#12

 小鬼ゴブリン


 現世でも前世でも、「最弱の人型魔物」の名をほしいままにするこの魔物は、しかし最も社会性に長けた魔物でもある。


 種としての上位である中鬼ホブゴブリン大鬼オーガの他、ゴブリン剣士ソードマン、ゴブリン槍兵ランサー、ゴブリン弓兵アーチャー、ゴブリン魔術師メイジ、ゴブリン騎兵ライダー、ゴブリン斥候スカウト、ゴブリンスタッフ・オフィサー、ゴブリン将軍ジェネラル、ゴブリン領主ロード、ゴブリンキング、などの役割分担を行い、中には人語を解し人間と外交交渉を行う外交官ディプロマットさえいる(実際カラン村近郊の集落のゴブリンは、カラン村と相互不可侵協定を結んでいた)。


 その為、単独の場合や小集団を相手にする場合はそれほど脅威ではないにしても、集団戦となる場合の脅威度は、かなり高いものになる。




 当時の俺は、その事実を(知識としては知っていたものの)正しく認識出来ているとは言えなかった。




★☆★ ☆★☆






 一夜明けて。


 俺とアリシアさんは、ゴブリンの集落のある森に足を踏み入れた。




 ここのゴブリンの集落が「王」をいただくほどの規模がないことは、既に分かっている。そして、その集落を構成するゴブリンの半数以上が、先日の廃坑での粉塵ふんじん爆発に巻き込まれて死亡している。つまり、残存するゴブリンの総数は、20~30匹程度と予想出来る。




 森を進んでいくと、前方にゴブリンが3匹いた。即座に〔投擲エイミング〕で苦無くない投擲とうてきし、うち2匹をほふった。しかし残り1匹が逃げ出したので、すぐさま追跡に入る。




「待てアレク。深追いするな」




 アリシアさんは警告したが、この程度の相手におくれを取るとは思わない。とはいえ確かに罠である可能性もある。付かず離れずの距離を置いて、逃走するゴブリンを追った。


 すると、逃走するゴブリンと入れ替わるように、新たなゴブリンが6匹。槍を持ち、横一列に並んで迎撃の態勢をとっていた。


 槍衾やりぶすま、にしては数が少なすぎる。たった6匹では回り込んで避けるも、正面から力任せに突破するも、どちらも容易に行える。そしてこの場合、(後方から俺を追うアリシアさんのことを考えても)強襲一択である。


 俺の主力武装が投擲武器であることから、当然彼我の距離がなくなると不利になる。そして苦無も同時に2本までしか投げられない為、最初の一投は問答無用で、第二投でも相手の回避を掻い潜り、合計4匹を倒した。最後の2匹は相手の槍の穂先が届く距離まで近付くことになった為、一瞬の差ではあったものの、これも無傷でたおすことが出来た。




 この調子なら。


 あたかもその気の緩みを待っていたかのように、斜め後方より矢が飛来した。




 慌てて振り向くと、後方の樹上に弓をたずさえたゴブリンが10匹以上。そしてつい今しがた倒した槍兵の向こうから、こちらも10匹以上のゴブリンが隊列を作っていた。


 そう。完全に包囲されていたのである。




「逃げるぞ」




 アリシアさんは、俺の手を引きそう言った。しかし遅かった。




 樹上からは文字通り雨のごとく矢がり注ぎ、その矢の対処に手を焼いていると、背後から隊列を作ったゴブリンの槍の穂先が向ってきた。




 こうなると取れる対処は強行突破しかない。ある程度の矢による被弾は仕方がないとあきらめて、急所にのみ当たらないようにかばいながら逃げ出した。


 何匹かの弓兵は樹から小剣ショートソードを構えて切りかかってきた。一方俺の苦無は、残弾4本。ここで浪費することは出来ない。


 長剣ブロードソードを抜くアリシアさんのかたわら、俺も小剣を抜剣した。


 けれど、俺の力ではゴブリンの皮膚を切り裂くのが精一杯。急所にやいばを当てることが出来れば話が違ってきたのかもしれないが、この乱戦下ではそれも難しい。




 最終的には剣を腰撓こしだめに構え、体当たり気味に剣を突き刺した。しかし今度は刃がゴブリンの筋肉に食い込んで抜けなくなってしまう。


 結局、剣を捨てただ遮二しゃに無二むに逃げるしかなくなってしまった。




◇◆◇ ◆◇◆




「何が言いたいか、わかっているか?」




 何とかカラン村まで(「無事に」とはとても言えないが)逃げ切った後。アリシアさんは、これまで見たこともないような冷たい視線と口調で、そう言った。




「お前は昨日、あたしのことを旅団パーティ・リーダーだといったな? なのに何故今日、お前はあたしの指示に従わなかった? あたしは『深追いするな』と言ったはずだ」


「勝てると、思ったんです。斃せる自信が、ありました」


「勝てると思ったかどうかを聞いたんじゃない。何故指示に従わなかったのかを聞いたんだ」


「……自惚うぬぼれてました。負ける筈がないから、消極的な戦法を採る必要がない、と」


「その結果がこれか。あたしたちは矢の雨と槍衾に囲まれ、お前は全部の武器をうしない、生きて帰って来れたのはただゴブリンどもが追撃しなかったからに過ぎない。


 ゴブリンどもの方がお前より戦術眼があるってのは、かなり皮肉だな」


「はい……」




「ゴブリンどもが何故引いたか、わかるか?」




 改めて、落ち着いて考えれば簡単にわかる。相手が知的でつ戦略をもって攻めてくるのなら。


 そもそも、昨日俺たちが村に着いた時から、俺たちはゴブリンたちに監視されていたのだろう。昨夜の襲撃はこちらの出方をうかがう為の威力偵察。


 そして今日。俺たちの戦力を削ぐことが、奴らの戦略目標だったなら。


 もしかしたら俺の主力武器が投擲武器であることから、それを消耗させることさえも目的の一つだったのかもしれない。


 なら、今夜。おそらく本格的な攻勢をしてくるだろう。




 そう告げたら、アリシアさんの表情は少し柔らかくなった。




「お前の強みは剣でもなければその投げスローイングナイフ・ダガーでもない。その頭だ。なのにロクに考えもせず先走ったら、失敗するのは当然だろう。もう二度と、同じミスをするな」




「はい。申し訳ありませんでした。今後は必ずリーダーの指示に従います」


「では今夜の襲撃に対し、どのような対処を採る?」


「今日の戦闘で、戦えるゴブリンは40匹以上いることが確認出来ました」


「40……。その数字はどこから?」


「俺たちが包囲されていた時。弓兵が左右におそらく8ずつ。正面の槍衾は6匹×3列。槍衾の後方に将軍と参謀がいるとして、その他に領主もいるでしょう。領主の側近を4匹と考えるのなら、単純計算で39匹。囮役を務めたゴブリンの生き残りが1匹いますので、合計40。最後に斥候せっこう役のゴブリンがいる筈ですから、それ以上ということです」


「対して村の防衛戦力は、あたしら二人。しかも矢傷を負っている。【治療魔法】でいやしたとしても、万全とはいえない。しかも手を打つ時間はない」


「いえ、ここは村を防衛する為の陣立てはするべきではないと思います」


「どういうことだ?」


「斥候の存在です。下手な作戦は筒抜けになるでしょう」


「ならどうする?」




「敵の想定の、裏をかきます」


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