第43話 姉弟の再会


 隣の部屋で着替えだけ済ませたカーティスが、早足で戻ってきた。起きたばかりで食事もしていないようだし、時間を改めようとしたのだが早く話をしたいようだった。


「お待たせしてすみません」


「もっとゆっくりでいいんだよ?」


 向かいの椅子に座るカーティスにお茶を飲むよう勧めて、自分も口をつけて見せる。私に倣うように一口飲み、息をゆっくり吐き出すと静かにカップを置いた。


「……お決めになられたのですね」


「うん」


 前振りなく始まる会話に戸惑うことなく頷く。

 話を聞くまでは、これは自分とエドガーだけの問題だと思っていた。けれど、実際は多くの人が理不尽に巻き込まれていた。カーティスは悪くないと言ってくれたけど、みんなの為にも私にできることは果たさなくてはならない。


「エドガーの罪を立証できる証拠は残っているの?」


「証言はいくつかありますが、どれも疑惑の域を出ません。時間が経っていることもあり、当事者はすでに処理されています。言い逃れはいくらでもできるでしょう」


「確かな証言ができるのは私だけなんだね」


「……現状、そうなります」


 辛そうにうつむくカーティスに、私は立ち上がり側に寄り添うとそっと頬に触れた。


「カーティス、ありがとう。辛い真実から私を守ろうとしてくれて。ありがとう。すべてを打ち明けてくれて」


「姉さん……」


 今まで本当に辛い思いをしてきたのはカーティスだ。カーティスがいてくれたから私はこうして決断することができた。


 カーティスは頬に触れる私の手に自身の手を重ねる。微かに震える指先は冷たくなっていた。


「違います……俺はお礼を言われるような人間ではないんです。エドガーを裁くため、姉さんに辛い思いをさせると分かっていて、それでも真実を打ち明けた……」


 今にも泣きだしそうな赤い瞳が、子供のように私を見つめる。


「俺は姉さんよりも、エドガーを裁きたいという自分の気持ちを優先した、自分勝手で最低な人間なんです」


 何故そんなことを言うんだろう。本当に私の弟はどこまでも優しい。その優しさに甘えていた自分があまりにも情けない。


「失望しましたか?」


「いいえ」


 私は強く否定してカーティスを抱きしめる。


「悪いことを悪いと言えるのがカーティスだもん。私はそんな貴方の姉でいられて、すごく誇らしいよ」


 ふわふわで柔らかいカーティスの髪を優しく撫でる。久しぶりの懐かしい感触。カーティスはしばらく私にされるがままだったけど、やがて私の腕の中で困ったように笑う声が聞こえた。


「やっぱり、姉さんは俺の頭を撫でるのが好きなんですね」


「カーティスだって、私に頭を撫でられるの好きでしょう?」


 すかさず意地悪く聞き返せば、意外にもすぐに素直な頷きが返ってきた。


「はい、好きです」


 カーティスが顔を上げると、その頬はうっすら赤みを帯びていた。


「バレていましたか」


 恥ずかしそうに答える、その困ったような笑顔がとても愛おしく感じた。




 その後、昨日の夜から何も食べていないカーティスの為にメイドに軽めの軽食を持って来てもらい、二人で食事をすることになった。

 ソファに並んで座り、サンドイッチをパクつく私にカーティスは申し訳なさそうにしている。


「俺に合わせなくて良かったんですよ? 姉さんも昼食はまだだったんでしょう?」


「だってカーティスと同じものが食べたかったんだもん」


 ブランシェットにいた頃もこうやって二人だけでご飯を食べたことがあった。あの時はお弁当を持ってピクニックに行ったんだっけ。

 四人で食事をとることもあったけど、いつもブライアンが嫌味を言うので食べた気にならず、そのうち一人で食事をすることのほうが多くなった。


 当時は豪華な食事よりも、孤児院のみんなと囲む質素な食事のほうが美味しく感じたし何より楽しかった。やはり食事は好きな人とするほうが何倍も美味しく感じられる。


「ほら、カーティスも食べて? 美味しいよ!」


 カーティスの好きな具材がたっぷり挟まったサンドイッチをつまみ「あーん」と口に運ぶと恥ずかしそうにしながらも食べてくれる。やはり私の弟は世界で一番可愛い。


「ベハティ公爵にあとで咎められそうです」


「そうだね。いつもしっかり食べなさいって言われてるから」


 減っていた体重もだいぶ戻ってきたと思うのだが、デュランや周りのみんなからは、いまだにたくさん食べるように言われている。このサンドイッチも軽食とは言え、ふわっふわの高級パンにこれでもかと分厚いステーキ肉が挟まれていて結構なボリュームがあるのだが。


「いえ、そういう意味ではないのですが……」


 曖昧に笑うカーティスに私は首を傾げながら、あまりに不当なことを言われたら一緒に抗議してあげる!と、ここぞとばかりにお姉ちゃん面を発揮する。わだかまりがなくなった今、すっかりお姉ちゃんモードに突入した私はカーティスが可愛くてしょうがないのだ。


「そうだ! ねぇ、私ってカーティスと何か約束してた?」


「約束ですか?」


 以前見た夢の中で、幼いカーティスが私に何か約束をしてくれていた。夢だったけど、私の記憶が曖昧なだけであれはちゃんと現実であった過去の出来事だ。


 私がブルーローズの熱に浮かされ寝たきりだった時の話をすると、カーティスは当時の事を思い出してくれる。


「そういえば、あの時姉さんが『前にもこんなことあった?』と俺に聞いてきたんです。俺が看病されたことはありましたが、姉さんは何日も寝込むような病気に罹ったことはありませんでしたし……熱に浮かされていたので記憶が混乱しているのだと思いました。それから……」


 そこまで話して、少しだけ悲しそうな顔になる。


「『もし私が死んで、また生まれ変わることができたら必ず貴方に会いに行くから』……そう、言ったんです。どうして姉さんがそんなことを言い出すのか分からなくて、俺はそんな悲しいこと言わないでくださいと泣きながら思いました」


「そうだったんだね……」


 生まれ変わったら。

 それは私が一度生まれ変わってるから、前世でも同じように死んでしまったから、私はそんなこと言ったのかな?


 同じように……?


 前世での記憶を思い出そうとしていると、カーティスのハッとする声が聞こえた。


「そうです、そうでした……!」


 だんだんと昔の記憶が鮮明になってきたのか、高揚がカーティスの声に表れる。


「だから、俺は約束したんです。姉さんにそう言われて『俺が必ず姉さんを助けます』と。『だから、姉さんが生まれ変わるようなことにはなりません』と……約束とはこのことでしょうか?」


 追憶するような夢の中で、カーティスが必死に伝えてくれた約束。


「うん、そうだと思う。あの時はぼんやりしててほとんど覚えてなかったから」


「俺が変わりに覚えています。気になることがあれば思い出しますから言ってください」


 カーティスは昔から記憶力が良かった。私が座学や魔法を教えていた時も、覚えが早くて追い抜かれそうだった。


「俺は約束を守ることができませんでしたが、姉さんはずっと孤独だった俺を救いにこうして戻って来てくださった。約束を守ってくださいました。ありがとうございます」


「違うよ。助けられたのは私のほう。カーティスがいてくれたから、今の私がいるんだよ。カーティスは私のヒーローだね!」


「姉さん……」


 ずいぶん長く時間がかかってしまったけど、ようやくちゃんと姉弟としての再会を果たせた気がする。私はしみじみと感動に浸っていた。


「いや、ヒーローはどう考えても俺だろ」


 そんな中、突如として出現したのは、空気を読むことを知らない、いや知っていても端から読む気のないテオだった。いつの間にか私たちの真後ろに立っていたテオは、なにやら不機嫌そうにこちらを見下ろしている。


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