第三話 大根・無能社員、さっそくミスをする
「ちょっと、青果の社員、誰かいる!?」
青いエプロンを着けたチェッカー主任が、オープンキッチンに怒鳴りこんできた。
「大根の値段、いくらなの!? POPは
チェッカーとは、レジ担当者のことだ。まるごとの大根やキャベツなど、バーコードをつけられない商品は、あらかじめシステム上の商品
パソコンの前に座っていた唐島主任はすぐに立ち上がり、チェッカー主任に頭をさげた。
「すみません。
「売価はしっかりチェックしてよね! お客さまに迷惑かけちゃったじゃない!」
肩を怒らせ、チェッカー主任がレジに戻っていく。レジは忙しいうえ、お客さまのクレームをダイレクトに受けやすい部門だ。そのため、チェッカーも気性の荒い社員が多い。
唐島主任は急いで商品マスタを開き、大根のプリセットを修正した。
他の商品のプリセットもひと通り確認してから、唐島主任はくるりとわたしの方を振り返った。
「今朝、プリセット登録したの、瓜生だよな?」
目が、めちゃくちゃ怒っている。わたしは、恐怖のあまり、こくこくとうなずくことしかできなかった。
「売価変更リスト、ちゃんと見てるのか?
怖い。怒鳴られたわけじゃないけど、蛇ににらまれたカエルみたいに、凍りついてしまう。
わたしはおどおどと答えた。
「すみません。ちゃんと見たつもりだったけど、抜けがあったのかも……。でも、高い値段なら、店が損しなくてよかっ……」
そう言いかけたところで、「バカ!」と怒声が飛んできた。思わずびくりと首をすくめる。
「間違えて安く売った方がまだマシだ。お客さまに損をさせれば、一気に信用を失う。おまえがやったのは、一番してはいけないミスだ」
主任はパソコンを指さしながら命じた。
「おまえ、もうすぐ二年次だろう。新入社員じゃあるまいし、
「は、はい!」
わたしは売り場に駆け出し、今日売価が変わった商品をかき集めた。
パソコンに社員番号を入力して画面を開く。ハンドスキャナーで商品のJANコードを読み取っては、表示される売価を確認していった。
すべてチェックし終え、ぐったりといすの背にもたれかかっていると、野菜担当のパートさんが近寄ってきた。
「大丈夫? お七ちゃん。ずいぶんきつく叱られてたけど」
キッチンにいるパートさんたちにも、怒られているのを聞かれていたのだ。情けなくて消え入りそうな気持ちになる。
「はい、大丈夫です。もともと、わたしのミスが原因ですから」
「誰だってミスくらいするんだから、あんなに怒らなくてもいいのにねえ。パワハラよ、パワハラ」
同意することも、否定することもできず、わたしは引きつり笑いを浮かべた。
わたしの味方をしてくれるのはありがたい。でも、正直いって、こういう悪口につながっていく流れは好きじゃなかった。
かといって、下手に唐島主任をかばうような発言をすれば、パートさんたちを敵に回して、面倒なことになる。わたしはなるべく波風立てず、ダイニングに異動するまでの日々をやり過ごしたいのだ。
反応に困っているうちに、他のパートさんも集まって、愚痴がはじまった。
「だいたい、唐島主任は厳しすぎるのよ」
「そうよ、ひとの心がないと思わない?」
うちのパートさんたち、働き者だし敵対しないひとには、とても優しい。一方で、新参者や気が合わないひとに対しては、めちゃくちゃ
その点、前任の西川さんは、パートさんたちの心をつかむのが上手かった。
イケメン高身長の体育会系。ちょっとオラついているところがかっこいいと、パートさん世代には人気があった。
土日祝日はスーパーにとってかき入れ時だというのに、西川さんはパートさんたちの休みの要望を「いいよ、いいよ」と
今の唐島主任は、シフトに関してもとても厳しい。
「小売業で、土日祝に休めると思わないでください」と、にべもない。
唐島主任は、仕事のスキルについても甘くなかった。
わたしがしょっちゅう怒られるのはもちろん、パートさんやバイトの子たちも、「品出しが雑だ」とか「ラップがけが遅い」と叱られる。
自分の娘のような年齢の主任に注意をされるのは、勤続年数の長いパートさんたちにとって、屈辱的なようだった。
パソコンの前から立ち上がって売り場を見やると、唐島主任が機敏な動きで品出しをしていた。彼女の四角四面の性格を表すように、ほうれん草も小松菜もびしっと美しく並べられている。
お客さまとすれちがうたび、主任は「いらっしゃいませ」と、にこやかに会釈をしていた。
さっきわたしに向けた般若のような形相と、あまりにも差がある。店内に流れるひな祭り向けのBGMと相まって、お客さまの目には「からし主任」が、優しい店員に映るのだろう。
唐島主任が着任してから、まだひと月たらず。
この調子で、彼女と一緒にやっていけるのだろうか。明日もあさっても怒られるのかと思うと、
一刻も早く、ダイニングに異動したい。最初から乗り気ではなかった青果部門が、ますます嫌いになりそうだった。
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