第18話 クラスのおとなしい娘:久御山桃菜の場合(その4)

「嬉しい……」


彼女はそう言って腕に力を込めた。

彼女のFカップはありそうなバストが、俺の身体に押し当てられる。

その柔らかく弾力のある感触に、俺の理性は爆発しそうだ。


「いつか、私とショウ君はこうなるって気がしてた……運命が繋がっているって)


(そうか、俺はここでこの娘と結ばれるのか。だから今まで、他の女の子とはHできなかったんだ)


彼女がそう言葉にすると、俺もなぜかそんな気がした。

そう思うと彼女が愛おしく感じられる。


「久御山さん……」


俺も彼女の身体に手を回す。


「桃菜って呼んで欲しい」


「桃菜……」


俺も両手に力を込める。

彼女の身体が、俺に会わせて弓なりにしなった。

桃菜が俺に手を回したまま、ゆっくりと後ろに体重をかける。

彼女の背後にあるのはベッドだ。


俺たちはそのままベッドの上に倒れ込んだ。

ベッドが柔らかく上下に振動する。

桃菜の目が真っ直ぐに俺を見た。


「私の全てをあげる。だからショウ君を私に頂戴。そして私だけを見て……」


その時だ。

上からドサドサと何かが落ちて来た。

落ちて来たのは本というか冊子だった。

ベッドの振動が伝わって、上の棚から落ちて来たのだ。


冊子の内の何冊かが、ベッドの上に開かれた。

無意識にソレが目に入った。

そこにはいかにも少女漫画らしい男が二人描かれている。

それも全裸で折り重なって……

そしてそのコマの二人の吹き出しには……


『三浦、俺はおまえの事が……』

『ショウ、何も言うな。俺たちの愛は認められなくても永遠なんだ』


…………ハァ?…………


そこに描かれているのはBLマンガ、そして二人の男子はどうやら俺と仲のいいサッカー部の三浦京也らしい。

別の開かれた一冊に目をやる。

そこには、やはり男が男の尻を抱えているイラストが描かれていた。

しかもそれらの冊子、どうやら自作のものだと思われる。


俺は目が点になった。

急速に下半身が冷えていく。


「どうしたの?」


俺の下で桃菜がそう聞いた。

そして俺が呆然と見ている視線の先を追って……


「きゃあ!」


彼女は叫び声を上げると慌てて反転して、開かれていた自作BL冊子を胸の下に隠した。


「見ないで! 見ないでぇ~~~っ!」


彼女が半分絶叫する。


(腐女子にBL好きが多いとは聞いていたけど……でもまさか俺が登場人物になっているとは……しかも三浦とか……)


流石に冷めた。

さっきまでの欲望も、一瞬にして凍り付いた感じだ。


彼女はベッドの上で、冊子に覆いかぶさったままだ。

そして「うっ、うっ」という微かな声を漏らす。

どうやら泣いているらしい。


「あ、あのさ、俺、全部は見てないから……」


全部は見ていない……つまりそれは一部は見ていると言う事だ。

慰めたつもりだったが、それは逆効果だったようだ。


「うわぁ~~~!」


桃菜はついに声を上げて泣き出した。


「そ、そんなに気にすることないよ。人の好みなんてそれぞれなんだし」


だが彼女はますます激しく泣きじゃくる。

俺はどうしていいか分からなくなっていた。

居たたまれない、というのはこの事か?


「じゃあ俺、帰るから。今日の事は誰にも言わないし、俺も気にしないから。久御山さんも気にしないで」


呼び方が『桃菜』から『久御山』に戻っていたが、今はそれどころではない。

泣いたままベッドから顔を上げようとしない桃菜を残して、俺は追い立てられるように彼女の家を出た。



(さすがにあれを見た後じゃヤル気になれないよな。記念すべき初Hにはムードがなさ過ぎる)


俺はそう思いながら、家に帰った。


「お帰りなさい!」


ドアを開けると、リビングから義妹の雪華が飛び出してくる。

明るい茶髪に完璧とまで言える顔立ち、そしてスラリとしながらも出る所は出ている見事なスタイル。

俺は雪華を見て、ドキッとしながらも、なぜか救われたような気分になった。


「ただいま、雪華」


そう言って玄関を上がると、雪華が近寄って来て匂いを嗅ぐ仕草をする。

途端に彼女の目が険しくなった。


「お兄様、今までどこに行っていたの?」


再び心臓がドキッと鳴った。


「別に、どこにも行ってないよ」


「でも、なんかいい匂いがするよ。女物の制汗剤みたいな……」


(す、鋭いな、コイツ)


だが俺は平静を装った。


「そうか? じゃあ電車の中で臭いが着いたのかもな。あと今日は本屋を何か所か回ったから、エレベーターとかかな?」


「本当かなぁ~、怪しいなぁ~」


訝し気な目をする雪華の頭を、俺はくしゃくしゃと乱暴に撫でた。


「怪しくなんかない。雪華が心配するような事は何もないよ」


俺はそう言って二階へ上がる階段に足をかけた。

雪華がまだ睨んでいたが、そこは気が付かないフリをする。



…………

「うぐっ、ふぐっ、ぐすっ」


久御山桃菜は、まだベッドに顔を埋めたまま泣いていた。


(よりによって、こんなタイミングで、しかもショウ君本人に見られるなんて……)


桃菜はBLが大好きだが、それが一般的な男子の好みに合っていない事は理解していた。

もちろんショウにその気がない事もだ。


(自分がBLの登場人物として扱われていたなんて、ショウ君はどう思っただろう)


「うう……もう死にたいよ……」


思わずそう声に出していた。

自分のマンガは面白いし、ネットに投稿したものもそれなりに人気がある。

だがそれでもショウに知られた、そして見られた事は恥ずかしくて仕方がない。


(もうショウ君の顔が見られない……)


そう思って落ちて来た自作BL冊子を投げ捨てようとした。

だが苦労して書いた自作品を投げ捨てるのは忍びなく、脇に放り投げるだけにした。


(学校、やめちゃおうかな……)


そんな考えさえ頭を過った。

だが……桃菜は突然、上体をガバッと引き起こした。


(いや、もうここまで見られたんだから、恥ずかしい事なんて何もない)


(ここで彼を諦めたら、私は恥ずかしい所を見られただけになる。それじゃあ今日の事も意味がない!)


実は紅茶を被って火傷したというのは演技なのだ。

本屋でショウと出会ったのは偶然だし、手持ちのお金がなかったことも事実だ。

だがそこでショウがお金を貸してくれると言った時、「これは二人きりになれるチャンスだ」と考えたのだ。

そして強引ながらもショウを自分の家に招き入れる事に成功した。


ショウがけっこうマンガやゲーム好きな事は知っていたので、その会話で二人の気持ちを近づける。

ショウが帰ろうとした所で、紅茶とケーキを出す。

そこでわざとこぼしたフリをして、紅茶が自分にかかるようにした。

よって元から火傷するような温度にはしていなかったのだ。


涙に濡れた顔を上げて、久御山桃菜は誓った。


(こうなったら、何が何でもショウ君の彼女になる! 私にはもう、失う物は何もないんだから!)


そう執念を燃やしたのであった。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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