第十五話 急報


 夜の東京の町を、いつものように、彼女と哨戒していく。


「右。一硬級の赤ん坊を見つけた。琴森。タグ」

「はーい」


 俺の後ろに乗る琴森は、鑑別部隊の報告用電子機器を用い、俺たちが相手するまでもない下位の無機生命体のタグ付け、支部への送信を行っていく。逆に、タグ付けされた四硬級以降の中上位アルフは、近場のものであれば俺たちが対処する必要がある。


 指定され、攻撃命令が下った五硬級のアルフ。コンクリートの塀の一部となったそれを、バイクで徐行しながら、じっと見つめた。民家の一部だ。一刻も早く仕留めなければならないが、細心の注意を必要とする。


 一定距離を保ったまま、バイクを道の真ん中に、無機生命体と平行になるよう横に停めた。二人下車し、バイクのサドルを利用して、琴森が銃身を置く、依託射撃の準備を始める。


 可変式制服を戦闘状態のものに移行させ、裾にある宝石投与のボタンを押した。先ほど安曇さんの店で宝石を経口摂取していたからか、身体能力の明確な差を、注入する前と後で感じない。


 じっと、塀の中心を眺め続ける。奴らの、命の輝きが集う中央。どうやら、地表とのギリギリ。ブロックで言えば一番右下のものが、熱源のようだ。


 無機生命体は、こちらの不可解な動きに気づいている。前までは、レーザーポインターの照射を用い琴森に熱源の位置を知らせていたが、それに気づかないほど無機生命体は鈍感ではなかった。


 奴らの存在がバレる決定的な瞬間ではないとはいえ、命の危機を感じるくらいの勘はあるらしい。高硬級の無機生命体になればなるほど、知能は向上しており、即殺するためには、奴らの探知範囲外である、遠距離からの狙撃を必要とした。


「琴森。ポイントは分かったな」


「はい」


「お前のタイミングで撃て」


 琴森が、狙撃に集中するためすぅと息を吸った。アイアンサイトのそれで、よく狙える。スコープを使いたくならないのだろうか。


 翠色の右目が、奴の熱源を捉える。


 軽い射撃音の後、奴は確かに死んだと、命を失ったその身体を本能で感じ取った。琴森が装填した六硬級のシェリフライト弾は、確かに奴の熱源を撃ち抜いている。


「よし。琴森。良い調子だ」


「そうですね。この手順にも、随分と慣れてきました。ありがとうございます。冷泉さん」


「いや、これは琴森の射撃技能あってのものだ。誇ってくれ」


「いざというときに、冷泉さんが守ってくれるのが分かっているから、安心して、集中して撃てるんですよ?」


「……そう、か」


 あれだけ駆除に苦労する無機生命体が、俺と彼女の二人であれば、簡単に倒せてしまう。



 無機生命体の弱点。そしてその動きの始動を、見抜くことが出来る俺。

 類い稀な身体能力を持ち、圧倒的な精度の狙撃を可能とする琴森。



 お互いが選ばれたかのように、組み合わせられている。



「…………あ?」

「? どうしました? 冷泉さん?」


 宝石鑑別部隊から支給された仕事用の携帯が、ブルブルと震えている。バラバラに動くことが殆どの鑑別官たちの間に、殆ど交流はないし、連絡が来ることは珍しい。


 ポケットから取り出したスマホに表示されていた発信元は……前田豊和。東京唯一の十硬級鑑別官。


 十硬級鑑別官。別称、ダイアモンドとも呼ばれる、宝石鑑別部隊の、実働部隊である鑑別官の頂点。十硬級武装という、ほぼ全ての無機生命体を相手にすることが出来る超希少な武装の所持を許された、最強の鑑別官たち。確かな実力を持った、貴重な人員である。


 俺も、ダイアモンドになることを夢見る……そうなればきっとこの感情と停滞から決別できるんじゃないかって……思い、願い続けていた愚か者の一人だが、武装の希少性の都合上、十硬級鑑別官に成るには、その武装を自前で用意しなければならないことが殆どである。


 十硬級無機生命体という、完成された怪物を相手にし、勝利したことのある人員のみで構成された、人類の最精鋭。俺では遠く及ばない、圧倒的な戦闘技術と鑑別技術を持つ、全世界に分布する宝石鑑別部隊で、五百人といない役職持ちだ。


「……はい。こちら、冷泉八硬級鑑別官です」


「……ご苦労、冷泉。前田だ。今夜は、緊急の案件があり電話した」


 携帯から聞こえてきたのは、渋い、落ち着きを感じさせるハスキーボイスだ。現場での鑑別、戦闘、そして支部のリーダーとしての書類仕事など、多忙のダイアモンドが、電話を掛けてくることは滅多にない。 


「……港区の方に八硬級のアルフが発見された。東京支部にいる、私を含めた五人の鑑別官を招集する。そのうちの二人はお前たちだ。位置情報を送信するので、必ず来なさい。明日の夜、討伐を開始する」


「……八硬級⁉ 上位個体ですか……」


「九までは届きそうにないが、かといって七から上がりたてというわけでもなさそうだ。東京で上位と交戦するとなれば、私はお前を外したくない。冷泉八硬級鑑別」


 電話の内容は、琴森に聞かれていない。


 しかし俺の真剣な表情をバイクのサドルの上から眺める琴森は、心配そうにこちらを見ている。


 果たして、まだ配属から一月しか経っていない彼女を、実戦経験の乏しい彼女を、上位個体と交戦させても良いのか?


「どうした。冷泉」


「…………前田十硬級鑑別官。まだ新入りである、琴森四硬級鑑別官を、私は上位個体にぶつけたくありません。単独での参加を希望します」


 はっきりと口にしたその言葉を聞いて、琴森が目を大きくさせる。俺が言い放った文言は、彼女にとって不本意なものだったようだ。


「…………却下だ」


「しかし」


「確かに、並の新人であればお前の判断が正しい。しかし、その少女は別だ。東京に上位個体が出現した際、鑑別機関は彼女の戦闘参加を強く求めている。赤裸々に話すが、私の権限では不参加にすることは出来ない」


「なっ……⁉ 機関は、何故そのようなことを?」


「……お前も機関に振り回され面倒だとは思うが……必要な処置だそうだ。正直なところ、私もよく知らない。位置情報や参加する他の鑑別官の情報は、明日までには送る。では」


 ツーツー、と電話の切れる音が、物音一つしない深夜の世界の中で、俺の頭に酷く響いた。


 とりあえず、思考を整理しよう。そう考えて、バイクを再点火させ、発進する。すると、琴森が背中からビシビシと攻撃をしてきた。冗談ぽくやっているようで、彼女は本気で不満に思っている。


「……冷泉さん。私、邪魔ですか。私、冷泉さんとだったら、何にだって――」


「琴森!」


 彼女が続けようとした言葉を聞いて、バイクを急停止させる。道の路肩に止まり足を縁石に乗せた俺は、ヘルメットを外して、琴森の方をじっと見つめた。


「……お前はまだ新人だ。そして、今まで上手く行きすぎているものだから、無機生命体のことを……舐めている」


 思いの外、語気が強くなってしまった。今まで怒ることなんてなかったから、素直な琴森は驚いて、肩をビクッと震わせている。


 脅かしたいわけじゃないのに。


「……で、でも、私出来ます。冷泉さんだって、私の戦いぶりを見たことがあるでしょう? 私が、一番戦うのは上手くて――」


 ……この一ヶ月間。今まで、近接戦で無機生命体と交戦する機会もあった。彼女は回避が上手く、危なげなくその銃剣でアルフを撃破したのを覚えている。俺が十八の頃なんかより、ずっと出来て、何だったら今の俺よりもそのセンスを感じさせる天才的な戦いを見せて……


 鑑別機関は、彼女の戦闘参加を求めている。上位個体と交戦させることで、経験を積ませようという意図か。


 だが、それでも。


「……琴森。確かに、お前が戦えるのはそうだ。だけど……」


 彼女の方へ向き直って、両肩に手を置いた。きょとんとしてこちらを見上げる彼女は、俺の顔を見て、酷く驚いている。弱った、顔でもしているのか。


「七硬級以降……上位個体の無機生命体だけは……舐めないでくれ。奴らは今までの個体よりずっと生き汚くて、恐ろしく狡猾で、変異個体は特別な力を持っていて……ずっとずっと、危険だ」


 ……夜の帳が落ちた、この町で。彼女と俺の間に、払拭しがたい沈黙が残る。

 琴森の手のひらが、彼女の肩に乗せる俺の手に触れた。

 寒空の下。確かな温かさが、彼女の手から俺の手に伝っていく。


「……その、冷泉さん。ご、ごめんなさい。そんなに、冷泉さんが心配してると思わなくて……でも冷泉さんの言うとおり、私はまだまだ経験が足りなくて……知らなくて」


 思わず俯いていた顔を上げて、彼女の方を見る。


 俺の危惧が、恐怖が、思いが伝わったのかと思って見てみたのだけれど、その表情は、決意を感じさせるものだった。


「私は、戦うことでしか自分を証明できないから。こうやってしてくれるのは嬉しいけど、機関の人たちが言うみたいに、私は、戦わなきゃいけない」


 そこにあったのは、随分と大人びて見えた少女の、述懐だった。彼女の触れられざるところに触れたと言うか、今までお互いがお互いを隠そうとして、築き上げてきた張りぼての関係に、風穴が開いた気がする。


「……分かった。琴森。それに俺は……宝石鑑別部隊に所属する鑑別官だから、上の命令からは逆らえない。だけど」


「上位個体と交戦する際。もし危ないと思ったら、俺の視界の中からは出ないでくれ。見えていたら、必ず助け出す」


 彼女から目を逸らし、背中を見せて。愛車のハンドルを撫でながら、静かに口にした。


 後ろに乗る彼女を慮るような、緩やかな発進をする。俺の言葉に彼女は、俺の背を撫でて、返答してみせた。



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