To:次の私

 このメッセージを読んでいるあなたは、きっと頭の中が真っ白で、ここがどこなのか、自分が誰なのか、何も覚えていないことでしょう。

 このメッセージを書いたのは、記憶喪失となる前のあなた自身です。あなたは現在、とある事情により記憶喪失となっています。

 ここには私――記憶を失う前のあなたがどんな人間で、これからあなたがどんなことをすればいいかを記しています。中には信じがたいようなこともあるかもしれませんが、どうか落ち着いてこのメッセージを最後まで読んでください。


 始めに大切なことを伝えますが、私が記憶を消さなければならなかったのは、普通の人間と違う特別な点があるからです。その特別な点とは、何百年経過しようと老いることのない不老不死の体を持っていることです。

 突拍子もない話ですが、証拠としてこのPCの横に1枚の写真と手鏡を置きました。その写真はおよそ200年前に撮影されたものです。そこに写っている少女が自分であることが、手鏡を見ればわかるはずです。私もこのメッセージを記している時点で、既に100年間を生きています。

 100年、というのが区切り目で、不老不死である代わりに100年に一度、記憶がリセットされてしまうのが私の宿命であるようです。

 つまりあなたも、これから100年をその体で生き続け、時が来たらまた記憶喪失になる運命が待っています。ですが不安に思わないでください。そのためにこのメッセージを書いたのです。


 記憶喪失になったからといって、私が100年をどんなふうに生きて、どんなことを思って、何をやりのこしたのかにこだわる必要はありません。むしろきっと、私とあなたは同じ体を共有している別人、くらいに考えてしまって構いません。あなたがこれからの100年を生きる上では、これまでの自分がどうだったかではなく、今のあなたがやりたいことを第一に考えて、好きなように生きてください。


 とはいえ、目覚めたばかりでは何をすればいいかもわからないと思うので、まずは身の回りのものや人を把握することからはじめてみるといいでしょう。PCの操作方法は覚えているでしょうか? 私の経験から、リセットされるのは思い出が大部分で、知識はある程度保持されていたはずですが、もしわからなければこのPCの下に印刷した操作マニュアルがあるので、それを読みながら進めてください。

 目が覚めてすぐにこのメッセージを読んでくれたのなら、あなたは今寝室にいるはずです。実際に家の中を歩き回ってもらってもいいですが、PCのデスクトップ上に「引き続き資料一式」と書いたフォルダーが置いてあります。その中に間取り図とこの家の住所もあるので、確認してください。

 それと、銀行通帳、住民票、クレジットカードなど生活に必要なものはリビングのテーブル上にある茶封筒の中に入っています。

 私が生きていた100年の間に社会制度も色々と変化し、生きやすくはなりましたが、不老不死という特殊な存在にとっては少し面倒なことになってきました。とはいえ、これからあなたが生きる100年のために手続き関連は既に済ませておいたので、茶封筒の中にあるものを使えば問題なく社会の中で生きていけるはずです。


 この家は私が記憶を失う直前に引っ越したものです。なので、近所の人もきっと記憶喪失になったなんて気づきはしないでしょう。家の周りを散策するときは、近所の人たちに挨拶もしてみてください。なお、外出する際は地図の準備をしておいたほうがいいと思います。恥ずかしながら、私――100年前のあなたは、少々方向音痴なところがありましたので。

 家から歩いて5分のところに図書館があります。自分がやりたいことを探すのに役立ててください。100年前に私が、今のあなたと同じように記憶喪失で目を覚ましたときは、私よりさらに100年前の私――つまりあなたから見て200年前の自分が色々な本を買って本棚に納めていてくれていたんです。私はその本棚にずいぶんと助けられました。だから自分のやりたいことを探すのには、いろんな本を読むのがいちばんだと思っています。図書館なら個人で買い集めるよりずっとたくさんの本がありますし、時間だって100年もあるんですから、焦らず好きな本から読み始めてみてください。


 さて、好きなように生きて欲しいとは言いましたが、ただ1つだけ守ってほしいものがあります。PCの「引き続き資料一式」の中に、この家にある物品の一覧も置いてあるはずですが、リスト内で★マークが付いている2品は取り扱いに十分注意してください。それは過去の記憶リセット時に書かれた手紙と、過去のあなたが宝物にしていたものです。

 ここまで読んで、もうわかっているかもしれませんが、あなたが記憶をリセットするのは初めてではありません。既にあなたは何百年も生きていて、およそ1000年前からこうやって、記憶喪失前の自分から記憶喪失後の自分に向けて手紙を書くようになりました。

 宝物は700年前から集めるようになったもので、100年につき3つ、収納している棚に入る大きさのものは残していいルールで集められてきたものです。

 手紙にも宝物にも、過去の自分の想いがこもっています。記憶を無くすたびに新しい人生を歩んできたあなたが、これだけは昔の自分からずっと受け継いできたものです。


 ただ、流石に年月が経ちすぎて古いものは維持するのにも限界が来ているかもしれません。幸いなことに、私の生きていた100年間で、人類の技術は大きく進歩しました。特に、あなたが今見ているこのPCをはじめとした電子機器、情報技術の発展はすごいです。

 なので最悪でも書かれている内容だけはデータとして残っていますから、手紙は努力義務、ということで。

 宝物のほうが、現物がすべてなのでできる限り大切にお願いします。私がこのメッセージを書いている現在、3Dスキャナーというものが開発されたみたいですが、まだ個人が入手するにはハードルが高い状況でした。もし、あなたの生きる100年の間に3Dスキャナーが一般化したら、この宝物もスキャンしてデータ化しておいてくれませんか? そうすれば、壊れてしまってもコンピューターの世界には形を残すことができますから。


 あなたも、この100年で宝物を見つけたらぜひ宝物置き場に追加してみてください。それに加えて、今回から電子機器類と電子データも次の自分へ残すようにしましょう。

 なんとなく、私がこの100年を生きてきての感覚なのですが、200年前の自分が1枚だけしか宝物として残せなかった写真を、私は何万枚も撮影し、それがたった1台のコンピューターの中に納まってしまいます。あなたの生きる100年でもこの進歩は続くような、そんな気がしています。宝物のスキャンをお願いしたのも、そんな未来予想が私の中にあるからです。


 過去の私が手紙を書くようになったのは、きっと当時は紙が貴重で、手紙くらいの文字数でしか未来の自分に伝えることができなかったからじゃないか、って思うんです。ですが電子データなら、どれだけの量であろうと保存できます。実際私も、この100年で書いた日記、撮った写真、映像、音声をすべてデータで保存してあります。あなたも、写真とか、毎日の日記とか、そんなささいなものでも、無制限にデータとして残してみてください。あなたからさらに100年後のあなたか、もっと未来のあなたに役立つかもしれませんから。


 伝えたいことはこれくらいでしょうか。あなたにはどうか、この100年を希望を持って生きてほしいです。確かに私も、自分の記憶が消えてしまうことに寂しさはあります。けれどそれ以上に、あなたが幸せな100年を送ってくれることを願っています。


 最後に、あなたがこれからの100年間で使う名前を贈らせてください。過去の自分から次の自分へと名前を贈るのが、いちばん始めの手紙から続く私の伝統なんです。


 いろいろ考えたんですが、あなたには『エイダ』という名前を贈ります。あなたと、あなたの生きる時代に期待を込めて。


 最後まで読んでくれてありがとう。ここからはあなたの人生です。


 充実した100年を送ってくださいね。

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