十三日目(晩)

空白の一週間。

久しぶりに地下鉄のホームに足を踏み入れる。

日中の仕事が忙しくて完全にアイツのことを忘れていた。

今晩は精神的にも体力的にも余裕があり、少しは構うヒマがある。

私は意気揚々と終電の車内に乗り込んだ。


「わあ⁉ 久しぶり、ほのか‼」


今回は秒で見つける。

長い足を組んで、座席に深々と座っていた。


「ほのか、ほのか、ほのか、ほのか~」

「何回も下の名前で呼ばないでください」

「一週間分呼んでみた~」

「キモッ」


会っていきなりテンションマックスだ。

一週間前に受けた傷はすっかり癒えていて、眉目秀麗で中性的な顔立ちが復活している。


「なんで、一週間も会ってくれなかったの~?」

「単純に仕事が忙しかったんです」

「なになに~? 殺人事件? それともウチに関わること?」

「言いません。守秘義務です」

「相変わらずお堅いな~」

「堅いのではなく、守るべきルールです」

「そんなルール破らない? ウチと一緒に自由になろうよ? 幸せになろうよ?」

「新手の宗教勧誘ですか?」


唇を尖らせて抱きつきに来ようとしたが、手加減なしで彼女の頭を引っ叩く。

コイツが相手なら多少の暴力は許されるだろう。


「ほのか、全然可愛くない」

「可愛くなくて結構。個人的に美人とかカッコイイって言われる方が嬉しいです」

「やっぱ可愛い」

「おい」

「あと面白い」

「アンタの細い首、捻り潰しますよ」


一週間のブランクを一切感じさせない無駄話の応酬。フレンドリーに会話を進めていく。


「昨日、新しい服買ったんだ~」

「そうなんですか」

「ちなみに、今着てるのがそう」

「へぇ~」

「反応うっす」

「可愛いと思いますよ」

「せめてこっち見てから感想言って欲しいな~」


踵を少し上げて、くるりと一回転。

真新しいデニムジャケットを優雅にヒラつかせ、引き締まった臀部を突き出す。


「汗臭い」

「えっ⁉」

「その染み、ひょっとして汗ですか?」

「げっ……」


デニムジャケットよりその下のスキニージーンズに目が行く。

何故か臀部の辺りだけ色が濃く、湿り気がある。見た感じ返り血ではなさそうだ。

珍しく吸血鬼は顔を赤らめ、突き出した臀部をすぐ引っ込めた。そして照れ臭そうに右手で頬をかく。


「実はこう見えて昔から汗っかきで……」

「吸血鬼は人より体温が高いんでしたっけ?」

「そうそう。それ‼」

「なら肌に密着する服、あんま着ない方がいいんじゃないですか。暑いし、染みるので」

「うぅ……」


いつも肌の血色が悪いのに、代謝が良いのは意外だ。

羞恥のせいか次々に脂汗が生成され、染みがじわじわ広がっていく。


「仕方ない。キミから貰ったハンカチで汗拭かせてもらうね?」

「それは……なんかやめてください」


可愛らしいポーチから私がプレゼントしたハンカチが出てきた。そのハンカチでお尻の汗を拭くのはいかがなものか……。使ってくれるのは有り難いが、ここではない。


「あと血拭くのもやめてください」

「じゃあ、どこで使えばいいの?」

「トイレ行った後とか」

「手にオシッコが付いてるかもよ」

「水で流したあとなら大丈夫です」


私の所有物じゃないのに、いちいち用途を指定するなんておかしな話だ。

つくづくコイツと喋っていると、調子が狂う。

私は吸血鬼の斜め前のシートに座った。


「誕生日いつですか?」

「もしかして、またプレゼントくれるの⁉」

「ちがいます」


何の気なしに訊いただけ。特に意味はない。

吸血鬼は満面の笑みで私の傍に近寄り、耳に手を当ててきた。


「十月三十一日♡」


コッソリ耳打ち。吐息混じりの声で教えてくれた。

鼓膜がムズムズして気持ち悪い。思わず背筋がピクッと動いてしまう。


「ハロウィンですか……」

「うふふっ。吸血鬼にピッタリでしょ~?」

「はぁ」

「去年は一人でドラキュラの格好して、シブヤのスクランブル交差点に行ったんだ~」

「吸血鬼が吸血鬼のコスプレとは大胆ですね。抵抗ないんですか?」

「べつに楽しいからいいじゃん‼」

「ほんと人生幸せそうで羨ましいです」


ハロウィンは私にとって修羅の祭典だ。毎年パトロールとか交通整理がクソ忙しくて死にそうになる。


「良かったら今年の誕生日会来る?」

「行きません」

「ウチと二人きりだよ?」

「なおさら行きません」


「ケチ」と年甲斐もなく頬を膨らませ、拗ねてしまった。

暫くそっぽを向いて口を閉ざす。


「アンタは子供ですか……?」

「永遠の子供ですが、何か?」

「何歳なんですか?」

「二十八ですが、何か?」


アラサーかよ。雰囲気的にもっと若く見えた。さすがは不老の吸血鬼だ。


“——次は○○~、○○~。終点です。出口は右側です”


今晩はただの世間話で終わった。世界一無駄な時間を過ごしたと思う。

吸血鬼は無邪気に「バイバイ」と手を振り、私は無の状態で手を振り返した。

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