第二十七回「元副生徒会長紅羽との邂逅」



 宿敵ソウルイーター先輩と休戦を締結したその放課後。 雨が本降りになって中々帰れずにいた。 傘はあるのだがもし生徒会室に先輩が残っていなかったら、 内装をもう少し格好がつかないか現場を考査したい。


 なので、まだ帰る気ないから今日は休みの料理部へ寄ってたい焼き器など使用し白石達におやつを差し入れ。

 事前に連絡を入れておいたので、白石は廊下で待機してくれていた。


「ようお疲れさん。捗っているか? ほら差し入れ。 みんなで食べろよ。頭フル回転しているんだ、甘い物食べたほうがいいだろ」

「海青ありがとう。 みんな喜ぶべ」

「あ、蒼山君……」

「お疲れ様五十嵐。 精が出るな」


 訪れたのは生徒会室の反対にある空き教室。ここが文化祭準備委員会の本部になっている。


 クラス代表の生贄もとい準備委員は白石と五十嵐だった。

  二人は毎日夜遅くまで文化祭の企画立案という割りに合わない過酷な労働を強いられている。

 こういうイベントごとはオツムが軽量化している陽キャラだらけで、面倒事は全部断りにくい学年カーストを下から数えた方が早い連中へ押し付けようとする。

 奴らは楽しければオールオッケーな人種だ、多分扱いが奴隷のようじゃないかと気掛かり。社会へ出るとこういう良い子ちゃんが先に目をつけられるんだ。そして口が上手い要領のいい奴にどんどん仕事を押し付けられて過労死してしまう。

 誰もが自分が一番可愛いんだ、だから誰も守ってくれない。本当に社会とは過酷な世界だ。ならば俺は生涯独身で自活できるように民芸品制作してネットを介し売りさばき細々と生きる道へ進むべきだな。


「本来なら適任の海青にやって欲しかったんだべさ。皆のまとめ役になった筈だから」

「うん、蒼山君なら何でもその場で対応していたよ」

「よせよ買い被り。何でもだなんて無理だ。そんな万能な生き方はしてないよ。第一俺は他人とコミュニケーションをするの苦手なんだ。ましてやリーダーシップ発揮するなんてまっぴらごめんだね。そんな暇があったら新しい料理の献立て考えた方が妹が喜ぶ」

「あはは、海青らしいべさ」


 陰キャラまではいかないが大人しい系である白石彼方は疲れているのか顔が引きつっていた。

 結構苦労しているのは聞いている。でも俺がしてやれることなんてアドバイスぐらいだ。


「もったいない。蒼山君だったら人気者にだってなれる筈なのに。でも本気だしたら遠い存在になるからこれでいいのかな……」


 眼鏡&三つ編みがトレードマークの委員長こと五十嵐なずなは相変わらず淡々と話す。

 内気な性格が幸いしてノーと言えない日本人だ。

 でも昔に比べたらいいほうだ。俺のことを恐れて第三者経由だったからな。

 あの一件以来、おやつを差し入れしてくれたりするからいい信頼関係が出来つつある。

 なので俺も女子で頼れる相手がいないから今は気兼ねなくSNSにて相談を持ちかけていた。持ちつ持たれつ。


「その代わり、裏方で俺のできる範囲のことは手伝うよ」

「これのことだべか?」

「美味しそうだね。でもわざわざ買いにいってくれたの?」


 焼きたてのたい焼きが一杯詰まったタッパを五十嵐へ渡す。

 近くに美味いたいやき屋の店はあるがそこじゃない。


「俺特製のたい焼きだ。アンコが苦手な奴もいるだろうからクリームと半々で作ってみた」

「ふぁあ、買ったんじゃないんだ。相変わらずゴッドハンドだべさ」

「うん。私もお菓子振る舞うの好きな方だけど、ここまでは出来ないよ。じゃあみんなに配ってくるね」

「済まないな」


 分かってはいると思うけど俺の名前を出さないようにと念を押しておく。

 注目を浴びるのは好きじゃないんだ。そもそも真実を明らかにしたところで誰も信じてはくれないだろうが。入学時から蓄積された風評被害のせいでそれどころか怖がって誰も食べてくれない可能性だってある。

 ならば俺の存在なんて最初からなかったことにした方がみな安心して学園生活をエンジョイできるのではなかろうか。


 手伝ってやりたいのは山々だが、俺は大事なミッションがあるのでソウルイーター先輩から離れるわけには行かない。

 この事を頼りになりそうな二人へ話したかったんだけど、相変わらず先輩は俺達の関係は秘密にされているので知らせることは無理だ。


 ならば、こういう風に俺には俺のできることをするまでさ。


「ところで海青、ちょっと困ったこと発生したんだべ」

「 どうかしたのか?」 

「うん、それがさ、予算がオーバーしそうで色々と調整に手間取っているんだ。文化祭の委員長と副委員長が後先考えずノリで全部決めてしまうもんだから、反対するもんが誰もいなくて、人も予算もオーバーしちゃったのさ」


 あー、 クラスのカーストトップに立つ キャラは基本的に挫折知らずのバカが多い。 なまじアイドル並みにイケメンだもんだから敵はいないので、挫折をしたという経験がないんだろう。 

 こういう輩は精々社会に出て会社の歯車になってくれ。耐えられなくなって挫折するのが落ちだがな。

 だから陽キャラ話術で培った勝ち組証券マンは、毎日数時間スーパー銭湯でくつろぎながら適当に仕事をして生活できるんだから羨ましくもある。


「それはソウルイーター先輩に出張ってもらうしかないな」

「そうだよべ。でも、最近元気を取り戻してきて体調がみるみる回復しつつあるけど、武者小路会長へ無理はさせたくないさ。そんなことに拘っている場合じゃないんだけど……」

「そうだな。あの人……体が弱そうだからな」


 全て掌握しているけど。


「——で、僕はいつまで知らない振りをすればいいのかな?」

「白石、何のことだ?」

「あくまでとぼけるのならまあいいけど……。 どうせ武者小路会長に口止めでもされているんだべ」

「さてな。で、何が望みだ?」


 さすが親友。何でもお見通しか。逆に言ったら口止め料を要求してくる。お金は無理だができることは何でもやってあげよう。


「察しがいいね。僕達が着るオープニングの衣装を作ることになったんだけど。どう熟考してもキャパオーバーしていて作ることができないんだ」

「買えばいいじゃん」

「それが独創的すぎて……」


 白石は問題になってるラフスケッチを披露。

 一人一人どこかの世界三大サーカスの一つみたくオンリーワンの凝った衣装になっていて、とてもじゃないがオーダーメイドしていたらお金が足んない。それどころか文化祭本番が迫っているので時間もない。


「おま……バカだろ」

「だよね。 そう思っちゃうよね」

「誰だよ。黒川みたいなおバカを指揮官に任命したやつは?」 

「そのままのノリで決まってしまった……。陽キャラお祭り集団に僕が勝てるわけないだべさ」


 酒乱になった時の緑川先生といい勝負だな。集団パワーはまともな思考を奪うから侮れないんだ。


「そんなに自信を持って言うこともないだろ。卑屈な奴だな」 

「それが僕のアイデンティティだ。文句を言われすじあいはないさ」

「言わないけどな」


 おそらく周りがお祭りモードで、まともにフォローしてくれる常識人がいなかったんだろう。 五十嵐あたりだったら何とかしてくれそうな 気もするんだが、 あいつもどちらかというと陰キャラだから静かにやり過ごしたいんだろう。


 この無謀な立案に何か手はないか思案していると、「——君かい、差し入れ持ってくれくれのは?」タッパが高いいかにも陽キャライケメンが声を掛けてくる。


「そうだけど、駄目ですかね」

「いやいやそうじゃなくて、お礼が言いたくて。ありがとう」


 にこやかに感謝の言葉を紡ぐ陽キャラ先輩。

 五十嵐にオフレコと告げたんだが即バレしたようだ。嘘が下手くそなのはいい娘のシンボル。 

 ちなみにネクタイの色で学年が分かる。緑は二年だ。基本無礼な俺でも初対面からかますつもりはないから敬語は使う。

 

「僕は紅羽。一応準備委員会の副会長を任せられている。よろしく」

「俺は蒼山っす。それじゃあ」


 関わりたくないからこの場から去ろうとする。

 

「君があの蒼山君か。なるほどね」

「どの蒼山かは知らないっすけど、初対面に失礼じゃないっすか?」


 仲介を頼もうと思った白石は俺を置いて逃げていた……。俺一人で対人慣れした陽キャライケメンと対峙なんて難易度高すぎ。


「あ、ごめんごめん。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。噂が独り歩きして実像がつかめないからどんな奴か一度会ってみたかったのさ」

「そっすか」

「一部の生徒から慕われているのも頷ける」


 微笑む紅羽先輩。

 イケメンだけあって歌舞伎の女形のような艶っぽさがある。

 

「また遊びにきてくれよ。待っている」

「いや、俺も暇じゃないから分からないですよ」


 俺は踵を返し本部から離れた。

 紅羽か。あれが元生徒会副会長。生徒会崩壊時にいた男か。

 一見常識人だが、どこか底がしれない奴だ。


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