返る。


「えっとー、なんというか、巷で流行っているという組紐を、メイと試しに作ってみたんです」


「? はい」


「それで、その……なんだかんだお世話になっているルシアンに、よければ渡したいと……。いや、身に着けてほしいというわけでなく、引き出しとかにしまっておいてくれて全然いいんですけど」


 しどろもどろな私に、ルシアンが不思議そうな顔をする。


「……今お持ちなのですか? 見せていただけますか」


「は、はい」


 ポケットからリボンで結んだ小さな布袋を取り出し、彼に渡す。

 布袋から組紐を取り出した彼は、手の中のそれをじっと見下ろした。

 ひぇぇぇ、恥ずかしい。


「これを作るとき、どういう気持ちで作ったのですか?」


「どういう気持ち?」


 もしや迷惑だった!?

 その思考が顔に出ていたのか、ルシアンが「悪い意味ではありません」と付け加えた。


「えっと、いつもいろいろよくしてくれるルシアンへの感謝の気持ちと、ルシアンが元気でいてくれますように、という感じで」


「……この組紐から、強い祝福の力を感じます」


「え……そうなんですか……?」


 祝福って聖女の力の一つだよね?


「物にまで祝福の力を与えられるとは……」


 ルシアンは少し考え込むと、自分の手首に組紐を巻き付け、器用に片手で留めた。


「……身に着けるんですか?」


「いけませんか?」


「いえ、もちろんうれしいんですけど、その……素人が作ったものですし」


「上手にできていますよ。それに……」


 ルシアンが組紐ブレスレットに触れ、私を見つめる。

 彼の口元に、笑みが浮かんだ。


「私のことを思いながら作ってくれたのでしょう? それこそ、祝福の力が宿るほどに」


「そ、それは……そうなんですけど……」


 どうしてだろう。

 背中に変な汗が流れる。なんで私、緊張してるの?


「感謝します、オリヴィア。ありがたく頂戴しますね」


「は、はい、喜んでいただけて何よりです」


「では私はこれで」


 彼がそう言って再び背中を向けたので、緊張が解けてほっとする。

 そのタイミングを見計らったかのように、彼が私を振り返った。


「ちなみに」


 ルシアンが笑みを浮かべている。ちょっと意地の悪い、含みのある笑み。


「なんですか?」


「この組紐のブレスレット、市井では女性が恋い慕う相手に贈るのだそうです」


「えっ!!」


「あなたからの贈り物、確かに受け取りました。では」


 笑いを含んだ声でそう言って、ルシアンが出ていく。

 あれ、感謝の印って。

 メイーーー!?


 

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