ストーリー:23 信じない人


 ナツの家。

 毎度おなじみ二間続きの畳部屋。


「……はぁ~」


 アンニュイそうにため息を吐く家主と。


「「………」」


 それを珍しい物を見る目で見ているいつもの妖怪たちがいる。



「……なぁなぁ、ナツはどうしちまったんだ?」

「さっき、神社の巫女さんと会ったんだって」

「巫女って、ハルの嬢ちゃんか? あー、そりゃキツい」

「二人の仲は悪くないんじゃがのぅ」


 妖怪たちが割と通った声でヒソヒソ話をしていても、ナツは気づかずPCとにらめっこ。


「……はぁ~」


 どころか何かを思い出しては、幸せを逃がす悲しいため息を繰り返す。



「……重症、だね」


 木心坊のワビスケが呟いた言葉に。

 妖怪たちはみんな、首を縦に振るのだった。



      ※      ※      ※



「しっかし、ハルの嬢ちゃんか」


 再びその名を口にして、かまいたちのジロウが浮かべるのは苦々しい顔。


「あいつは五樹村の特異点だからなぁ」

「ハル、ハル……微妙に覚えてるような覚えてないような。そんなにやべぇ奴なのか?」

「あぁ、ミオはその姿になる前にしか会ってないんだったか。じゃあわからねぇのもしょうがねぇ。あいつはな――やべえぞ?」


 首をかしげるガラッパのミオを、ジロウが脅す。

 軽いノリだが、その語気には真剣さも混じっていた。



「五樹阿蘇神社の巫女、相楽春菜は妖怪を信じてねぇ。どころか、いないと信じてやがる。対して俺たち妖怪は、人間の信じる心で力を得ている存在だ。そんな俺らがこの巫女と克ち合ったら、どうなると思う?」

「どうって、すげぇヤな奴じゃね?」

「それはそう。でもよ、俺らが気に入らねぇってだけで済むならよかったんだが……そうじゃねぇんだ」


 腕を組み、背面のカマをくるくる回してヘの字口を作るジロウ。


「あいつに近づいた妖怪は、それだけで力を失っていく」

「は?」

「どころか、木っ端やらの弱い妖怪なら、近づいただけで消されちまうんだわ」

「……は?」


 語られた内容を、信じきれないミオが周りを見回せば。


「そうじゃよ」

「間違いないです」


 ここ2ヵ月つるんだ仲間が、一切それを否定せずにいて。


「……え、マジ?」

「マジマジ。だから、特異点。あいつに好んで近づく妖怪といやぁ、それこそ神社に憑いて大阿蘇様の庇護を受けてる神使見習い、犬神のハクくらいだ」

「世が世なら、そこに居るだけで退魔を果たす腕利きの退魔師と呼ばれたかもしれぬのぅ」

「…………ひゅぇ~」


 あまりの衝撃に、ミオはただただポカンとする。


「お前も気をつけろよ? 雑に顔合わせていい相手じゃねぇからな?」

「そうじゃな、顔が見えたら逃げるくらいがちょうどよい」

「神社の中は意外と大阿蘇様がお守りしてくださるから大丈夫だけど、むしろそれ以外の場所で出会ったらすぐに逃げてね?」

「わ、わかった」


 三重もの念押しに、さすがに頷くしかなかった。



「特異点の巫女。ハル、ね……」


 妖怪と共に仲良く過ごすナツを悩ませる、彼の幼なじみ。


「……ふぅん」


 気もそぞろに作業を続けるナツの背中を見やりつつ、ミオは心のどこかに引っ掛かりを覚えていた。

 それが何なのか、まったく見当がつかないままに。



      ※      ※      ※



(うーーーん……)


 亀のようにしか進まない作業を、それでも何とか続けながら。


(ハル、ワンチャン妖怪のこと信じてくれるようになったかもって思ったんだがなぁ)


 ナツは、今日会った幼なじみについて考えていた。



(そもそも今日まで俺がハルと再会できてなかったのだって、多分、孝太郎さんの配慮だったんだろうし。その辺はお察しだったか……)


 ナツの幼なじみであるハル。

 村社会のそう多くない子供、それも同じ年というのもあって、その縁は長く、深かった。


 村の催し物なら大体はペアにされてひとまとめ。

 小学校も当然同じなら、数えるほどしかいない生徒たちの中、学ぶのも遊ぶのもいつも一緒。


 両親同士の仲もよく、ナツが隈本市に引っ越した後も交流があった。


(昔は、お姉さんぶったり後を付いてきたり、いつも一緒にいたがってたんだけどなぁ)


 ナツにとって一番仲のいい人間はと問われれば、間違いなくハルの名が挙がる。

 それくらいには今も憎からず思っているし、これからも仲良くしたい人だった。



「でもなぁ……」


 致命的なのが、妖怪に対する認識のズレ。


 見えるナツにとっては当たり前に存在する彼らを、見えないハルは理解できなかった。

 ナツの周りにはいつだって様々な妖怪たちが居たが、ハルには違うものが見えていた。



(極めつけは、あの事件だよな……)


 彼女との思い出で、特にナツの記憶に根深く残っていることがある。


 それはナツとハルが小学4年生、10歳くらいの時に起こった出来事。


(俺で助けたんだ。なのに……)


 場所はカワベ川。

 川遊びの最中、ハルが深みに嵌って溺れてしまったのを、ナツが助けた。


 正確には、ナツが助けを頼んだ水妖が、彼女を救い出した。


 だが。


(妖怪が見えないハルは、異常なくらいにずっと、自分を助けたのは俺だって主張して。それで俺もカッとなって意地になって……)


 助けた助けてないの、喧々囂々の言い争い。

 終には周りの大人が止めに入るほどの大喧嘩に発展してしまった。



(あれからだよな。ハルが妖怪の話をすると睨むようになったのって)


 今日、久しぶりに見た、あの目。

 黒い瞳で、一欠片の疑いもなく、妖怪の存在を否定する圧のこもった視線。


(最後には根負けして、ハルの前では妖怪の話をしないようにし始めたんだよな……でも)


 久しぶりに会ったハルが、AYAKASHI本舗の活動を知っていた。

 その可能性自体は考えていても、あれだけ妖怪を信じない彼女が、興味を持つとは思っていなかった。


(だから、もしかしたらって思ったんだけどな……)


 希望を見てしまった。

 彼女ほどの人物が、妖怪の実在を信じてくれるようになったのなら、と。


 それはきっと、自分たちにとって大きな力になるに違いなかったから。



      ※      ※      ※



「……はぁ~」


 家に帰ってから、もう何度となく吐いたため息を、またひとつ。


「……ハルが、妖怪のこと信じてくれるようになってくれたらいいのになぁ」


 諦めと共に吐き出した、ナツの言葉。


 それを。


「だったら、なんかやってみりゃいいじゃねぇか」

「え?」


 いつの間にやらナツの背後に立っていた、ミオが。


「上等だ。特異点の巫女に、アタシたちの存在、信じさせてやろうぜ?」


 水色の髪を揺らし、青い瞳を煌めかせ。

 いつもの勝負っ気の強い笑みを浮かべて、掬い上げた。



「ミオ……」

「やろうぜ、ナツ。そいつがナツの友達だってんなら、アタシのダチにだってなるかもしれねぇってこったろ?」

「!?」


 それは、大きな大きな、カワベ川の清水がもたらす恵みのような。


「んなら、とりあえずやる! やればできる! 今のアタシたちなら、絶対にな!」


 激しくも美しい、透明で真っ直ぐな心の輝きだった。

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