新たな生活の幕開けに、初夜を拒まれて

 顔合わせから挙式後まで、アリアは夫となるレオンハルトのことを「素敵な人」「紳士だわ!」なんて風に思っていた。

 それと同時に、どうしてこんな人が自分に結婚を申し込んだのだろう、とも感じていた。

 レオンハルトは、アリアより少々年上の25歳。公爵家の嫡男であることを考えると、結婚の時期はやや遅い。

 地位や職位はあらゆる女性が目を輝かせるようなもので、見目も大変よい。

 どう考えたって、相手など選び放題だ。

 そんな彼が没落伯爵家の娘に結婚を申し込む理由なんて、皆目見当がつかない。


(冷たい人って噂もあったから、そのせいで女性に逃げられるのかとも思ったけど、紳士だし……)


 実家の援助をしてくれると言うから二つ返事で受けたものの、本当に謎の結婚だった。

 しかし、式を終えて馬車の中で二人きりになったあと。アリアは彼への評価を「嫌な男」に変更せざるを得ない状況になっていた。

 向かい側に座る彼は、移動し始めてそれなりの時間が経った今も不機嫌そうだ。


「だ、旦那さまー……?」


 伺うようにもう一度声をかけてみると、やはり、はあ、とそれはもう嫌な感じにため息を返される。


(なに……!? 急になんなの、この人!)


 アリアの戸惑いや怒りを感じ取ったのか、レオンハルトはようやく目を開ける。

 冷たいアイスブルーの瞳がアリアに向けられた。


「……ちょうど二人きりだから、勘違いしないよう初めに言っておく」

「は、はい」


 アリアに話しかける今も、腕を組み、足を開く偉そうな姿勢は変わらない。


「結婚は王命によるもので、相手を決めたのも俺ではない。……義務として子は作ることになるだろうが、それだけだ。きみに、それ以上のことは望んでいない」


 レオンハルトがアリアに向ける目も言葉も、それはもう冷え切っている。

 騎士団長でもある彼が放つ冷徹さと威圧感のせいで、アリアの喉がひゅっと鳴る。

 同じ部屋にいると体感気温が下がるという噂は、本当だったようだ。

 あまりにも一方的すぎる内容に、アリアは「え、あの」とうろたえることしかできない。

 そんなやりとりをしているうちに、馬車が停まる。どうやら、これからともに住む公爵家のお屋敷に到着したようだ。

 御者が馬車の扉を開けると、レオンハルトは新婚の妻をエスコートすることもなく、自分ひとりだけ馬車からおりていく。

 その途中、座ったままのアリアのほうを振り向いて、


「……だから、きみも俺になにも期待するな。夫婦の愛などもってのほかだ」


 こんな言葉を残していった。

 呆然とするアリアだったが、すぐにハッとして馬車をおりる。

 新婚初日に思いっきり突き放された妻は、夫を追いかけながら思う。


(冷徹男って、本当だったっぽい……!)


 アリア・アデール改めアリア・ブラントの新しい生活の始まりは、散々なものだった。

 夫はこんな態度であるが、屋敷の使用人たちはアリアを奥様として迎えてくれた。

 レオンハルトに追いついて並んで屋敷に入れば、玄関には使用人がずらっと並んでお出迎え。

 夕食も、二人しかいないというのに広いダイニングを使い、そばには使用人が控えている。食事の内容も豪勢だ。こんな料理、実家では誕生日にすら食べることはできなかった。

 さらには着替えや入浴の世話までされて、身の回りのことを自身でこなしてきたアリアは少々恥ずかしくなってしまう。

 バスタブに浸かった状態で侍女に髪や身体を洗われながら、アリアはレオンハルトに告げられた言葉を思い返していた。


(義務として子は作るってことは……。初夜はあるのよね……?)


 嫌々であることは態度からにじみ出ていたが、彼はたしかにそう言った。

 つまり、夫婦の営みを行う意思はある、ということだ。

 貴族同士の結婚であれば、結婚したその日に夫婦の契りを――身体を繋げるのがこの国では一般的だ。

 だから、レオンハルトもおそらくそのつもりでいるだろう。

 そう考えると、肌や髪を磨かれているこの状況が、料理提供前の味付けや下準備のように思えてくる。


(恥ずかしいけど……。妻になったからには、これも私の仕事よね!)


 髪にオイルを揉みこまれながら、アリアはそう意気込んだ。

 相手は冷徹男だが、夫であることには違いない。次期公爵の妻となったアリアは、血筋を残すという己の務めを果たすべきなのだ。

 貴族同士の結婚という時点で、アリアだって当然覚悟している。恥ずかしいから無理です! なんて言っている場合ではなかった。


 身体を清められたアリアは、使用人から教えてもらった夫の寝室へと向かう。

 勇気を出してノックして、「アリアです」と名乗ると、やや間を開けてから扉が開く。

 もう休むつもりだったようで、レオンハルトも寝衣に着替えている。


「……なんの用だ」


 なんの用だって、新婚初日に妻が夫の寝室を訪ねたとあっては、用は1つしかないも同然だ。

 いちいち聞かないでくれません!? と思いながらも、アリアは恥ずかしさから頬を染めつつ高い位置にある夫の顔を見上げる。


「なにって、しょ、初夜を……」


 年下の新妻、必死のお誘いであった。しかし、7つ下の妻の上目遣いを受けた夫はといえば。


「そうか。必要ない。自分の部屋に戻れ」


 無情にもそう言い切って、ばたんとドアをしめてしまった。

 アリアは一人、廊下に残される。呆気にとられながらももう一度ノックしてみるが、以降、レオンハルトからの返事はなかった。

 どういうことよ! と部屋に突撃してやろうかと思ったものの、鍵まで閉められており。

 アリアは結婚して初めての夜を、自身に与えられた部屋で一人過ごすことになるのだった。

 こんな扱いだが、寝具は最高級のものが用意されていた。

 接し方は冷たいものの、どこまでも冷遇するつもりではないらしい。

 なんなのよ、と思いながら、アリアは眠りについた。

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