第25話 目指す人は
本日全ての試合が終了し、観客の帰った会場は撤収を始めていた。
スカートとパーカーに着替えた舞が、リングの前の椅子に座っていたので、自販機で買って来たお茶を差しだした。
「応援してくれてありがとう。
ユキちゃんの声、ちゃんと聞こえてたよ」
お茶を受け取りながら、舞はにっこりと笑った。
それは良かった、と返して、俺もそっと隣の椅子に座る。
「……途中で、タオル投げようとしてごめんね」
殴られっぱなしの舞を見てられなかったのだ。タオルを投げ込めば、試合は棄権とみなされ強制的に終了する。
舞はお茶のペットボトルを両手で持ちながら首を横に振った。
「ううん、いいの。
心配してくれたんだよね」
黒髪を前に垂らして隠してはいるが、舞の頬は先ほどの死闘のせいで腫れてしまっている。
腕や足にも、ところどころ痛々しい青あざが出来ているし、腰にサポーターも巻いているようだ。
にこりと微笑むだけで、ほとんどの男が心奪われるような可愛らしい容姿をしているのに、何故こんなに暴力溢れる世界に身を置いているのだろう。
「……怖く、ないの?」
思わず聞いてしまった。
舞は一瞬、俺の問いにきょとんとしたが、すぐに質問の意図が分かったのだろう。
小さく頷くと、
「怖いよ、未だにリングに上がる時は足が震えるの。
情けないとは思ってるんだけど……」
「じゃあなんで女子プロになったの?」
単純な問いだ。
女の子はみんな花屋さんやケーキ屋さんを夢見なくてはいけない、などとは思わないが、少なからず暴力的な世界に身を置かなくてもいいだろう。
「……私、子供の頃は体が弱かったの。
よく朝礼で貧血で倒れたりする子っていたでしょ? それが私。
体育も良く見学していた。でも本当はみんなと一緒にプールの授業も受けたかったし、運動会も体育祭も頑張りたかったの」
瞳を伏せて、舞は静かに語る。
その優しい声を、ずっと聞いていたいと思う。
「親戚のお兄ちゃんにプロレス好きの人が居てね。
小学生の時に一度試合に連れて行ってもらったんだ。
最初は怖かったけど、でも、すぐに夢中になった。
細い腕から放たれる拳や、キレの良いキック、しなやかな筋肉。
そして輝くような笑顔。その時見た、
だから私は特訓したの。強い女になりたくて」
強くなる、というのは、なにも体を鍛えるということだけではないのだろう。
舞からは、華奢な少女からは想像できないような強い意志を感じる。
理想を持ち、それに向かいストイックに努力をしているその姿勢が、俺にはちっとも無いもので、どうしようもなく眩しく見えた。
と同時に、小さな劣等感が芽吹く。
「でも、こんなんじゃ一生彼氏なんてできないかもね」
ぺろ、と舌を出して舞が情けなく笑うので、
「その時は、」
俺が貰ってあげる、と言おうと思い、すぐさま口を閉じた。
「―――その時は一緒に、婚活しよう」
と言うと、舞はけらけらとお腹をかかえて笑った。
会場を閉めますよ、とスタッフに声をかけられ、二人して立ち上がり、事務所に勝ち星の報告をすべく歩き出した。
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