手合わせと記憶

「殿下。本当になさるのですか?」


「もちろんですわ。冗談でこんな練習場を独り占めはしません」


 アルトヴィア皇城内部の演習場。皇族が護身術や魔法を学ぶそこで、パメラはアレクシスと向かい合っていた。二人とも体を動かすためのトレーニングウェアを着用しており、練習場の中には二人だけだった。


 アレクシスは渋い様子を隠さなかった。見習いとはいえ騎士の自分が、幼い皇女を相手に剣を握っている状況が愉快なはずがないだろう。


 しかし、パメラは手にした剣を軽く振り回して見せた。


「問題ありません。魔法で筋力を強化するくらいは私もできますわよ」


「そんな問題ではありません。そもそも自分は未熟者を相手に手加減する方法を学んでいませんでした」


 未熟者のくせにむやみに剣を振るな。そのような意図を込めた言葉だった。


 パメラはそれを理解しながらニッコリ笑った。


「私を傷つけることは心配しないでください。今ここには私たち二人だけで、魔法で刃を防ぐつもりですの。たとえ怪我しても魔法で治癒することができますわ。誰にも言いません」


「殿下の魔法能力が不安……いいえ、それ以前の問題です。なぜ皇女殿下が急に自分と剣術の手合わせをされるのですか? 騎士を目指しているのですか?」


「いいえ、そんなことはないですの。ただ……貴方が剣を振り回す姿が見たいんですの」


「そもそも自分の剣術は騎士団の制式剣術です。他の騎士と変わらないです。そして姿をご覧になりたいなら傍で見守ってください。ご自身で手合わせをなさる必要は……」


「……います」


 パメラは真剣な顔でアレクシスを見た。アレクシスとしては初めて見た表情だった。まだ一回二回ほどしか会っていない間柄だから当然だろうが。


「不思議な記憶の中でアルラザールの記憶だけが比較的鮮明ですが……その中にもはっきりしたものと曖昧なものがありますの。後者の中でアルラザールと剣を突き合わせた記憶もあったんですわ」


「それを自分と再現するということですか?」


「その通りです。何か思い出すかもしれませんので」


 アレクシスはため息をつくのをかろうじて堪えた。表情に感情が表れてしまったが。


 パメラは彼の姿を見て苦笑いした。


「……迷惑ならやめますわ。ごめんなさい」


「いいえ、大丈夫です。殿下のご心のままに」


 アレクシスは姿勢をとった。


 彼はまだパメラをよく知らないが、彼女が頑固だということだけは理解した。今申し訳なさそうに見えても、後でまた変なことを要求してくるだろう。それなら今望むことを聞いてあげようという考えだった。


「お好きなタイミングで始めてくださいませ。自分は構いません」


「ありがとうございます。じゃあ――」


 パメラの体を魔法陣が覆った。


 魔法を発動するためには魔力で魔法陣を描き、その魔法陣に追加で魔力を供給するのが必要だ。その基本的なシーケンスそのものだったが、魔法陣の展開速度が並大抵ではなかった。少なくともアレクシスがこれまで見てきた騎士と比べても遜色がないほどだった。


「――行きますわ!」


 ――動作制御魔法〈剣術発現〉


 パメラが大地を蹴飛ばした瞬間、アレクシスはすぐに認識を変えた。


 突っ込んでくる保法も、風を切る刃も単なる初心者の動きではなかった。それが魔法で強化された身体能力と合わさり、アレクシスの予想を上回る速さで剣が振り回された。


 しかし、アレクシスの転換は早かった。予想以上の初撃をそれ以上の速度で防いだのだ。その上、初撃が防がれても引き続き剣を振り回し威嚇してくる攻勢をすべて剣で防ぎ、受け流した。彼の対処にはまだ余裕があった。


 でも彼は実はかなり心から驚いていた。


 自ら自慢はしないが、アレクシスは騎士団で天才と呼ばれている。生まれつきの身体能力も良く、剣術をはじめとする戦闘術の才能と吸収力もまたすごいレベルだったから。実際、騎士見習いである彼が本隊の正規騎士と模擬戦をして勝利したこともあった。


 手加減をしているとはいえ、ちょうど十一になったばかりの姫様がこれほどついてくるだけでも驚いた。


 この程度なら少し強く出てもいいだろう。


「ふぅっ!」


 アレクシスはパメラの剣を強く弾き、深く突っ込む形で足を押し込んだ。剣を振り回すのが不便な距離で体の身体能力と魔力の防御膜で相手を押し出す、身体能力と魔力の強さがあるからこそ可能な手だった。


 そう押し出してバランスを崩して剣を振り回した。パメラの首に向かって。


「一回終わったのですね」


 刃がパメラの首に届く直前に止まった。パメラは目を丸く開いていた。


 アレクシスはパメラが剣に触れそうになったことに驚いたと思ったが……彼女の頭の状況は違った。


「あ……あ、ああああ!?」


「殿下!?」


 パメラは突然頭をつかんで倒れた。アレクシスは驚いて片膝をついて彼女の状態を見た。


「殿下、どうしたのですか!?」


「あ、頭が……!」


「しっかりしてください!」


 アレクシスは魔法陣を描いた。苦痛を少し落ち着かせてくれる魔法だった。だが彼の適性は治癒系ではないせいで臨時方便にすぎなかった。


 彼は一瞬歯を食いしばった。


「殿下。医者を呼びます。すぐ……」


 その時、パメラがアレクシスの腕を握った。アレクシスは一瞬驚いた。だがパメラの表情は彼を制止しようとするのではなく、何かを思い浮かべながら慌てたような感じだった。


「……ティステ……?」


「ティステ? それは何ですか? 名前のようですが」


「……わかりません。急にその名前が浮かびましたわ」


「記憶を何かまた思い出したのですか?」


 パメラは頷いた。


「いくつかもっと浮かびました。その中にティステという名前があったんですけど……ご存知ですか?」


「ふむ……なんだか聞いたことがあるような感じですが……申し訳ございません。よくわかりません。それより御身のご調子はいかがですか?」


「もう大丈夫ですわ」


「確かですか? 診察を受けた方がいいと思いますが」


「後で自分でやりますわ」


 パメラはアレクシスの顔を見た。彼の顔は無表情に近かった。しかし、彼女は苦しそうな顔で目を伏せた。


「……ごめんなさい」


―――――


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