第49話 裁判1


 ヴァレンティナが証人として呼ばれる少し前。


 開廷前から、法廷内の空気はすでに張り詰めた状態だった。


 二階にあるすべての傍聴席が人で埋まり、その眼差しはおもに法廷で向かい合うデュランとエドガーへ注がれていた。

 どのような展開になるのか一挙一動を見逃すまいとギラついた視線が注がれる中、裁判は今のところ問題なく進行している。


 冒頭手続が終わり、現在はエドガーが魔力持ちの平民の子供をブランシェット邸へ招いた経緯を説明している最中であった。


「子供たちを屋敷に招いたのは事実です。それは彼らの能力を評価してのことです。残念ながら、平民の間で生まれた魔力持ちの子供の多くは腫れ物扱いされ、酷いところでは迫害を受けるケースもあります。私はそんな彼らを不憫に思い、救いの手を差し伸べたにすぎません」


 エドガーの発言に傍聴席からは"自分も実情を耳にしたことがある、過去に使用人として屋敷に迎えた事例もあった"などと同調する声が囁かれた。


 デュランは周りの声を聞き流し、質問する。


「公爵邸に招かれた子供は命を落としているようだが、一体どれほど酷使すればそのようなことになるのだろうか」


「ご存知のとおり、平民出身の魔力持ちの子供は短命です。そして彼らは、自らの意思で屋敷に来ることを選びました。強制などはしておりません。彼らは幼くも勇敢な心で国へ貢献する道を選んだのです」


 まるで英雄譚のように語ってみせるその口ぶりに、デュランは眉をしかめた。


「子供の家族や親類はすべて不審死を遂げている。貴様のところの騎士も数名同時にいなくなっているな。このことについてどう思う?」


「公爵もご存知のとおり、自然災害による寒波の被害をすべて防ぐことができたわけではありません。彼らを助けられなかったことに責任がないとは言えません」



"けれど、ブランシェット公爵のおかげで大寒波の被害を最小限に抑えられたのでしょう?"

"異例の自然災害だったからな。素早い情報提供で難を逃れたと、他国から感謝の言葉も多数届いていると聞いたぞ"



「俺が言いたいのは、不正を隠すために口を封じたのではないかということだ!」


 蚊帳の外で囁く声をかき消すように、デュランは声量を上げ、質問を続ける。


「セレナというシスターが管理していた孤児院を知っているか?」


「もちろんです。かつて私の娘が生活していた場所です」


「その孤児院は夜盗に襲われ、誰一人助からなかったと聞く。そして建物は貴様が撤去させたらしいな?」


「まるで夜盗の襲撃が私の指示だったとでも仰りたいようですが、建物内部は想像を絶するほど凄惨なものだったと報告を受けました。万が一にも、娘の耳に入り、またその惨状を目にすることがないように撤去させたまでです。決して疚しい理由があったわけではありません」


 はっきりと否定されれば、証拠のないこの状況ではそれまでだ。だが、今はこのまま疑惑をぶつけ続けるだけでいい。そしてそれをエドガーに強く否定させる。強ければ強いほど、ひっくり返った時にその跳ね返りは大きなものとなるはずだ。


 今日まで何度も話し合いを重ねてきた。頭では理解しているものの、デュランの心の底で煮えたぎる感情はすでにギリギリのところまできていた。


「……貴様の発言は、果たして真実なのか?」


 デュランはエドガーを睨み、さらなる疑惑を持ちかける。


「近年、公爵は魔力の衰えが著しいと聞いた。ブランシェットを名乗る当主としての体裁を保つため、子供たちを魔力補填要員として利用し、足がつかぬよう都合の悪い情報をもつ者を人知れず処理したのではないか? 自然災害とは、ずいぶんと都合の良い言い訳だな」


「おっしゃるとおりです。私の魔力保有量は年々減少し続けております」


 あっさりと事実を認める発言に、周りからどよめきが起こった。本来なら当主の弱みが外部に漏れることは避けるべきである。しかし法廷という公の場で肯定したことで、ここにいる者はエドガーの発言に真摯的で信頼性の高さを感じることだろう。


「私はいわば先細りの当主でしょう。しかし、限りあることを悟っているからこそ、私は帝国の為に尽力してきたつもりです。それは皇帝陛下も認めてくださいました。そして今は私に代わり息子が多くの家業をこなしております。当主を引き継ぐ時も遠くはないでしょう」



"そうよ、ブランシェット公爵の功績は大きいわ! おかげで何年もかかると言われていた戦争も終結したのでしょう?"

"長年睨み合っていた隣国とも、良好な関係を築きはじめているらしいぞ"

"そうなると、今後交易も盛んになる。余りある貢献ぶりじゃないか"

"ベハティは戦争でしか国に役立てないから、その妬みなのではないのか?"



 またも傍聴席からエドガーの言葉に踊らされ、論点のずれた発言が囁かれる。


 そんななか、デュランは拳を強く握り締めていた。

 その手柄が本来なら誰のものであったか、今すぐ怒鳴りつけたい衝動に駆られていた。


「詭弁はおやめください。ブランシェット公爵」


 そこへ、よく通る声がその場を一掃する。発言者であるカーティスへ一気に視線が集まった。


 エドガーもカーティスを見つめ押し黙る。相対する親子に今度は疑問の囁き声が飛び交い始めた。



"あそこにいるのはブランシェット公爵の次男だろう? 何故ベハティ側についているんだ?"

"噂どおりの外見ね。恐ろしい……"

"優れているとのことだが、あの見た目だろう? はなから当主になれる資格などない。あの態度はその反抗心の表れじゃないのか?"



 デュランがその声に静かな殺気を込めた視線を送ると、誰もが顔をひきつらせ一斉に口を閉じた。法廷に静寂がおとずれる。


「ブランシェット公子、勝手な発言は控えていただこう」


 裁判長が軽く注意喚起する。

 失礼いたしました、とカーティスは表情を崩すことなく一礼した。


 緩みはじめていた法廷内の空気が再びピンと張り詰める。誰もが冷や汗を浮かべ押し黙る中、落ち着いた様子の裁判長が質疑応答を続けるよう促した。


 すました顔のカーティスを一瞥し、デュランはわずかに冷静さを取り戻すと質問を改める。


「先ほど公爵は子供たちを英雄のように語っていたが、それにしては随分と森の奥に墓を建てたものだな。墓参りが大変そうだ」


「あそこはブランシェットにとって聖域と言われております。安らかな眠りの場には相応しいと思ったのです」


「なるほど、むやみに人が立ち入れない場所に隠したというわけか」


「どのように捉えるかは人それぞれでしょう」


 べらべらとその汚い口はよく回るものだな。

 デュランは飄々と述べるその態度に「娘は死んだ」と嘘を語ったフロスト男爵が思い出されて嫌悪感に吐き気を覚えた。


「……貴様は、その遠く離れた場所に娘の墓を建てたのか」


今まで淡々と答えていたエドガーが、ピクリと反応を示した。


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