悪役補佐官に転生した俺と、ぐ~たら王女?

入江 郊外

第1話 廃人の転生

 俺は、近所に剣道場があった影響で、小中高の間、ひたすら剣道に打ち込んだ。


「面!!、胴!!」


 毎日毎日竹刀を握っては、手の豆がつぶれるほど朝から夜まで練習に打ち込んだ。練習が終わるころには夕日が照らす畳の上に倒れこむくらいに全身全霊を注いでいた。


 高校三年、制服を纏う学生生活においての集大成、最後の年。俺は地区大会、地方大会を順当に勝ち進み、高校生日本一を決める全国大会決勝まで行くことができた。

 

 インターハイ制覇まで、残すとこ一勝。それはもう目の前、最後の一試合、願う最後の一勝。優勝する!!という期待を胸に高鳴る鼓動と、響く声援、眩いほどの水銀灯。


 結論から言うと負けた。準優勝で終わった。全国二位という十二年間の集大成としては、不名誉な結果。


 俺以外の人は口を揃えて言っていた。


「準優勝おめでとう」と。


 俺が目指していたのは優勝、全国一位だ!


 無様な結果が尾を引くように、大学受験も失敗。

 ずるずるとトラウマじみた過去の不名誉な結果を抱えたまま、実家で浪人生活を過ごすこと、はや三年。

 家とバイト先の往復と、机の前で本を広げるも一つも身に入っていない受験勉強。

 なんの代わり映えのない同じルーティンの繰り返しの日々。


 生きるとは?自分の存在意義とは?

 日々自問自答する日々。


 同じことの繰り返しの単調な日々。落ちぶれた俺の人生でも退屈さは何一つ感じることがなかった。


 それは、数々のストラテジーゲームに出会ったからだった。特に自分が”王”になって、国の内政や外交、時には兵士を運用して戦争をするゲームは、自分の空白の時間を埋めるように、満たすように、四六時中プレイした。

 このゲームは世界でとても有名なゲームで同じジャンルでの知名度は桁が違うレベルで有名だ。全世界のプレイヤーは二千万人。オンライン対戦もすることができるが、

 基本はソロゲー。


 ソロゲーなのにこんなにも人を引き付ける魅力があって、世界中が熱狂するのか。

 答えは単純で、クリアした時点で世界中に名をとどろかせることができ、最初にクリアした人には一生食べていけるだけの賞金が与えられる。

 俺もすでに現時点での最高難易度はクリアできているが、最初にクリアした人にはなれなかった。


 時は訪れる。


 新規アップデートで最高難易度の追加が実施された。

 前回のアップデートの最速クリアは一か月だったけな。

 俺は迷うことなくバイトを無断欠勤し、パソコンの前に噛り付くようにプレイし、寝る間も惜しんで攻略に取り掛かった。


 寝る間も惜しみひたすらクリア手順を研究する日々、食べることさえも脳が必要とする糖分と、パソコンを操作するだけの最低限のカロリーだけにした。カロリーのオーバードーズは眠気を引き起こすし、毎時間一本は飲み切ってしまうエナジードリンクだけでも事足りていた。


 何回も何回もゲームオーバーを繰り返し、その度にゲームの中の自分、つまり王である自分は、幾度も命を落としている。


 あまりにも薄っぺらい”王という自分の命”を積み上げること一週間。


 そう、一週間経った時のことだった。


“あなたが一人目のクリア者です”


 ――は?マジかよ。俺が一人目?一番か!!


 華々しい高校生活で手にすることができなかった”一番”。 ニート生活を脱出できる一生食べていくだけの賞金よりも欲しかった一番、優勝。


 過去を上書きするくらいの喜びと達成感に満たされた俺は、今まで開けることがなかったカーテンを勢いよく開いた。

 太陽の光が部屋に差し込み、あまりの眩しさに俺は目をつむってしまう。後ろを振り開けると、何もかもが太陽の光で照らされ、暗闇に閉ざされていた今までの自分の世界がガラリと変わったような気分だった。


 さらにインターネット上では、最高難易度のクリア者が出たことによって、様々な言語で世界中のプレイヤーが、盛り上がっている。アップデートで最高難易度が実装される前の予想では、クリアに一か月くらいかかるのでは?と噂されていたので、盛り上がりは果てしない。


 俺は”最高難易度の完全攻略者”という地位と”インターネット上の名声”に、とてつもない充実感で満たされた。


 しかし、その代償は大きかった。


 視界がだんだんと狭くなっていき、目の前が暗くなり始める。

 さっきカーテンを開けたばかりのはずだったが……


 重力に引っ張られる感覚とともに、頭の中に鈍い音が響き渡る。

 足元から崩れるように床に倒れこんでしまった俺。わずかに残った視界で少し上を見上げると、自分の血液が付着したベッドの角が……


 俺はもう察していた。倒れた時にあそこに頭を打ち付けたのだと。

 薄れゆく意識の中で狭まる視界。わずかに残った視界もかすれてほぼ何も見えない。

 目の前に急速に広がる鮮明な赤をした自分の血液以外には。

 肌に感じる自分の血液の面積と比例するように、俺の意識は現実と遠ざかっていった。




 俺は完全に死んだと思った。最後の記憶でもある自分の血だまり。ドラマで見る殺人現場のような身に起きた惨劇を目にして、逆に死なないと思う人はいるのだろうか。素人が見てもあの量は確実に死ぬ。


 死んだはずの俺の目の前には、大きなフカフカのソファーと、ソファーに寝そべる金髪の少女。


「レルス~~、水のコップが空になった~~」


 金髪の少女は立派なドレスを身に纏っているにも関わらずに、目の前の机いっぱいにあるお菓子を、ソファーに寝そべり口の周りにお菓子の粉をつけながら、だらしなく食べていた。


「レルス~~、水がなくなった~~、ね~?聞こえてる?」

「え?俺?」


 彼女の青い目から放たれる視線は明らかに俺の方を向いている。

 俺はとりあえず急いで駆け寄り、机にあった水が入っているであろう銀色のポットのようなもので、コップに水を注いだ。


「ありがと~~」


 金髪の少女が目の前のお菓子に夢中になっている間に、俺は今の状況を整理することにした。

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