Sideレオンハルト 妹と親友と、二人の忘れ形見

 レオンハルトと妹のステラは、1つ違いの兄妹だ。

 ステラは身体が弱くあまり外では遊べない子供だったが、笑顔でいることが多かった。

 兄であるレオンハルトが、妹を気遣ってよく声をかけていたのも、ステラがそういられた理由の1つであるが……。

 最も大きかったのは、この兄妹の幼馴染で、レオンハルトの親友でもある伯爵家三男・ルークの存在だろう。

 レオンハルトと同い年だった彼は、少々やんちゃなところはあったが優しい性格をしており、ステラをよく笑わせてくれた。


「見てくださいお兄様! ルークが作ってくれたのです!」

「今度、ルークと一緒に街に行くんです! お兄様にお土産を買ってきてあげてもいいですよ」


 そういったことを話すステラは、いつも嬉しそうだった。

 幼馴染のルークがいたから、彼女は元気でいられたのだ。

 二人の間に恋心が芽生えたのがいつだったのかは、正確なところはレオンハルトにはわからない。いつしか彼らは惹かれ合い、結婚を望むようになっていた。

 公爵家の長女と伯爵家の三男という身分の差はあったものの、幼い頃からの仲のよさと、ステラの心を支えたことが評価され、二人はめでたく結婚。

 ルークが騎士団長であるレオンハルトの副官にまでなり、騎士として身を立てたことも、二人の結婚を後押しした。

 息子が生まれ子宝にも恵まれた彼らは、愛情たっぷりの幸せな家庭を築いていた。

 自身の妹と親友が夫婦となり、子をなしたのだ。レオンハルトも、度々三人の元に顔をだし、甥っ子のルカともよい関係を築いていた。


 しかし、ルカが4歳ほどになったころ。

 妹の家庭は壊れてしまった。

 大規模な魔物の討伐任務の際、ルークがレオンハルトを庇って戦死したのだ。

 レオンハルトは公爵家次期当主で、西方騎士団の団長。伯爵家三男である自分の命とを天秤にかけて、レオンハルトを生かすことを選んだのだろう。

 元々身体の弱かったステラは、愛する夫の死に心も体も耐えることができず。

 あなたのせいであの人は死んだのだと繰り返し、兄を拒みながら衰弱していき、夫の後を追うように亡くなった。

 残されたのは、まだ幼い二人の息子・ルカだけ。


 親友も妹も死なせてしまったレオンハルトは、自責の念に苛まれながらも二人の忘れ形見を育てようと考えた。

 しかし、それすらも叶わない。

 レオンハルトは、ルカに触れないように、近づけないようにと、ステラに呪いを残されてしまったのだ。

 ルカに触れると、じゅっと焼けるような痛みに襲われ、火傷によく似た痕が残る。

 これは呪いの症状で、ステラが兄を恨み、自分たちの子供に近づくなという強い念を抱いていた証拠でもあった。


 ルカを引き取ることを諦めたレオンハルトは、彼の父方の……親友・ルークの親戚筋の夫婦に甥を預けた。

 レオンハルトがアリアとの結婚後も度々外出していたのは、ルカの様子を見に行くためだったのだ。

 引き取り先は、温かい家庭だ。ルカは元気に過ごしている。今日この日まで、そう思っていた。

 しかし、仕事終わりにふと甥に会いに行ったレオンハルトが見たのは、高熱を出すルカを放置して浴びるように酒を飲む夫婦の姿だった。

 ぼろぼろの服を着せられて、汗を拭かれた形跡すらなく。苦しむルカは不潔なベッドの上に寝かされていた。

 これまでは、レオンハルトが毎回事前の約束を取り付けていたから。その時だけ、ルカの世話をしているように取り繕っていたのだ。


 今日はたまたまだ。いつもはちゃんと世話をしている。

 ルカのことは、自分たちの息子のように思っている。


 必死にそんな言い訳をする夫婦を前にして、レオンハルトの中でなにかが切れる音がした。

 気が付けば、呪いの影響で肌が焼けることにも構わずルカを抱き上げ、屋敷に連れ帰っていた。

 このあとのことも、最近結婚したばかりの妻のことも、妹に拒絶されていることも、頭から飛んで。ただただ、目の前で苦しむ甥をここから連れ出さねばと、必死だった。

 そうしてルカを連れ帰ってきて、呪いの件を妻に知られ、今に至る。



 どうやらあらかた薬を塗り終えたらしく、アリアは「よしっ!」と言いながら瓶の蓋を閉め始めた。


「終わりました!」


 胸を張る彼女は得意げで、なにがそんなに嬉しいのだと呆れそうになる。

 まあ、かなり強引ではあったが、手当てをしてもらえて助かったことには違いない。

 レオンハルトの火傷痕は、胸部、腹部、腕とルカに触れていた部分全てに広がっており、自力で対応しきるのは少々困難だったのだ。


「……手当て、助かった」


 だから、ここは素直に礼を言ったのだが。

 アリアはぽかんとした後、


「旦那様って、お礼なんて言えたんですね……」

「……」


 と、なにか恐ろしいものでも見たようにこんなことを言ってくる。

 妻の中の自分は、一体どんなイメージになっているのだろう。

 礼すら言えない嫌な男だとでも思われているのだろうか。そう考えたあとで、これまでの自らの態度を思い返し、それも仕方がないかもしれないとため息をついた。


 そのあとは、呪いのことは誰にも話さないで欲しいと彼女にお願いをしてみたのだが……。


「わかりました!」


 と笑顔で元気に返された。


(本当に、わかっているのか……?)


 少々心配だが、「わかった」という彼女の言葉を信じるほかない。


 今日のレオンハルトの気分は最悪だった。

 信じて甥を預けた夫婦が、虐待まがいのことをしていたと判明したのだ。

 大事な甥は、高熱を出して苦しんでいる。

 けれど、強引で、世話焼きで、無理やり男の服を脱がせるような妻に手当てをされたあとの今は。

 少しだけ、気持ちが上向いたような気がしていた。

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