逆張り王女と狼兵士
日々曖昧
第1話
この世には、『王道』という概念がある。
卵かけご飯には醤油、ホットケーキにはメープルシロップ、ヒーローのイメージカラーは赤、恋愛漫画のゴールはメインヒロイン。
そんな王道のあれこれは、『みんなに好かれる』から王道たりえる。
いや、難しい話はやめよう。
つまるところ、僕、コルト=バーニングのプロフィールはファンタジーものの語り手として王道ではない。
「次、コルト=バーニング」
「はっ、はい!」
僕はできるだけ大きな声で返事をして、部屋の中に入った。
王国に仕える兵士の端くれ、中でも国王の一人娘である彼女、モエハ=クライシスの側近を選ぶこの審査において、その『王道じゃなさ』は不利にしか働かない。
姫、というものはこぞって面のいい清潔感のある腕利きの兵士を好むものだから。それであわよくば二人で駆け落ち……なんてラブロマンスを妄想する生き物だから。
そう思っていた時期が、僕にもあった。
「へえ、半獣人で平民の生まれ、兵士ランクはCね……」
雪のような白髪にところどころ黒髪が混ざった独特な髪色のボブヘヤーをさらさらと揺らしながら、姫は僕の履歴書を読み上げる。その髪、どこの美容室で切ったらそうなる。
兵士ランク、というのは、我が国特有の兵士の実力を表す評価制度だ。腕力、魔法、そして気品、あらゆる兵士としての実力を加味してそれは定められ、王国兵士はAからEまでのランクに割り振りされる。
今回の側近審査において、Cランクの兵士というのは参加可能ランクの下限ギリギリとなる。
つい一週間前昇級したばかりの僕は、あくまで記念受験的にこの審査に臨んでいた。
頭の中は審査が終わったあとの残念会で予約した居酒屋のメニューでいっぱい。初手冷やしトマト、枝豆で徐々にボルテージを上げていって、最高潮のタイミングで鶏ももをタレで……。
「姫、次の兵士の審査をいたしましょう。この者は半獣人とはいえほとんど人と変わらない腕力しか持っていませんし、それに得意分野が魔法というのも、半獣人の長所をまるで生かせていません。まだ審査待ちの兵士は百人以上いますし、こんなところで時間を使うのは惜しいかと」
うるさいなあ。
姫の執事であり、かつてはこの国の名誉騎士でもあった白髪の老人、ワナバ=ルークスが僕のことを厄介者でも見るような目で扱う。
そんなこと、わざわざ言わなくてもわかってるよ。
自分が『王道』じゃないってことくらい。
「採用」
「はい?」
ワナバの間抜けな声が部屋に響く。
僕も同じ気持ちだったが。
今、採用だとか言わなかったかこの人。
「二度も言わせないで。この兵士に私は、採用と言ったの。……半獣人なのに魔法使い? 腕力は人並み? いいじゃない、いいじゃない、燃えるじゃないの。なんだかそのフワフワな尻尾も、室内犬みたいな耳も、見ればみるほど可愛らしく思えてくるわ」
「あ、あの……姫……?」
「審査は打ち切りよ。残りの人たちには帰ってもらって」
「……!」
ワナバはよほど事実を受け入れられないのか、口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
「どうせランクB以上の兵士なんて、教育の行き届いたいい子ちゃんしかいないわ。私昔から、ああいうハリボテの細マッチョみたいなの大嫌い。あんな量産型イケメン兵士と駆け落ちなんて、最後の晩餐にカレーライスを選ぶのと同義よ」
全然意味のわからない例えだ。
「……え、僕、受かったんですか?」
「ええい黙れ! 姫は今ご乱心中なだけだ! さっさと出ていけ!」
僕の声で我に返ったらしいワナバが、感情的に叫ぶ。
「いいえ、乱心などしていないわワナバ。そして出ていくのはあなたの方よ。側近兵士へのこれ以上の侮辱は私への直接的な侮辱と見なすわ」
「姫、ですが……」
「お父様〜! ワナバが私を侮辱してくるの〜! 処して〜! 打首獄門待ったなしなの〜!」
まるで子どものような茶目っ気のある声で、姫はそう声を上げる。
しかしワナバにとっては自分の処遇に関わる一大事。彼はすぐさま荷物をまとめ、部屋の出入口へと走った。
「出ていきます! すぐに!」
バタン! と勢いよく扉が締まる。
「……よろしい」
そして取り残された僕と姫。
この人、何考えてんだ。
選ばれた、という喜びより、戸惑いの方が何十倍も大きかった。
冷静に考えて僕を選ぶか?
悔しいが、ワナバの指摘は全て正しい。
半獣人といっても、少し再生能力が高いのと、常に飛び出している大きな尻尾、頭の上に生えたお飾りみたいな獣耳以外、僕はいたって普通の人間なのだ。獣人特有の身体能力を生かした肉体戦闘はこなせないし、小さなころ本屋の父親が冗談半分で読み聞かせてきた魔導書のせいで勝手に身についていた基礎魔法だけが取り柄の、何もないやつ。
それが僕だった。
「何を考えてるんだ姫は」
「合格したのって、さっきの狼もどきだよな?」
「あいつ魔法しか使えないらしいぜ」
「獣人なら獣人らしくしろっつの」
扉の外からは、不条理な審査の打ち切りを告げられたAランク、Bランクの諸先輩方の不平不満の声が聞こえてくる。
僕、後で殺されないかな。
「……あの、姫様」
「なあに、側近兵士さん」
あっ、もうそういう扱いなのね。
「なんで僕なんかを側近に選んでくださったんですか。自分で言うのもなんですけど、正直もっと適任がいるっていうか……その……」
「『僕なんか』なんて言うものじゃないわ。あんまりネガティブなことばかり口にすると、あっという間に自律神経が腐るわよ」
え、何?
気遣い、でいいんだよな?
「私ね、自分のセンスには絶対の自信を持ってるの。人の上に立つよう生まれてきた身だもの。誰がなんと言おうと関係ない、そういう人間としての芯は持ち合わせているつもりだわ。そしてそのセンスが、あなたを選べと言ってきた。これ以上に優先すべき判断材料があって?」
「え、あの……ないですかね、はは」
色々とおっしゃられたが、まとめると僕を選んだのは彼女の完全なる直感というわけだ。
彼女のシックス・センスに感謝するべきか恨むべきか、少なくとも今の僕には判断がつかない。
「じゃあ明日から朝十時半きっかりに私の部屋に来てちょうだい。今日は解散よ、疲れたわ」
「……朝十時半? そんなに遅くてよろしいのですか? 兵士の訓練でさえ朝の七時には始まりますが」
「いいのよ、私が起きれないから」
姫は謎のキメ顔をつくり、あっさりと言ってのける。
清々しいほど私的な理由だ。
「な、なるほど。では、今日のところはこれで」
なんだかわからないけれど、ひとまず考えをまとめる時間がほしい。
この姫が変人なのは十分わかった。わかり過ぎた。
「じゃあまた明日、コルト」
「え?」
今、僕の名前を読んだ?
一国の姫が、僕の名前を?
平民で、半獣人で、兵士ランクCで、何もない、僕のことを?
「何よその顔。また明日、と言っただけよ?」
「い、いえっ! じゃあ、また明日お迎えにあがります、姫様」
そう言って部屋を出た僕の心臓は、今まで感じたことのない高揚感に満ちていた。
そうだ、これはチャンスだ。
パッとしない僕の人生を変える、またとないチャンス。
「……逃すなよ、コルト」
城の長い廊下を歩きながら、僕は自分に言い聞かせるようにそう口にした。
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