トーキョージェムストーンズ <宝石の怪物を殺す俺は、エメラルドの少女に出会った>

七篠康晴

プロローグ

第一話 光行距離からのあなたへ


 煌びやかな宝石の虹彩こうさいが、会議室を埋め尽くしている。


 天井を見上げればそこには六角柱の結晶体が所狭しと並んでいて、床にはバラバラに砕け散りながらも、金属光沢を見せつける立方晶の残骸が散乱していた。


 山のように積み上がったその亡骸の上に立つ俺は、突き刺さった紅色の宝刀を抜き取り、ソフトケースへ仕舞いこむ。


 今夜は用事があるというのに、近場で出れる人間が自分だけだったものだから、こうして一人で戦い、その後処理に頭を悩ませるハメになっている。


 携帯を手に取って、支部へ応援の要請をし、そのついでに画面を覗き見て、時間を確認した。約束の時間まであと少し。彼女と会うのは、およそ三年ぶりのこととなる。


 ビルを駆け下り、前の道路に停めていたバイクに乗って、約束の場所へと向かう。



 ……あの日、もう存在しえない場所への妄執が、産声を上げた。


 二度と過ごすことの出来ない時間と、もう会えない亡くしてしまった人との居場所を探して、自分だけが彷徨い続けている。



 深夜。人工の明かりだけが残るビル群の狭間にて。無機物の獣どもを殺すための鉱刀を携え、上位の硬級を誇る可変式制服に身を包みながら、彼女を待った。


 冬の突き刺すような冷気が、贖罪を求める自分には心地良い。降り注ぐ月明かりは俺たちにとっての太陽で、濡れるようなその輝きは自分の半身とも言える愛車を照らしていた。


 サイドケースやトップケースには決して見られてはならない装備たちが収納されており、この東京の町の中。〝鑑別官〟として、今すぐにでも戦闘が可能な状態にある。


 その時。車がめったに通らない車道から、減速していくような、軽いエンジン音がした。チラリと視線を送った先には、ヘルメットを外す、ショートカットの、以前出会った時より更に修羅場を潜ったように見える女性がいる。


 クルーザータイプのバイクから下車する彼女は、短刀を収納しているであろう小さなケースを二本バイクに取り付けていて、その戦い方は以前から変わっていないのだな、と察する。彼女は連携がべらぼうに上手く、頼りになる仲間だった。


 彼女が上着を脱ぐ。

 制服に付けている、以前の物とは違う徽章が目についた。


 彼女の透き通るような声が、夜を切り裂く。


「……何時ぶりになるかな。見違えたよ、ソーイチロー。君の噂は遠く、海の向こう側の支部でもよく聞くんだ」


「…………お久しぶりです。日高ひだかさん」


 彼女の姿を直視しないようにと、俯きながら挨拶を返す。何時ぶりになるかな、なんていう挨拶をするためだけの陳腐な言葉に、自分でも信じられないほど、俺は苛立ってしまった。


 不可思議な静寂が、二人の間に残る。黙りこくるこちらの様子を伺う彼女が、しばらくして口を開いた。


「国際無機生命体鑑別機関における実働部隊……宝石鑑別部隊に所属し、異例の速度で叙勲を受け、昇級していく単独の鑑別官、冷泉惣一郎れいぜんそういちろう


「……いきなり、何ですか」


 目を逸らしていた俺は、鋭い視線を彼女に送る。


「君はまだこの町に残って、囚われているんだね。あの日々の残影に……」


「……! うるさいな、俺がどこで奴らを狩ろうとも、俺の勝手でしょう」


 顔を勢いよく振り上げ、睨むように真正面から見る。しかしそこに浮かべられていたのは、優しい、見守るようによく向けてくれていた、微笑だった。


「……ふふっ。昔の元気が出てきたね。妙な壁と距離を作って、少し悲しかったよ。ソーイチロー」


「……それで! 日高九硬級鑑別官。どのようなご用件でしょうか」


「うん。冷泉五……いや、冷泉八硬級鑑別官。君に、鑑別部隊からの命令ではない、それより上の……鑑別機関の方から命令が出たんだ」


「それで、何故、わざわざ日高さんが日本まで」


「確かに、オンラインでも良かったのかもしれないけど……これは、私のこだわり。だから、色んな人に無理なお願いして久しぶりにこの国に帰ってきたよ。まあ、すぐにアメリカに戻るけどね」


 後ろの方を向いて、彼女は海の向こう側の方角を見つめていた。

 ここに縛られている俺とは違って、彼女にはもう居場所がある。


「本部の方はこれ以上、ソーイチローを一人で遊ばせておくつもりはないようでさ。君にとうとう、新人がつくよ」


「は……? では、俺はこれから、ツ、ツーマンセルになると? 待ってください。宝石鑑別部隊は俺の部隊連携のパフォーマンスの低さと、単独時の圧倒的な戦績の良さを知っているはずです。人一人付けられるだけで、俺は凡庸な鑑別官に成り下がりますよ」


 人と組まされる、と聞いて、即座に否定した俺を、日高さんは宥める。


「それは、周りの無能な隊員の責任だよ? ソーイチローに適切な人員がつけば、君はもっと、宝石のように輝ける。それにそのデータっていうのは、私たちがいた東京第一鑑別小隊解散後のモノでしょ?」


「…………それでも、理解できません。どこも鑑別官不足だ。すでに上手くやっている俺一人に、わざわざ新人を付ける理由が、この東京に新たな人員を配置する理由が、分かりません」


「……やっぱり、成長するもんなんだね。あのときはなかった、視野の広さがある」


 にっこりと笑った彼女が近寄ってきて、俺の頭をくしゃくしゃに撫でてくる。


「ちょ、あ、やめてください! もう俺も、大人なんだから!」


「あ、ごめんごめん。ソーイチロー。それで、先ほどの疑問に関してなんだけど……実は君に、通常の配属ではない、その新人を君に付ける特別な理由があるんだ。その説明をするために、ハイパー忙しい上位鑑別官である私は、わざわざ海を渡ってまで君に伝えに来たんだけど……その理由を説明すべきかどうかで、すっごく悩んでいる」


 腕を組んであからさまに悩みこむような仕草を見せた彼女の視線は、俺から外れてはいない。


「私の独断ではあるけど……上には分からない、今、君に言うべきでない理由があると私だけが知っているんだ。この話を知ればきっと、君はなんとしてでも断ろうとするだろうし、計画に支障が出る」


 制服の胸ポケットをごそごそと漁った日高さんが、そこから何かを取り出して、俺にいきなり投げつけてきた。飛来するそれを右手でキャッチしてみると、そこにあったのは――――USBメモリ?


「そこで、こんなものを用意してみた。ここに、その計画、何故この命令が君に発令されたかが記されたデータがある。しかしそれらは複数のファイルに分けられていて、これを順番通りに、その時々のタイミングで開けてほしい」


 彼女が差し出してきた翠色のそれを、じっと見つめる。宝石製だ。間違っても破損などがすることはないように、比較的上位の硬級を持つもののように見える。


「……日高さん。俺がそれをすぐに全部開けてしまって、その断ってしまう理由を知ろうとするとは思わないんですか」


「確かに、私もそれは怖い。だから、ファイルのそれぞれにパスワードを設定した。後、ファイルをコピーしようとしたらそれを検知して、自動的に削除するから気をつけて」


「……その、パスワードってのは?」


「これから組む新人の子が知ってるよ。その子から聞くといい」


 宝石鑑別機関における本来のやり方とは違う、奇天烈な指示だ。しかし、この方法で間違いはないんだと日高さんは言う。


 彼女は、夜空に瞬く星々を見つめて、零すように言った。


「その新人は面白いよ。きっと何度も、ド肝を抜かれる。いつの日かの私みたいにね。でもそれと同時に、多くの疑問も抱くと思うの。けれど、それが何故なのかっていうのに納得しようとすれば、私の確信するある理由によって、君はこの任務を遂行できなくなる。だから、私はこれを作ったの」


 ……一体、どれほどの厄介事なのだろう。

 しかし上からの命令である以上、今は従う他ない。それに日高さんは……信頼できる、俺の姉のような人だから。彼女の気遣いを、無駄には出来ない。


「冷泉八硬級鑑別官、命令を受領します」


「……了解。数日後、その新人の女の子が東京にやってくる。だからその夜は、迎えに行ってあげてね?」


 ニッと笑みを浮かべた彼女が、人差し指を俺の口元に当てている。彼女はそのまま指先を、瞳のすぐ下へと当てた。



「上手くその眼を使って。ソーイチロー。それが君の最大の武器だから」



 ──まだ、俺の眼を信じているのか。


 彼女がバイクに跨がって、エンジンを始動する。彼女はこちらを見ていて、ニッと小悪魔的な笑みを浮かべた。


「ま、こんなふうに言ったけれど……実は君には、拒否権がある」


「……は?」


 ……なんて、ずるい。命令を受領すると言った以上、とりあえず拒否することはできなくなってしまった。


「まあ、そんな顔をしないでよ。期限を設けるから。そうだな……次、アメリカで起きる日食の日までにしておこう」


「……日食、ですか。そういえば、二か月後かそこいらに、あるらしいですね。では、それまでの間の、あくまでも一時的なパートナー、部下として考えておきます」


「うん。今はそれでいい」


 ヘルメットを被った彼女が、アクセルを吹かす。道の向こう側へ消えていく彼女を見送って、手に持ったUSBメモリを、じっと見つめていた。



 サイドミラー越しに、どこか不安げな表情をしている同僚の姿を見た彼女は、祝福するような笑みをヘルメットの下に浮かべる。


「どうか、彼がナンバーフォーに相応しい人になれますように。だからどうか、彼に一秒でも長い時間を。彼が目覚めるための、もう一度輝くための儀式を」


 煌々と輝く月白が彼らを見つめていた。あの白が太陽を喰らうときが……日食の日が近い。





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