第23話 悪夢の体現者、人呼んで《魔王》――その恐るべき初手とは――!

 先ほどまで奈子なこ氷雨ひさめがサッカー(袋詰めする方)を繰り広げていた二つのサッカー台の、中央に――その男は、降り立った。


 コーチたる晃一こういちにも匹敵する長身、されどその表情は常に不敵な笑みを湛え、全身から威風いふうがオーラとして立ち昇っているようにさえ見える。


 そんな謎の闖入者ちんにゅうしゃが、堂々と名乗りを上げた。



「クックック……我こそはサッカー界(袋詰めする方の)の闇に君臨せし、無敵の王者、万夫不当の怪腕、暗黒の帝王、人呼んで――

 ―――――《魔王》なり―――――!」



「そういうの自分で言っちゃうの、恥ずかしいとか無いんです?」


「クク、我は《魔王》ぞ――恥ずかしいとかそういう負の感情こそ、むしろ我が力となるのだ! だって我、《魔王》だからな――!」


「《魔王》って別に、そういう恥知らずの称号とかじゃないと思いますけど……」


 初対面でも割と容赦なくツッコんでいく。

 未来の《サッカーの女王》はそういうとこある。


 が、突然の《魔王》の襲来に、実況が驚愕の声を上げた。


『!? な、なんと、《魔王》とは、まさか、あのっ――!?』


『知ってるんですか実況さん』


『ええ、解説の澤北さん、聞いたことがあります……このサッカー界(袋詰めする方の)において、買い物終わりの人間にサッカー(袋詰めする方の)勝負を挑む、いわばストリートファイト形式があるのは周知の事実……! それを含む野良試合から、公式には認可されていない闇のサッカー大会(袋詰めする方)を圧倒的な実力で制してきた、恐るべき存在……誰が呼び始めたのか、その名も……《魔王》……!』


『そうなんですか、知らなかったです』


『ええ、その空恐ろしい異名の如く、手段を択ばぬ袋詰めを敢行し、相手を徹底的に叩き潰す実力者……フッ、この実況ジュンが神に一つだけ感謝することがあるとすれば、奴が敵じゃなかったことくらいだぜですよ……!』


『まあ実況は戦いませんからねぇ』


 何やら盛り上がっている様子の実況だが、奈子は遠い目をするばかりだ。


「……いやストリートファイト形式とか、主婦の人とかに絶対迷惑だから、やめてあげてくださいよ。〝えっなに? なんなの?〟ってなるでしょ絶対」


「ククク、甘いな栄海奈子よ――そこはサッカー選手(袋詰めする方の)個々人のスポーツマンシップとマナー、そしてエチケットの徹底によって成り立っているのだ! 事実、このストリートファイト形式で苦情等が来たことは一度もないのだからな! ハーッハッハッハ!」


「それどこに苦情を入れれば良いか分からないだけじゃないです? 私だってこんな変な競技があるなんて、数日前まで知りませんでしたし。……あとその言い分だと、《魔王》だかいうあなたもマナーとかしっかり守ってるってことなんです?」


「ククッ、ハッハッハ……片腹痛いわ! ハーッハッハッハァーッ!」


「笑って誤魔化してません?」


 相手が恐るべき《魔王》だろうと、容赦なくツッコんでいく奈子――だが実況は立て続けに、彼が介入してきた理由を推測して声を上げた。


『! そ、そういえば聞いた話では……《魔王》は別名〝大会荒らし〟の名もあるとかっ……決勝戦を制した選手の前に、突如として現れてはサッカー(袋詰め)勝負を挑み、そして勝利していく……更についた別名は〝乱入する系の隠しボス〟っ……つまりこれは、まさか、まさかっ……そういうことなのかぁーっ!?』


「別名、多くないです?」


 軽めにツッコむ奈子だが、《魔王》は構わず言い放つ。


「クックック……お察しの通りだ! さあ、栄海奈子――このサッカー大会(袋詰めする方)を制した貴様こそ、我が相手として相応ふさわしい――この《魔王》が直々に、貴様の未熟を思い知らせてくれる――!」


『なっ、なんとっ……なんとぉぉぉ! 伝説を生みながら終わりを迎えたかと思いきや、更なる極限試合バトルが待ち受けていたァァァーッ!? これは蛇足か? いなアァッ! これが本当の最高潮、ここが天下分け目の大合戦! 実況、不覚にもっ……テンション爆上がりでーーーーっす!!』


「フフッ、フハハハハッ! 盛り上がってきたではないか! さあ栄海奈子、今こそ雌雄を決する時! この《魔王》を打ち破れるというなら、破ってみせよ――!」


 実況の叫びを背に、驕慢きょうまんとさえ思える言葉を叩きつける《魔王》に、観客たちも大盛り上がりで『オオッオー♪』と高らかに歌う。


 対して、奈子は――この恐るべき乱入者を前に、奈子は、どうするのか。

 否、聞くまでもあるまい。数多あまたの実力者たちを打ち破り、このサッカー大会(袋詰めする方)を勝ち上がり、その身に誇りと気高さを背負う者ならば。


 その答えは、既に、決まっている。


 未来の《サッカーの女王》の答えは、決まっている―――!




「………えっ? いえ、お断りしますけど………」




「フハハッ―――えっ?」

『えっ』『でしょうねぇ』

『『『オオッ―――えっ?』』』



「いや逆に、何で勝負を受けると思ったんです? 解説の澤北さん以外の人達、そんなに疑問です? 特に実況さんと、《魔王》だとかの人ですよ」


 全く全然これっぽっちも思いもよらぬ奈子の答えだが、彼女の言葉は続く――結構キツめに、淡々と詰める感じで。


「そもそも大会に参加してもいないのに、決勝戦が終わってから急に乱入してきて、そこだけ勝って全部勝ちましたとか、虫が良すぎると思いません? ゲームじゃないんだから乱入とかないですよ。テンション上がってるのか知りませんけど、大会運営側の実況さんがそんなこと許して、良いわけないですよね?」


『アッアッ。そ、それは、そのっ……ソノトオリ、カモ……けほけほっ』


「ああもう、叫びすぎてまた喉を傷めてるじゃないですか、少しは気をつけてくださいってば。……あとさっきのほとんど、《魔王》だとかのあなたにも言ってますからね。いい加減にしないと、警備員さんとか呼びますよ?」


「……………………」


 奈子の言葉に、《魔王》沈黙――かと思いきや、すぐに異変は訪れた。


「クックック……愚かなり、栄海奈子――その程度の叱責しっせき、この我が今までにも受けてこなかったと思ったか? 甘いわっ! まあ詰められてる時かなり心臓バクバクいったし、今も背中にイヤな汗が流れているが――その程度、想定内! 我には策がある!」


「結構、効いちゃってるじゃないですか。それで策、って……会場の人を人質に取るとかですか? じゃあもう、いよいよ警察沙汰かな……」


「フッ、そのような他力に頼るわけがなかろう! 見よ、これこそが我が先制攻撃、誰もを震撼させる恐るべき初手―――とうっ!」


「え? ………きゃ、きゃあっ!? ちょ、なっ――!」


《魔王》の繰り出した恐るべき初手に、奈子も思わず驚き、悲鳴を上げる。


 それもそのはず、なぜならば――なぜならば、《魔王》は今――!



「――――お願いしますッ――――!!」



 土下座を―――土下座を、しているのだ―――!


《魔王》が。なんか、隠しボス的な雰囲気をかもしつつ現れた、《魔王》が。



 ―――土下座をしている―――!(大事なことなので二度)



 その恐るべき光景に、観客たちは……けれど口々に、感嘆の声を漏らした。


『何て……何て完成された土下座だ。左右の黄金比に、一切のブレがない……』

『土下座までの躊躇ちゅうちょの無さ、勢い……一体これまで、どれほど土下座を……!』

『何て恐ろしい才能……俺があの域に達したのは、恐らく二十代後半……!』

『美しい……これほどの芸術には、そうお目にかかれないでしょう……』


 まさかの称賛、中には涙を流している者もいる。悩みとか多いのかもしれない、共感してるのかな、カウンセリングとか受けるべきでは?


 さて、そうこうしている間にも、恐るべき《魔王》は―――


「お願いします! どうか、どうかっ……対戦、お願いしますッ!!」


「……い、いえ、あの、その……」


「勝負を受けてくれるまで、絶対にやめないス! どうかお願いしますっ……おね、おっ……オナシャス!」


「……だ、だから、あの……」


 この異常事態に、奈子も返事にきゅうしてしまう。



 その、恐るべき初手――繰り出されし《魔王》の土下座――


 まさかの土下座で一話終わるという、この悪夢の体現者を前に――果たして未来の《サッカーの女王》奈子は、如何いかなる答えを返すのか――!?

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